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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第47話 薬鍋百個分の冬支度

薬鍋百個分。


言葉だけなら簡単だった。


実際に広場へ百個の印を並べると、端から端まで俺の翼三枚分になった。食料、薬、燃料、修理材。冬季必要量の六割はある。残る四十印を、雪が空路を閉ざす前に埋めなければならない。


「余が全班を率いて集めれば、三日で終わる」


「その三日で狩場と畑が死ぬわ」


ミーナは俺の案を一息で斬った。


転生百九日目。管理設備を使った一斉増産の二日目、既に問題が出ていた。薬草庫の青眠草は底が見え、工房の燃料石は四日分。北の狩場では若い角兎まで捕らえ始め、畑からは来季の種芋が鍋へ運ばれかけている。


「今を越せなければ来季もない」


「来季を食べ尽くして越えた冬を、生存とは呼ばない」


ミーナの声は低い。狩場の地図へ、赤い爪痕が増えている。獲った群れ、出産期の群れ、水場を共有する群れ。赤が三つ重なった場所は、二十日間立入禁止だという。


「余は、もっと採れと命じようとした」


「知ってる。顔が言ってた」


「またか。俺の顔は秘密を守れぬのか」


「王様に向いてないかもね」


「言いすぎだ!」


口論しながらも、俺は採取中止へ爪印を押した。


冬支度を三本に分ける。狩猟班は肉、薬材、魔石。ただし繁殖個体と水場周辺は避ける。交易班は塩と燃料を外から得る。内政班は種芋、母株、繁殖用の獣を残し、再生産を優先する。


百鍋を一つの大鍋で作らず、十個の小鍋を十回動かす。治療班は温度と時間を記録し、工房班は同じ大きさの炉口を量産する。失敗しても十鍋全てを失わない。


初日の狩りは、南湿地の鎧沼蜥蜴だった。


全長は俺の尾ほど。泥色の背に板状の鱗が六列並び、口の横から麻痺毒の泡を吹く。水辺に五頭、うち腹の膨らんだ雌が二頭。鑑定で薬になる毒腺と、防寒具になる背皮が見えた。


【鑑定結果】

名称:鎧沼蜥蜴

種族:沼蜥蜴(個体ランクC)

