第48話 市場を狙う竜騎空賊
青い交易旗が、十本。
全て結び目が逆だった。
本来なら、外門で止められるはずだった。
交易者認証は、旗の結び目、荷札の刻印、代表者の合言葉の三つ。空賊は旗だけを間違えたが、荷札には昨日奪われた本物の刻印があり、合言葉も知っていた。受取記録まで認証筒から読まれ、正規隊の荷と届け先を装っていた。
外門の警備員は旗の違和感と盗難認証の照合を求めた。しかし市場の仮設受付では、前日の輸送車火災で濡れた旧帳面の清書と冬備蓄の受入れが重なっていた。失効札は新しい帳面に転記済みだったが、受付係は手元の旧帳面だけを開き、「荷札が本物なら通せ」と判断した。さらに受取人確認を待たず、一団をまとめて入れた。失効情報は届いていた。二冊に分けた手順と、急ぐ判断を敵に使われた。
先頭騎が市場門を越えた時、俺は鑑定を開いた。
【鑑定結果】
名称:空賊襲撃隊
構成:竜騎十騎、地上戦闘員六名、隠密撤退役二騎以上
騎獣:革翼竜(個体ランクB)
主力技能:連続火矢、鉤縄拘束、爆薬投下、交代撤退
脅威:部隊連携時S級入口
注意:偽装受入れ後、人質と火災で防衛戦力を分断する
「敵は十騎で終わらん! 谷に撤退役がいる! 人質と火で分けるぞ!」
情報を叫んだ直後、襲撃が始まった。
「市場を閉じろ!」
俺の声と同時に、先頭の革翼竜が急降下した。
背に乗る空賊は交易商の外套を脱ぎ捨て、火矢を放つ。矢は市場中央の布屋根へ刺さった。油を染み込ませてある。青い炎が一息で隣の屋根へ走る。
続く九騎は三つに分かれた。三騎が上空から火矢、三騎が市場へ着地、残る四騎は外環塔と工房へ向かう。
偵察、破壊、撤退。昨日の三騎とは違う。市場を奪う本隊だ。
転生百十六日目。市場には人間交易者十八名、穴栗鼠族の荷運び十二名、空環城の住民四十名。冬季備蓄九割、魔石二個。ここで火を広げれば、薬と食料だけでなく、外との信頼まで焼ける。
「グラウ、市場指揮! ポロは消火水! ガンツは防壁! ミーナは地上侵入者! セラは通信を探れ!」
俺は翼を打ち、火矢隊へ向かった。
一騎目へ爪を振るう。革翼竜は身体を横倒しにし、騎手が鞍からぶら下がって避けた。二騎目が俺の死角から鉤縄を投げる。縄の先には黒い魔石。翼へ巻きついた瞬間、重さが三倍になった。
俺は落ちながら縄を噛み切る。三騎目の火矢が顔へ来る。首をひねって避けるが、矢は俺を狙っていない。下の薬材倉庫へ刺さった。
「俺は囮か!」
空賊が笑う。
「龍を追わせろ! 倉を焼け!」
俺は追撃を止め、薬材倉庫へ降下した。屋根を翼で剥がし、燃えた梁だけを外へ投げる。ポロの水が側溝から上がり、炎を包んだ。
「水は半分だけ!」ポロが叫ぶ。「全部使うと居住区の火を消せない!」
市場西では、着地した空賊三名が交易者を壁際へ追い込んでいた。鉄面をつけ、片手剣と小盾。騎獣は低く旋回し、逃げる者の頭上へ爪を振るう。
ミーナが屋根から飛び、先頭の剣へ風刃を当てた。刃を折れない。軌道だけを外す。人間交易者の肩を狙った剣が柱へ刺さる。
「低くなって、荷台の下へ!」
交易者たちは避難扉へ走る。前話で分散した備蓄棚の下に、外路へ通じる低い戸を作っていた。大人は這わなければ通れないが、騎獣は入れない。
空賊が一人の少女を捕まえた。首へ短刀を当て、叫ぶ。
「龍を下ろせ! 市場を明け渡せ!」
少女の顔から血の気が引く。俺は空中で止まった。
「その者を離せ」
「武器を捨てろ!」
俺には武器がない。爪と牙と翼を捨てることもできない。
