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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第37話 飛べない王の遠征

左翼を縛る添え木が、どう見ても大げさだった。


翼の根元から先端まで、晶殻板を六枚。腐泥鰻の皮紐で固定し、その上から薬布を三重。少し動かすだけでミーナが睨む仕組みまでついている。


「もう歩けるぞ」


卵殻城の治療区画で俺が立ち上がると、翼の付け根に鋭い痛みが走った。顔には出さない。王族はこの程度で呻かない。


「顔、真っ青」


ミーナは薬鉢を置き、俺の前脚を払った。均衡を失い、寝床へ尻から戻る。


「不意打ちとは卑怯だぞ!」


「歩ける王様なら避けられたでしょ」


「余は治療者を信頼して、あえて受けたのだ」


「じゃあ、そのまま信頼して寝てなさい」


言い返したかったが、外から子どもの泣き声が聞こえた。


昨夜、黒い竜旗に巣を追われた避難民は三十七名。薄青い鱗の穴蜥蜴族、長い耳を持つ草跳び族、それに煤色の小翼族が混じっている。荷は背負える分だけ。重傷者二名、発熱四名、乳飲み子三名。こちらの備蓄は三拠点合わせても、避難前の人数なら二日分しかなかった。


俺は寝床から降りた。


「どこへ行くの」


「話を聞きに行く。飛ばぬ。歩くだけだ」


「昨日、歩くだけで柱にぶつかった」


「あれは血が足りなかったのだ」


ミーナは長く息を吐き、翼の添え木をもう一本増やした。


「地上任務だけ。走らない。戦わない。痛みを隠したら、今度は両翼を縛る」


「暴君め」


「あなたにだけは言われたくない」


入口広場では、ポロが水を半杯ずつ配っていた。昨日作った仮札へ、家族数と負傷状態を刻む。受け取る者の中には、俺を見ると頭を下げる者もいれば、子どもを背へ隠す者もいた。


穴蜥蜴族の老女は水椀を持ったまま、俺を睨んだ。


「黒旗は、お前を追って来たのか」


周囲の空気が張る。


「そうだ」


俺は誤魔化さなかった。


「余の血統を狙い、空環城を奪った。お前たちの巣が襲われたのも、同じ先遣隊のためだろう」


「なら、ここにいればまた来る」


「来る。安全だとは言えん」


泣いていた子どもまで静かになった。


俺は続ける。


「滞在、元の巣への帰還、別の土地への移動。望みを一組ずつ聞く。ここへ残る条件に臣従は求めない。だが水と食料は有限だ。働ける者には役割を相談する。負傷者と子どもの最低分は先に確保する」


老女は目を細めた。


「追い返さない代わりに、盾になれと言うのでは?」


「言わん。戦うかどうかは別に聞く。余は昨日、皆を守ろうとして一人で上へ出て負けた。数を増やせば勝てるなどとは思っていない」


敗北を口にすると、添え木より重いものが翼へ載る。だが、知らない者へ王の強さを装っても、次の黒旗で嘘が割れるだけだ。


煤色の小翼族の男が手を上げた。


「私は風路の革弁を縫えます。だが妻と子は北の巣へ戻りたい。道を調べてほしい」


草跳び族の若者は、震える膝を押さえて言った。


「狩りはできない。薬草なら見分けられる。滞在は黒旗が退くまで」


穴蜥蜴族の老女は最後まで迷い、負傷者の治療が終わるまでという期限を置いた。


「よかろう。グラウ、記録を」


返事がない。


振り向くと、グラウはいなかった。


「あいつはどこだ」


ポロが水椀を並べながら答える。


「夜明け前に外部狩場へ行きました。三拠点の工程を回すって」


「余に報告せずに?」


「寝ていたから、ミーナさんとガンツさんへ」


右腕候補が王を置いて仕事へ行った。腹立たしい。だが俺が眠っている間も、水は配られ、面談は始まり、狩りは動いている。


「ならば余も現地を見に行く」


「地上任務だけよ」


ミーナが背後から釘を刺す。


卵殻城から外部狩場拠点までは、地下の旧運搬路を半日。飛べば四半刻だが、今の俺は歩くしかない。ガンツが小型荷車へ座れと言ったものの、拒否した。王が避難民の荷と並んで運ばれるなど――。