Lv:27

特性:耐泥、麻痺毒

技能:尾撃:ランクD Lv4

技能:毒泡:ランクD Lv3

注意:繁殖期。雌個体の捕獲は群れ再生を損なう


「雄一頭だけ。残りは追わない」とミーナ。


「五頭いれば五倍の素材だぞ」


「来年はゼロになる」


俺は渋々頷いた。


ミーナが風下から近づき、空牙狼二頭が左右の泥へ入る。俺とグラウは上空で退路を見た。狙う雄は最も外側。最初の矢が背鱗へ当たり、弾かれる。


蜥蜴は水へ逃げず、こちらへ突進した。泥の中とは思えぬ速さだ。尾が横薙ぎに振られ、空牙狼一頭の脚を払う。


「下がれ!」


俺が降下すると、別の二頭が口を開いた。


緑の泡が噴き上がる。俺は翼をひねって避けたが、端へ数滴がついた。翼膜が痺れ、右へ傾く。


「アルド、飛ばないで!」


ミーナの声に従い、泥へ着地する。足が沈み、速度を殺された。狙った雄が頭を下げ、胸へ突っ込んでくる。


俺は正面から受けず、身体を半歩ずらした。前話までなら力で止めていただろう。今は背鱗へ爪をかけ、突進の勢いを横へ流す。蜥蜴が泥を跳ね上げて滑る。


グラウが上から鳴子を落とし、雌二頭を反対側へ誘導する。空牙狼は負傷者を引き、残る一頭が雄の尾へ縄をかけた。


雄は尾を振って縄ごと狼を引きずる。ミーナが風刃を一度、二度と同じ足首へ重ねた。鱗の継ぎ目が切れ、動きが鈍る。


俺は泥から身体を抜き、今度は上から肩を押さえた。蜥蜴が毒泡を吐く。首を反らして避けるが、泡は俺の胸鱗へ散った。痺れが広がる前に、ポロから持たされた解毒泥を塗る。


「王が泥を塗るとは、見栄えが悪いな」


「今さらよ!」


ミーナが叫び、蜥蜴の首筋へ三本目の風刃を入れた。俺は顎を押さえ、空牙狼が尾縄を反対へ引く。ガンツ製の拘束杭が泥底へ刺さり、蜥蜴の身体が伸びた。


最後にミーナが急所を断った。


五頭のうち一頭。肉は三日分、毒腺は薬二十回分、背皮は防寒外套四着。残る四頭は湿地の奥へ逃がした。


「追えば、もう一頭は取れた」と若い狩人。


「今日の目的は全滅じゃない」とミーナ。「二十日後、群れが移動していなければ別の雄を一頭。それまで湿地は休ませる」


狩人は不満そうだったが、地図へ休止印を刻んだ。


内政班では、ポロが青眠草の根を掘り返していた。全部刈るのでなく、根を三つに分け、一つを薬へ、二つを温室へ戻す。水量と日照を変え、どちらが早く芽を出すか試す。


種芋は最も大きい物を食料へ回さず、来季用に残した。


「大きい方がおいしいのに」と俺。


「大きい方が、次にたくさん増えるんだよ」


「王には我慢が多い」


「三つも味見したよね」


「品質確認だ」


工房は、魔石四個のうち二個を小鍋炉へ使った。一個の大炉で百鍋を煮れば速いが、止まれば全滅する。魔石を薄片に分け、十の炉へ熱を配る。


最初の十鍋は、端の二鍋だけ温度が足りなかった。ガンツは分配管の長さを揃え、二回目は十鍋全てを同じ色へ煮出した。


【鑑定結果】

名称:冬越し薬湯

効果:冷え、軽度の感染、疲労の緩和

品質:八十六

改善点:保存時の光を遮る必要あり


治療班は黒い布で瓶を包み、日付と使用期限を刻んだ。作っただけで終わらず、古い物から使う棚を設ける。


転生百十二日目には必要量の七割。転生百十四日目には八割。だが燃料石が尽きかけ、外部交易なしでは九割へ届かない。


交易を待つ間にも、できることはあった。


北斜面の燃料苔は、乾かせば小鍋一つを半刻熱せる。これまでは雨季に余った分だけ使っていたが、斜面には薬鍋二十個分が光っていた。


「全部採れば、残りの半分が埋まる」と工房員。


ガンツは返事をせず、苔の下へ細い棒を差した。土が崩れ、白い幼虫が何十匹も現れる。冬前に渡ってくる蒼嘴鳥の餌だ。苔を剥げば幼虫が凍り、鳥が来なくなる。鳥が来なければ、その糞を肥料にする南畑も痩せる。