「要求が雑だぞ!」
「地面へ伏せろ!」
降りれば上の火矢を止められない。動けば少女が死ぬ。
ミーナは俺を見なかった。屋根の陰から、少女へ小さく口を動かす。
伏せて。
セラが市場の反対側で空賊の笛を奪い、短く二度吹いた。革翼竜が着地命令と勘違いし、高度を下げる。空賊の視線が一瞬、上へ向いた。
少女が膝を抜いた。
短刀が髪を切る。ミーナの風が空賊の手首を横へ払い、少女を荷台の下へ滑らせた。ガンツが組んだ可動壁が床から起き、二人の間を遮る。
空賊は怒鳴り、壁へ剣を三度打ちつけた。一撃目で木板が割れ、二撃目で鉄帯が曲がる。三撃目の前に、穴栗鼠族が下から留め具を抜いた。壁は敵側へ倒れ、空賊を押し潰す。
「殺すな。情報を取る!」
ミーナが叫ぶ。
だが別の空賊が倒れた仲間へ小さな針を投げた。首へ刺さった空賊は痙攣し、動かなくなる。口封じだ。
「仲間まで殺すのか」
怒りで視界が赤くなる。
その時、東外環から爆発音が響いた。
四騎の破壊隊が、工房ではなく外環塔へ爆薬を落とした。塔が傾き、警報線が切れる。直後、北の空に空賊二騎が現れた。
十騎ではない。谷に隠れていた撤退役だ。
「アルド、追わないで!」グラウの声が伝声石から飛ぶ。「撤退役はあんたを外へ出す囮!」
しかし北の二騎は、空環城の設備図を入れる記録庫へ向かっている。図を奪われれば、水路、風路、地下停止線が全て知られる。
「記録庫を守る!」
俺は北へ飛んだ。
一騎が遅れ、わざと俺の前を横切る。騎手は赤い外套、背に長弓。俺へ矢を放って逃げる。
一射目は右、二射目は左。避けた先へ三射目が来る。矢ではなく、網だ。空中で開いた黒網が翼へ絡む。
俺は回転して網を破るが、高度を失った。赤外套は北の谷へ逃げる。もう一騎は記録庫の屋根へ降りた。
追うべきは記録庫だ。分かっている。
それでも赤外套が振り返り、黒い竜旗の印を見せた。
「逃亡王家の子。追ってこい!」
血が熱くなった。
北方龍王軍と繋がっている。捕らえれば、俺の血統と黒旗の情報を得られる。
俺は赤外套を追った。
谷へ三百歩。領域知覚の端で、地上に五つの魔石が並ぶのが見えた。罠だと気づいた時には遅い。
魔石が爆ぜ、上昇気流と下降気流が交互に巻く。翼を打つたび逆方向へ押され、姿勢が崩れる。赤外套が反転し、長槍を構えた。
一撃目を爪で弾く。槍はしなる柄で軌道を変え、翼の付け根へ刺さった。浅いが痛い。
俺は尾で騎獣の頭を狙う。敵は急上昇して避け、背後から二騎目が現れた。隠れていた盾役だ。大盾が俺の尾を受け止め、表面の棘が鱗へ食い込む。
「二対一で王へ挑むか。礼儀を知らぬな!」
「賊に礼儀を求めるな!」
もっともな返事が腹立たしい。
赤外套の槍が二度目に来る。俺は身体を落として避け、盾役の下へ潜る。腹の鞍帯へ爪をかけ、引き裂いた。騎手が落ちかけるが、足鎖で残る。
盾役は大盾を捨て、短槍を抜いた。左右から突きが重なる。俺は片方を翼で受け、もう片方を首の鱗で滑らせる。翼膜が裂け、血が風へ散った。
竜圧を正面へ絞る。二頭の革翼竜が一瞬ひるむ。
今なら赤外套を落とせる。
だが遠くで、二度目の爆発が見えた。市場から黒煙が増えている。
俺が谷へ出たことで、空賊の撤退隊が反転したのだ。
グラウの声が伝声石に響く。
「アルド、目的を復唱して!」
「敵将を捕らえる!」
「違う! 今日の目的は、人質、交易品、都市設備を守ること!」
胸を殴られたようだった。
赤外套を追ったのは俺の怒りだ。国の目的ではない。
「……追撃を撤回する。市場へ戻る!」
