第46話 逸材発掘官の初仕事
灰色の小獣は、荷車の下へ潜り込んでいた。
体長はポロの半分ほど。丸い耳の片方が欠け、煤けた毛に荷縄の跡が食い込んでいる。西門へ来た穴栗鼠族の荷運び群は二十七頭。どれも同じ灰色の外套を着ていたが、その一頭だけが車輪の軋みと門の混雑を同時に見ていた。
薬材を積んだ軽い車を内側へ。石材の重い車を外側へ。戻る車には空の木箱を積み、道幅を空ける。誰にも命じられず、五台の順番を変えただけで、詰まっていた門が流れ始めた。
グラウが俺の翼を押さえる。
「鑑定しないで」
「なぜだ。あれほど分かりやすい逸材を前に、余の目を封じるのか」
「私の初仕事だから。まず本人へ聞く」
転生百五日目。ミーナは狩猟、ポロは農地、ガンツは工房に出ている。俺とグラウだけで候補群を訪ねるのは、逸材発掘を俺の鑑定から制度へ移す最初の試験だった。
俺は威厳を保ちながら灰色の小獣へ近づいた。
「そなた、名は」
小獣は荷車の下で固まった。
「トワ……です」
「トワ。余の臣下になれ。空環城の道と荷を任せよう」
グラウが骨翼で俺の頭を叩いた。
「聞く順番」
「名を聞いたぞ」
「次が臣下なのが早すぎるの」
穴栗鼠族の群れ長が割って入った。白い髭を荷縄で束ね、右目に木片の眼帯を当てた老獣だ。腰には小さな曲刀を差している。
「龍の王よ、荷役の途中でうちの若い者をさらう気か」
周囲の二十六頭が荷鉤を構えた。一本一本は細いが、輪になれば俺の脚を絡められる。俺が少し竜圧を出せば全員を黙らせられる。それでは何も変わらない。
「さらわぬ。才能を見つけ、仕事を提案した」
「断れば?」
「不利益はない」
「では断る。話は終わりだ」
群れ長は即答し、トワを背へ隠した。
俺の胸に苛立ちが湧く。本人の答えを聞いていない。だが群れ長には、才能を奪われる恐れがある。
グラウが俺より先に頭を低くした。
「荷役を止めた分は支払う。半刻だけ、トワ本人と、あなたと、家族代表を含めて話したい。断る理由も記録する。終われば荷を優先して通す」
「誰の命令だ」
「私の提案。私は空環城の発掘官候補。王を止める役目もある」
「余を止めることを肩書にするな」
「一番伝わるでしょ」
群れ長の眼帯の下がわずかに動いた。結局、門脇の天幕で話すことになった。
参加者は俺、グラウ、トワ、群れ長、トワの姉。姉はトワより一回り大きく、前脚の爪を二本失っている。古傷のせいで重い荷を引けず、トワが家族二人分を稼いでいた。
「何が得意だと思う?」
グラウが尋ねる。
トワは姉の顔を見てから答えた。
「荷物を運ぶこと」
「さっき、車の順番を変えたのは?」
「薬の箱が日向にあったから。石車が曲がるたび門へぶつかってたし、帰る車が空なのに道の真ん中を歩いてたから」
「誰に教わった」
「誰にも。見れば分かる」
俺は我慢できず、鑑定を開いた。
【鑑定結果】
名前:トワ
種族:穴栗鼠族(個体ランクE)
Lv:9
特性:経路整理
技能:荷役:ランクF Lv8
技能:空間把握:ランクE Lv2
技能:隊列設計:未習得
成長余地:複数拠点の物流設計に高い適性
予想以上だ。荷車五台ではない。育てれば空環城、卵殻城、狩場拠点を結ぶ物流を任せられる。
「やはり逸材だ! トワ、余の国へ来い。家族も住居と食料を保障する」
トワの身体が縮んだ。
「行きません」
「聞こえなかった。もう一度」
「行きません!」
声は震えていたが、今度は俺を見た。
「姉ちゃんだけじゃない。群れには道を覚えてるのが僕しかいない。冬の前に荷場を変えないと、小さい子が遠い坂を登る。僕だけ良い家へ行ったら、みんなが困る」
「群れごと移ればよい」
群れ長が机を叩く。
「狩場も巣穴も先祖の墓も捨てろと?」
また早まった。
俺は言葉をのみ込む。才能を得たい。国に必要だ。冬の輸送は既に遅れが出ている。だが、必要だから本人の目的を消せば、主核と同じになる。
「トワ。お前が望むのは、群れを離れず、道を良くすることか」
「はい」
「空環城で学ぶこと自体は嫌か」
「怖いです。龍がいるし」
「俺だ」
「知ってます」
グラウが横で吹き出した。
トワは続ける。
「でも、荷車を壊さず早く運ぶ方法は知りたい。空環城の車輪は、うちより丸いから」
交渉の余地がある。
グラウは石板へ三つの案を書いた。加入、短期出向、巡回指導。トワは加入を消し、巡回指導には首をかしげ、短期出向へ爪を置いた。