坂を二つ越えたところで、息が上がった。


「乗れ」


ガンツが荷車を止める。


「まだ余裕だ」


「翼の薬布に血が滲んでいる」


見れば、白い布へ赤い点が広がっていた。


「これは古い血だ」


「出発時にはなかった」


ミーナが冷たく言う。


俺は周囲を見回した。避難民の子どもがこちらを見ている。格好をつけて倒れる方が恥ずかしい。


「荷車の耐荷重試験をしてやる」


「はいはい」


荷車へ乗ると、子どもがくすりと笑った。俺は見なかったことにした。


運搬路では、三つの列が逆方向へ行き交っていた。狩場から卵殻城へ肉と耐圧獣皮。卵殻城から治療所へ薬と水。工房から狩場へ新しい風路弁と矢。前ならグラウが一つずつ命じたはずだ。今は列ごとに色札があり、担当者が次の目的地を知っている。


「誰が順番を決めた」


「グラウが目的だけ置いた」


ガンツが荷車を押しながら答える。


「食料三日分、左翼治療、刻印対策。細かい経路は各担当だ」


狩場拠点へ着くと、グラウは三ヶ所を同時に見ていた。


東ではミーナの副官が岩鎧猪を追い、耐圧獣皮を得る狩猟班。中央では避難民の革職人が風路弁を縫う工房班。西ではポロの助手と薬草識別者が刻印除去薬を煮る治療班。


「余が来たぞ」


俺が荷車から降りると、グラウは一度こちらを見た。


「飛んできたのか」


「歩いた」


ミーナが荷車を前脚で叩く。


「半分はこれ」


「余計なことを言うな!」


グラウは俺の添え木を見て、眉間に皺を寄せた。


「戻れ」


「王を役立たず扱いするな。地上でできることを寄越せ」


「なら狩りの観測だ。前へ出るな」


岩鎧猪は、黒い岩板のような皮を持つ六脚の獣だった。谷の反対側、距離八十歩。大きさは荷車二台分。鼻先の二本角で地面を掘り、苔と鉱塩を食べている。


耐圧獣皮は黒旗の風圧を受け流す盾と杭の覆いに使える。だが群れには幼獣が二頭いる。狩猟班は成獣のうち、右後脚を引きずる単独個体だけを狙っていた。


「弱ったものを選ぶのか」


俺が尋ねると、狩猟副官が首を振った。


「群れから離れ、ほかの成獣を襲っています。放置すれば幼獣も傷つく。ですが弱っている原因が病気なら肉は使いません」


俺は十分な距離を保って鑑定する。


【鑑定結果】

種族:岩鎧猪(個体ランクB)

Lv:25

HP:271(ランクB)

MP:84(ランクD)

攻撃:92(ランクD)

防御:134(ランクC)

速度:48(ランクE)