空賊二騎は背後から矢を放った。一射が後脚へ刺さる。振り返らない。領域知覚で軌道を読み、翼を小さく畳んで二射目を避ける。三射目は尾で払った。
帰路の風罠は、入る時に数えた周期を使った。上昇、下降、二呼吸の静止。静止に合わせて翼を打ち、一気に抜ける。
市場へ戻ると、状況は最悪から半歩戻っていた。
ポロは消火水を三分割し、布市場、薬材庫、居住区へ送っている。全部を薄く撒かず、延焼路を切る場所へ集中した。治療班は分散備蓄から火傷薬を出し、負傷者を地下避難路へ運ぶ。
ガンツは市場の石床を持ち上げ、三枚の防火壁にした。第一壁は爆薬で砕かれたが、破片が第二壁の隙間を埋める。第三壁の後ろで人間交易者が水桶を渡していた。
ミーナは人質を全員救出。右腕に浅い切り傷。それでも空賊二名を避難扉から遠ざけている。
救出された少女は地下へ逃げず、荷台の陰で息を詰まらせていた。母親が名を呼んでも返事ができない。短刀が髪を切った感触に身体が捕まったままだ。
ミーナは戦いの最中なのに、少女の正面へ膝をついた。
「私の目を見なくていい。床の石を三つ数えて」
少女の唇がかすかに動く。
「次は、聞こえる音を二つ」
「火……鐘」
「最後に、触っている物を一つ」
「荷台」
呼吸が戻る。ミーナは少女の手を避難係へ渡した。
その隙を空賊が狙った。屋根から降った鉤がミーナの肩を捕らえ、炎の方へ引く。彼女は風刃で縄を切ろうとしたが、鉤縄には魔力を散らす細線が編まれている。
「ミーナ、伏せろ!」
俺は鉤を持つ騎獣へ竜息を向ける。だが下には逃げ遅れた住民がいる。吐けない。
ガンツが可動壁の支柱を一本外し、長い梁を梃子にした。穴栗鼠族三頭が反対側へ体重をかける。梁の先が鉤縄を持ち上げ、炎の上から市場外へずらした。
ミーナは縄の緩みに合わせ、肩を前へ抜く。皮が裂けて血が出たが、火へ落ちずに済んだ。セラが奪った笛で騎獣を着地させ、俺が翼で騎手だけを荷台へ叩き落とす。
敵は倒れても笑った。腰の爆薬へ手を伸ばしている。
「離れろ!」
俺は荷台ごと市場外へ蹴り出した。爆発が石壁を揺らし、熱風で頬の傷が開く。捕虜にはできなかった。
「救助中も、敵は待たない」とミーナが荒い息で言う。
「だが救助をやめれば、守ったことにならん」
戦後記録には、救助係とは別に、その背を守る警戒係を置くと加えた。一人の優しさへ、戦場全体の安全を背負わせないためだ。
セラは敵の笛を三種類聞き分け、革翼竜への着地命令と撤退命令を逆に吹いた。二頭が味方の火矢隊へ突っ込み、隊列が崩れる。
「グラウ、指示を!」
俺が叫ぶと、彼女は迷わなかった。
「アルドは上空火矢隊を市場の外へ押す。倒さなくていい。ポロは残り水を薬材庫。ガンツは西壁を開いて逃げ道を一本だけ見せる。ミーナは人質確認。セラは敵の撤退笛を二十呼吸後!」
俺は従った。
火矢隊へ正面から竜圧を当てる。一騎は耐え、矢を放つ。俺は避けず、翼の硬い骨で受けた。矢を折り、そのまま騎獣へ体当たりする。
敵は回転して爪を振るう。頬に三本の傷。俺は騎手を狙わず、翼の外側を尾で打つ。革翼竜が姿勢を崩し、市場外へ流れる。
二騎目が背後へ回る。グラウが低空から風を当て、俺の死角を半歩ずらした。爪が肩をかすめる。俺は振り向きざまに竜息を短く吐き、騎獣の進路だけを焼いた。
熱に驚いた敵が上昇する。そこへセラの撤退笛が鳴った。
地上の空賊たちは、西壁に開いた一本の道へ走る。罠を疑いながらも、他の道は火と防壁で閉じている。グラウは追わせない。