「何日ならよい」
「三日。姉ちゃんも一緒。夜は群れへ帰る」
群れ長が反対する。
「三日でも仕事が減る」
「空環城が二頭分の荷役を群れへ出す」と俺。「学んだ技術はトワのものだ。群れへ持ち帰る。空環城だけで使う秘密にはしない」
「途中でやめたら?」と姉。
「その日までの報酬を払う。理由は求めるが、許可は求めぬ」
「怪我をしたら?」
「治療と帰路を保障する。危険な試験には別の同意を取る」
群れ長はすぐ頷かなかった。外へ出て、二十六頭全員へ条件を読ませた。反対、賛成、保留が飛び交う。俺は待った。待つのは戦うより疲れる。
半刻後、群れ長が戻る。
「群れにも停止権を置け。トワが断れなくなった時、こちらから試用を止める」
「認める。ただし本人が続けたい場合は、本人、群れ、空環城の三者で話す」
「利益配分は」
「トワの設計で輸送時間が減った分、三分の一を本人、三分の一を群れ、三分の一を設備維持へ」
長い沈黙の後、群れ長は爪印を押した。
試用初日、トワを工房へ連れていった。ガンツは五種類の車輪を並べ、荷重と地面の硬さを説明する。トワは最も新しい車輪ではなく、縁が厚い古型を選んだ。
「空環城の平らな道なら新しい方。僕らの巣穴前は石が尖ってるから、薄い縁は割れる」
ガンツが短く頷く。
「現地を見ずに道具を決めるな。正しい」
二日目、三台の荷車で試験した。薬材、石材、空箱。トワは荷の重さだけでなく、到着後にどの車が先に帰るかまで考えて順番を組む。
最初の試行では、狭い坂で石車が止まった。後ろの薬車も動けない。
「失敗です」
トワの耳が下がる。
「なぜ止まった」とグラウ。
「重い車を先にしたから。門では外側が良かったけど、坂では軽い車を先にして、頂上から縄を下ろすべきだった」
二度目は薬車が先に坂を登り、空箱を降ろす。空いた車の縄を石車へ結び、上と下から引く。所要時間は一度目の六割になった。
成功したところで、崖上から小石が落ちた。
一つ、二つ。領域知覚に、土の内側を走る亀裂が見える。
「全車停止! 崩れるぞ!」
俺が叫ぶより、トワが先に薬車の縄を切った。
「薬を持って横穴へ! 石車は捨てる!」
荷運び役が迷う。石材は工房の三日分だ。群れ長なら捨てるなと言うかもしれない。
トワは声を張った。
「車は直せる! 道から離れて!」
一行が横穴へ飛び込んだ直後、崖の土が崩れた。拳から頭ほどの石が坂を埋め、石車を横倒しにする。車輪が一つ砕け、積み荷が谷へ散った。
俺は翼を広げ、最後尾へ落ちる岩を受けた。三つまでは弾く。四つ目は大きく、翼の骨へ重い衝撃が走った。グラウが上空から風を当て、岩の向きを半歩だけ変える。俺の肩をかすめ、坂下へ落ちた。
「全員いるか!」
トワが自分で人数を数えた。七名。怪我は擦り傷二名。薬材は全て横穴へ運ばれ、失ったのは石材四分の一と車輪一つだった。
群れ長が停止札を持って駆けつけた。崩れた道と砕けた車輪を見るなり、トワを抱き寄せる。
「試用は終わりだ。危険すぎる」
「待って、僕が道を間違えたんじゃない」
「原因の話ではない。帰るぞ」
トワの耳が逆立つ。続けたい本人と、止めたい群れ。規則を作ったばかりで、最初の衝突が来た。
俺は群れ長へ反論しかける。トワの判断が薬と命を守った。ここで帰せば成長が止まる。だが群れの停止権を約束したのは俺だ。
グラウが二人の間へ立った。
「今日は停止。続けるかは、崩落原因と安全策を見て明日決める。本人の続行希望も、群れの停止も、どちらも今ここで消さない」
「俺なら石をどけられる」と俺。
「王が毎回道を支えるなら、制度にならない」
「分かっている。確認しただけだ」
その日は全員で事故を調べた。崩落は荷重ではなく、前夜の雨が古い獣道へ染み込んだことが原因。トワは車輪ばかり見て、崖の排水跡を記録していなかった。
「僕の失敗です」
「空を飛ぶ私も亀裂を見落とした」とグラウ。「発掘官の失敗でもある」
俺も領域知覚を試験前に使わなかった。鑑定を封じることに気を取られ、危険確認まで封じていた。
「俺の失敗でもある。才能を試すことと、命を賭けさせることを混ぜた」
三者の失敗を記録し、翌朝、群れ長へ対策を示した。雨後は崖道を閉鎖する。出発前に地上、上空、領域知覚の三方向で確認する。荷車ごとに切断できる縄をつけ、荷を捨てる判断権を先頭役へ渡す。損失は空環城と群れで折半する。
群れ長はトワへ尋ねた。