技能:耐圧皮膜:ランクD Lv5

技能:岩角突進:ランクE Lv8

状態:右後脚に古傷、飢餓による攻撃性上昇、感染なし


「病気ではない。右後脚に古傷。防御が高い。正面の角と背は狙うな。腹を見せても、最初の一撃で止まると思うな」


結果を共有し、俺は本当に後ろへ下がった。悔しいが、左翼の痛みが判断を正す。


狩猟班は風下から三組で近づいた。一組目が音石を投げ、猪を群れから離す。猪は予想より早く反転し、音石ではなく投げた者へ突進した。


「左へ逃げろ!」


俺が叫ぶ。狩人は左へ飛ぶが、猪の角が地面を抉り、石片が脚へ当たった。転倒。二組目が網を投げる。網は背の岩板に引っかかり、破れた。


猪が倒れた狩人へ向きを変える。


身体が勝手に前へ出た。ミーナが尾を噛んで止める。


「地上任務!」


「だが!」


「指示して!」


俺は歯を食いしばり、戦場を見る。古傷の右後脚。正面を止めるのではなく、曲がらせればいい。


「三組目、左角へ縄! 引き倒すな、顔だけ右へ向けろ! 二組目は破れた網を後脚へ!」


縄が左角へかかる。猪が首を振り、一人を引きずった。一度目は止まらない。二人目、三人目が縄を同じ方向へ引く。鼻先が右へずれ、突進線が倒れた狩人から外れた。


破れた網が右後脚へ絡む。猪は蹴り破りかけたが、ミーナの副官が風刃を古傷へ重ねる。一撃目は皮膜に弾かれる。二撃目を同じ裂け目へ。血が噴き、後脚が沈んだ。


猪はそれでも横倒しにならず、身体を回して縄組へ突っ込む。三組目は縄を捨て、岩陰へ散る。追った猪の腹が露出した。


狩猟副官が短槍を突く。浅い。猪の前脚が槍を折る。二人目の槍が同じ穴へ入り、三人目が柄ごと押し込んだ。


猪は最後に角を振り、狩人一人の肩を掠めた。ミーナの風が角を上へ逸らし、副官が喉下へ刃を入れる。何度も抵抗した末、巨体がようやく地面へ沈んだ。


倒れた直後、幼獣を守る成獣二頭が近づいた。狩猟班は武器を向けず、仕留めた個体だけを縄で引く。成獣はしばらく唸ったが、幼獣を連れて谷奥へ戻った。


負傷は二名。脚の打撲と肩の切り傷。得た皮は対圧杭八本分、肉は避難民を含めて一日半分、角は風路弁の骨組みになる。


「余が飛び込まなくても、倒せたな」


俺は血のついた地面を見た。


「飛び込んでたら、左翼がもう一度裂けてた」


ミーナは厳しいが、声の奥に安堵があった。


「最初の網が破れた時、正面から押さえようと思った」


「知ってる。尾が動いてた」


「だが古傷へ攻撃を重ね、突進線を変えた。次は最初から角縄を二本にする。倒れた者を救う班も別に置く」


狩猟副官が頷き、反省を木札へ刻んだ。


工房班では、避難民の革職人が獣皮を見て目を輝かせた。だが、すぐに首を振る。


「生のまま弁にすれば、乾いて縮む。灰汁へ一晩、重石で二日必要です」


「三日も待てない」


ガンツが言う。


「なら半分だけ熱処理。耐久は落ちますが、明日二枚作れる。残りは正規工程へ」


工房の攪拌槽が破裂した日に学んだ通り、支援設備があっても待つ時間は消えない。ガンツは応急弁と正規弁を別札にし、使う場所を分けた。


治療班では、草跳び族が黒旗兵の刻印痕についた苔を削っていた。ポロが菌床の解毒液と混ぜる。一度目は紫に変色し、器を腐食させた。


「強すぎます!」


ポロが器を砂へ埋める。


草跳び族の若者は耳を伏せた。


「薬草を増やせば消えると思った」


「毒を消すんじゃなく、刻印の熱だけを逃がしましょう。冷却水を先に、薬は薄く」


二度目は布片へ塗り、黒翼兵から回収した鎖片を載せる。紫の光が弱まったが、完全には消えない。


「除去ではなく、命令を遅らせる薬だな」


俺が言うと、ポロは悔しそうに頷いた。


「でも、その一息で逃げられるかもしれません」


「十分な成果だ。大きく呼びすぎるな。刻印遅延薬と記録せよ」


夕方、三工程が繋がった。狩猟班の皮は対圧杭と風路弁へ、肉は避難民の鍋へ、角は工房の枠へ。薬草班の試作液は見張りへ一回分ずつ。負傷した狩人は治療所へ運ばれ、その空いた見張り枠には避難民の志願者が入った。