「市場封鎖を維持! 負傷者と火を優先!」
俺も追わなかった。
空賊は騎獣へ飛び乗り、北へ退いた。十騎のうち飛行不能二、負傷四。こちらは住民五名負傷、市場三割焼失。冬季備蓄は九割から七割へ落ちた。
そして記録庫の設備図が一部、消えていた。
俺が赤外套を追った間に、もう一騎が侵入した。奪われたのは市場避難扉、水路分岐、工房の位置。都市主核そのものの図は三者鍵庫にあり無事だが、再攻撃には十分な情報だ。
「俺の失敗だ」
黒く焼けた市場で、言葉が重かった。
グラウは慰めない。
「そうね。次は追わないで」
俺たちは反省を言葉だけで終えず、敵が戻る前に市場を歩いた。
避難扉は三か所のうち二か所が機能した。西扉は倒れた屋台で半分塞がり、最後の四人が通れなかった。救助班が屋台を動かすまで十四呼吸。次は扉の前を常に一歩空け、荷車を置いた店には罰金ではなく移動係をつける。
分散備蓄は効いた。薬材庫が焼けても、治療所、地下水路、北塔の三箱が残った。一方、三箱の鍵を同じ治療班長が持っていたため、彼女が煙で動けない間、北塔の箱を開けられなかった。鍵も三者へ分ける。
交易者認証は、荷札と合言葉が漏れた。明日から合言葉を日ごとに変える時間はない。そこで市場へ入る前に、荷を一台ずつ外門で降ろし、受取人が直接確認する。遅くなるが、偽装隊をまとめて中へ入れない。
「また効率が落ちるな」と俺。
「燃えるより速い」とガンツ。
市場三割の焼失箇所は、火を消しただけでは防壁にならない。ガンツは焼けた梁を外し、石床を縦に立てて仮壁を作る。工房員たちは修理部品二十組のうち八組を使い、壁の足を固定した。
ポロは残る水を数えた。通常水槽六割、消火槽一割。次の火災へ消火槽だけでは足りない。
「飲み水を使う?」
「最後まで使わぬ」と俺。「市場を一部捨てても、住民の水は残す」
「じゃあ、燃える物を先にどけよう」
穴栗鼠族が布、油、木箱を地下へ分散し、石の屋台だけを外側に残す。治療班は負傷者五名を一室へ集めず、北、中央、南の三か所へ分けた。敵が設備図どおり治療所を狙っても、全員は失わない。
ミーナは救出した少女の前へしゃがんだ。
「次に短刀を向けられても、同じ動きができるとは限らない。怖くて固まっても悪くない。伏せられない時は、目を閉じて首を短くするだけでいい」
少女は震えながら頷く。勇敢だった、と褒めて終えず、失敗しても生きる動きを渡す。その教え方を俺は覚えた。
グラウは俺へ、追撃中に途切れた指揮記録を見せた。俺が市場を離れた後も、各班は二十七の判断をしている。そのうち俺の許可を待ったのは三つだけ。残る二十四は目的に沿って独立していた。
「あんたが失敗しても国が止まらなかった」とグラウ。
「喜んでよいのか、威厳を傷つけられたのか迷うな」
「両方でいいんじゃない」
俺は焦げた市場を見た。失ったものは大きい。それでも、俺一人の誤りで全てを失わない国へ近づいている。
「次はない、と言いたいところだが」
セラが北の空を見た。
「来ます。奪った図を使うなら、今夜。こちらが消火と治療で疲れているうちに」
人間交易者の代表が、負傷した腕を押さえて俺の前へ来た。
「空環側は、品より先に私たちを助けた。盟約国へ救援を求めます」
「軍事同盟ではないぞ」
「救難要請です。受けるかは本国が決める。それでも知らせます」
彼は伝書鳥を放った。
夜、領域知覚の縁に五つの黒い点が現れた。
北、南、東、西、地下水路。
空賊主力が、五方向から都市核へ突入してくる。