「まだ行くのか」
「行く。怖かった。でも僕が縄を切ったから、薬を守れた。次は崖も見る」
「帰りたくなったら?」
「帰る」
群れ長は停止札をトワ自身へ渡した。
「なら、自分でも止めろ」
試用は再開された。崩れた道を使わず、遠いが緩い南坂へ回る。距離は二割伸びたが、薬材は予定時刻内に届いた。危険を無視した最短路より、止まらず運べる迂回路の方が速かった。
三日目、トワは自分の群れの荷場へ全員を連れていった。空環城式をそのまま押しつけず、道幅、坂、雨水の溝を測る。車輪置き場を三歩移し、出発と帰還の道を分ける。荷車同士が正面でぶつからなくなった。
ところが昼過ぎ、群れの古参二頭が元の位置へ車輪を戻した。
「よそ者のやり方で巣穴を変えるな」
トワは言い返せず、耳を伏せる。数値では改善しても、長年使った場所を勝手に変えられた怒りは消えない。
俺は古参へ効率を説明しようとしたが、グラウが止めた。
「何を失うと思ったの?」
「ここは先代が決めた荷場だ。朝、皆が顔を合わせる場所でもある。道が速くなっても、帰った者の顔が見えなければ困る」
トワは初めて、車輪ではなく周囲を見回した。出発路と帰還路を完全に分けたため、交差する広場を消していたのだ。
「ごめんなさい。詰まりしか見てなかった」
彼は出発路を一歩だけずらし、帰還車が必ず広場の脇を通る案へ変えた。所要時間は五十二呼吸から五十七呼吸へ延びる。それでも以前より速く、顔も確認できる。
古参はすぐ褒めなかった。二十台をもう一度動かし、最後の車が戻るまで見届けてから、車輪止めを新しい位置へ置いた。
「速いだけの道なら断っていた。戻る場所を残すなら使う」
トワはその言葉も失敗欄へ刻んだ。才能とは、最短路を押しつける力ではない。何を守りたい道なのか聞き、目的を組み直す力だ。
改善前と同じ二十台を動かし、時間を測った。以前は最後の車が出るまで八十呼吸。改善後は五十二呼吸。ぶつかった車は四台からゼロ。荷縄の擦り切れも半分だった。
空環城側にも利益が出た。帰り車へ空箱を集約したため、荷役役が三名空き、その三名を冬備蓄の乾燥場へ回せる。トワ一頭を囲い込むより、群れ全体の道が整った方が輸送量は大きく増えた。
「利益配分を数字で見せろ」と群れ長。
人間の記録官が石板へ刻む。短縮した二十八呼吸を一日二十便、冬まで二十日。節約できる時間を荷役日数へ換算し、三分の一ずつへ分ける。トワ本人には食料札と車輪工具、群れには塩と補修木材、設備維持分は南坂の排水溝へ使う。
「本当に群れへ返すのか」と姉が尋ねる。
「余は約束を守る王だ」
「最初、群れごと移れって言ったけど」
「古い発言をいつまでも覚えているな」
「記録する制度でしょう」とグラウ。
俺の失言まで制度的に保存されるとは想定外だった。しかし、群れの若者たちは笑い、警戒していた荷鉤を下ろした。
俺は成果を見て、再び誘いたくなった。
「トワ。やはり正式に――」
グラウが咳払いする。
「……正式加入も、いつでも選べる。今は試用終了だ」
トワはほっと息を吐いた。
「また三日なら行きたいです。次は、群れの子を一頭連れてもいい?」
「よい。お前が教官になれ」
彼の顔が初めて輝いた。
俺たちは発掘官規則を六段階にした。発見、本人同意、期限付き試用、相互評価、辞退、利益還元。どの段階でも本人は止められる。群れにも停止権を置く。才能を囲い込まず、学んだ技術を出身地へ返す。
グラウには新しい技能が芽生えた。
【鑑定結果】
名前:グラウ
技能:逸材発掘:ランクE Lv1
効果:行動記録と本人の希望から、未発達の適性候補を見つける
限界:潜在能力の数値確定は不可。面談と試用が必要
「余の鑑定には及ばぬな」
「私の方が先に本人へ聞いた」
「そこは成長中だ」
短期効率は落ちた。面談、試用、群れとの協議に四日を使い、空環城の輸送改善は一路線だけ。それでも穴栗鼠族は、断っても仕事も道も奪われないと見届けた。帰り際、別の若者が次の試用へ名乗り出た。
夕方、ポロが冬季台帳を抱えて駆け込んだ。顔色が悪い。
「アルド、大変。今の備蓄は八日分あるけど、冬を越す量とは別だよ」
「どれほど足りぬ」
ポロは薬鍋の印を百個、石板へ並べた。
「食料、薬、燃料を合わせると、薬鍋百個分。必要量の四割が足りない」
空環城で初めて見つけたのは逸材だけではない。
冬という、期限のある敵だった。