「燃料だけの場所ではない」とガンツ。


斜面を十二区画に分け、二区画だけ刈る。根元を残し、刈った後へ落ち葉を薄く載せる。残る十区画は春まで触れない。


採取班は不満そうだった。目の前に燃料があるのに、八割以上を残すからだ。


「必要量が足りないのに、残すのか」と若者。


「足りないから残す」とポロが答えた。「来年も必要になる。全部取ったら、来年は交渉する物さえなくなるよ」


刈り取り中、斜面上から灰爪熊が現れた。燃料苔の下の幼虫を食べに来た若い雄。体高は人間の二倍、前脚の爪は短剣ほどある。


「倒せば肉と脂も取れる!」


採取班が槍を構える。


ミーナは熊の腹と歯を見た。


「痩せてる。冬前で餌を探してるだけ。追い払う」


熊が先に突進した。第一撃の爪が盾を縦に裂く。採取班の二人が左右へ逃げ、中央が空いた。熊は苔籠へ鼻を突っ込む。


俺は上から降り、熊と籠の間へ尾を叩きつけた。土が爆ぜる。熊は驚いて立ち上がり、両前脚で俺の胸を打った。鱗越しに鈍い痛みが走る。


「殺さず退路を作れ!」


ポロが斜面下の水桶を倒し、細い流れを作る。熊は濡れた石を嫌い、横へ避けた。そこへミーナが風を当て、南の林へ匂いを流す。事前に置いた腐りかけの果実の匂いだ。


熊は二度目の爪を振るう。俺は首を引いて避け、前脚を翼で受け流した。グラウが上から鳴子を落とし、採取班が槍の穂ではなく柄で地面を叩く。


音、水、匂い。三方向を塞がれた熊は、開けてある南へ走った。追撃しない。林へ消えるまで見届ける。


「倒せたのに」と若者が呟く。


「倒せば一度の肉。生かせば、春に別の熊が増えすぎるのを抑える」とミーナ。「狩場は獲物だけでできてない」


燃料苔は予定通り二区画だけ。採取量は薬鍋四個分。それでも熊を殺さず、蒼嘴鳥の餌を残し、来春の燃料も守った。


人間側の交易隊が塩十袋と燃料石六箱を運ぶことになった。こちらからは鎧沼蜥蜴の背皮一枚、空路情報、修理部品を出す。


輸送路は空賊に狙われていた。


俺とグラウは外環塔の監視水盤へ移った。三便の護衛が持つ伝声石を水盤へつなぎ、班長の声、荷車に刻んだ位置印、空から見える影だけを受け取る。水盤に映らない手元や表情は、護衛が言葉にしない限り俺たちには分からない。


グラウは護衛を増やさなかった。


「兵を増やせば、本物の荷が分かる。荷台を増やす」


五台の荷車を三つの時刻に分けた。一便目は空箱へ石を詰め、重く見せる。二便目は少量の塩と派手な旗。三便目の本命は、農具の下へ燃料石を分散した。二便目は正規の交易でもあるため、御者台の認証筒には本物の荷札と、空環城の受取記録、次回更新まで使う合言葉を封じた。


トワと穴栗鼠族が経路を組む。最短の空橋を避け、屋根のある旧水路を使う。帰り車とすれ違わないよう出発をずらした。


一便目が灰尾谷へ入ると、上空に三つの影が現れた。


革翼の騎獣に乗った者たち。顔を布で隠し、短弓と鉤縄を持つ。旗は交易商の青だが、結び目が逆だった。


「空賊偵察。攻撃許可を」と護衛が伝声石で求める。


俺は翼を開きかけた。


「待て」とグラウ。「偵察なら、追えば本隊へ道を教える。空箱を取らせる」


空賊は矢を二射した。護衛は盾で一射を弾き、もう一射が荷車の側板へ刺さる。反撃せず、御者は縄を切って退避した。


空賊が荷台へ降り、石だけだと気づく。怒って火を放ち、二便目を探して飛び上がった。


そのまま去ると思ったのは甘かった。


一騎が谷の陰へ消え、残る二騎だけが東へ向かう。隠れた一騎は低空で引き返し、退避した御者を追った。人を捕らえ、本命の時刻を吐かせるつもりだ。


「追撃役一。御者へ接近!」


伝声石から護衛の声が響く。


グラウは本隊を動かさない。


「御者は空箱の時刻しか知らない。護衛二名で救出。アルドは飛ばない」


「なぜだ。俺なら一息で追いつく」


「あんたが出た場所が本命だと教えるから」


翼がうずく。仲間が襲われているのに待つのは苦しい。


水盤の位置印が崖際で震える。伝声石から御者の荒い息と護衛の報告が重なった。御者は崖際を走り、追撃騎が鉤縄を投げる。縄が肩へ巻きつき、身体が浮いた。護衛の空牙狼が岩陰から飛び、縄へ噛みつく。もう一人の翼猫が上から短刀を落とし、鉤の根元を切った。


御者は地面へ転がる。追撃騎は短弓へ持ち替え、一射、二射。翼猫は一射目を避けるが、二射目が翼をかすめた。


空牙狼が崖を蹴って騎獣の腹へ跳ぶ。爪は革鎧に止められ、騎獣の後脚で蹴られた。地面へ落ちる前に御者が受け止める。


護衛は敵を倒そうとせず、煙筒を割った。黒煙が谷を満たし、弓の射線を消す。三人は事前に決めた横穴へ退避した。


追撃騎が煙へ飛び込む。翼音が近づく。


横穴の入口には、空荷の車輪が横倒しにしてあった。騎獣の脚が車軸へぶつかり、姿勢を崩す。空牙狼が今度は騎手の弓だけを噛み砕き、翼猫が手綱を切った。


騎獣は主を振り落とし、空へ逃げる。落ちた空賊は煙の中を這って退き、仲間の一騎に拾われた。


「追うな」とグラウは命じる。「救助と負傷確認。横穴の出口から二便目を見せないで」


こちらは翼猫に浅傷、空牙狼に打撲。敵は弓一本と騎獣の手綱を失った。捕縛はできなかったが、人質も取らせなかった。


だが二便目は時刻を半刻遅らせ、南の林で止まっている。空賊は空路を二周し、派手な旗だけを遠くに見て追う。三便目の本命は、その間に旧水路を抜けた。


怒った空賊は二便目へ火矢を放った。一射目は旗、二射目は御者台。護衛が水袋を投げて消す。三射目は荷台の下へ刺さり、乾いた覆いへ火が走った。


二便目の御者は荷を守ろうとしたが、グラウの規則通り切断縄を引いた。派手な旗と空箱の上半分だけが燃え、塩二袋を積んだ下箱は車輪ごと分離して坂下へ滑る。待機していた穴栗鼠族が濡れ布をかぶせ、旧排水口へ引き込んだ。


黒煙で水盤の映像が途切れた一瞬、伝声石から木の割れる音がした。空賊の一騎が燃える御者台すれすれまで降り、鉤縄で認証筒を引き抜いた。


「認証筒を奪われた! 本物の荷札、受取記録、更新前の合言葉が入っている!」


護衛の報告に、俺は飛び出しかけた。だが位置印は既に三つへ分かれ、どれが認証筒を持つ騎か水盤では見分けられない。俺が追えば本命路を示す。


「全門へ失効を伝えろ」とグラウが伝声石へ返す。「盗まれた荷札と合言葉は、今から無効。認証筒の外形と盗難時刻も復唱して」


西門と正門から復唱が返った。市場の仮設受付だけは、輸送火災の負傷者対応で伝声石が外されており、返事がなかった。伝令を一名走らせたが、到着には一刻かかる。


空賊は燃える荷車を戦果と思い、上空で勝ち鬨を上げた。


俺は外環塔から爪を床へ食い込ませる。今なら三騎まとめて落とせる距離だ。それでも飛ばない。


「逃がすのは腹が立つな」


「同感」とグラウ。「でも今日は勝つ日じゃなく、運ぶ日」


敵を倒した数ではなく、届いた塩と燃料が戦果。その考え方を、俺は歯を食いしばって受け入れた。


偵察の一人が地上へ降り、車輪跡を確かめる。トワが仕掛けた偽の轍は東へ続いていた。空賊は東へ飛ぶ。


「今だ。二便目を西門へ」


グラウの指示で、三便全てが別経路から空環城へ入った。人員は翼猫の浅傷と空牙狼の打撲だけで、塩十袋、燃料石六箱は確保した。失ったのは古い荷車一台と石、そして本物の荷札、受取記録、更新前の合言葉が入った認証筒。戦後台帳には物資の勝利だけでなく、認証情報流出を赤字で刻んだ。


市場の仮設受付にも伝令が到着し、盗まれた認証一式を失効欄へ追記した。だが火に濡れた帳面は書き直しが必要で、翌朝まで旧帳面と新しい失効札を並べて使うことになった。グラウは「一枚に統合するまで、荷札が本物でも受取人確認を省かない」と命じた。


追撃しなかったため、敵の数も拠点も分からない。代わりにこちらの本命経路も守れた。


燃料石を使い、薬鍋百個のうち九十まで完成した。冬季備蓄は九割。魔石は残り二個。ガンツの分散製造はC級域へ入った。


戦闘素材は二日以内に薬、保存食、設備部品へ変える。狩場は休止区を巡回させ、採った母株は二つ戻す。交易品は分散し、一つを奪われても全体を失わない。


空環城は、集めるだけの都市から、使い、戻し、また作る都市へ変わった。


「あと十鍋だな」と俺は広場の印を見る。


「焦って狩場を殺さないでよ」とミーナ。


「分かっている。余は学習する王だ」


「初日の『もっと採れ』も記録に残ってるからね」


「消してはならぬか」


「監査記録を王が消したら駄目」


俺が肩を落とした時、市場の警報鐘が鳴った。


上空に、青い交易旗が十本並んでいる。


予定された交易隊は、今日は来ない。


しかも全ての旗で、結び目が逆だった。


竜騎空賊が、市場の真上まで来ていた。


挿絵(By みてみん)


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