備蓄は二日分から三日分へ増えた。それ以上にはならない。人数が増えたからだ。


俺が役割を決めたものは、ほとんどなかった。グラウが目的を渡し、各担当が失敗し、直し、次の班へ渡した。


「余がいなくても回ることを、見せつけるな」


俺がぼやくと、グラウは完成した対圧杭を数えた。


「お前がいない時に回らなければ、昨日と同じになる」


「分かっておる。少し寂しいだけだ」


口から出てから後悔した。ミーナがこちらを見る。笑うかと思ったが、彼女は何も言わず、添え木の緩みを直した。


夜、物資隊が卵殻城へ戻る途中で、黒旗の小型斥候三体に襲われた。


先頭の警戒班は敵を見つけても主力を呼ばず、荷車を岩陰へ入れた。斥候一体が上から針を放つ。耐圧獣皮を張った仮盾が受け、針は皮の二層目で止まった。


二体目が背後へ回る。物資隊は一列で逃げず、肉、薬、皮の荷車を別方向へ分けた。敵が肉車を追う間に、薬車は地下道へ入る。


俺は地上から声を飛ばした。


「倒すな、荷を通せ! 斥候の目的は我らを外へ誘うことだ!」


一体目の二射目が盾の端を貫き、持ち手の腕を掠めた。交代役が前へ出る。ガンツの応急弁をつけた風袋が開き、横風で三体の間隔を崩す。


ミーナが低空から一体の翼を斬る。一撃目は浅い。敵は上昇し、彼女を狩場の外へ誘う。ミーナは追わず、荷車の上へ戻った。


「その手は昨日見た!」


二体目が薬車へ向きを変える。避難民の革職人が荷車の横板を外し、対圧皮の幕を広げた。針が二本、幕へ刺さる。三本目は縫い目を裂いた。


「次は縫い目を二重にする!」


男は叫びながら幕を畳み、石壁の陰へ転がる。


グラウが物資隊を先へ通し、最後に風弾を三連続で放った。一撃目で斥候を散らし、二撃目で傷ついた個体を仲間側へ押し、三撃目で追跡線を断つ。斥候は負傷個体を連れ、空環城の方角へ戻った。


撃破なし。腕の擦り傷一名、仮盾一枚と皮幕一枚を損耗。肉、薬、皮はすべて三拠点へ届いた。


戦後、俺は荷車の轍を見て反省した。


「余なら最初の一体を追った。敵はそれを待っていた。守る戦いでは、敵を倒した数より、届いた荷の数を勝敗にすべきだ」


グラウが木札へそのまま刻む。


「それと、応急弁は二度目の風で裂けた。正規弁が要る。薬は一息しか刻印を遅らせない。対圧杭も十二本に足りない」


足りないものばかりだ。だが、昨日は何が足りないかすら分からなかった。


その時、身体の奥に三度の熱が遅れて巡った。黒旗に敗れたまま得た力ではない。岩鎧猪の突進線を読み、三工程をつなぎ、斥候を追わず荷を通した判断が、一つの成長として返ってきた。


レベル28から31。最大HPは324→348(+24)、最大MPは400→430(+30)、攻撃105→113(+8)、防御109→117(+8)、速度83→90(+7)、総合382→411(+29)。ただし、裂けた左翼と全身の打撲は、数値が上がっただけでは消えない。現在HPは286、現在MPは391。飛行不能と地上任務限定も継続する。


五日目の夜、セラが外環から戻った。青黒い毛は泥と霜で固まり、呼吸が荒い。彼女は水を一口だけ飲み、地図へ三つの点を打った。


「中継個体は三日ごとに北へ高度を上げる。黒旗の圧がその間だけ弱まる」


「補給か?」


グラウが問う。


「断定はできない。でも同じ時刻に、胸の核が暗くなる。風路の封鎖も一ヶ所ずつ途切れる」


三日周期の穴。


俺は縛られた左翼を見た。痛みは残り、飛行はまだできない。それでも、次に何を測るべきかは見えた。


「再戦は余の翼が治った時ではない。三拠点の準備が揃った時だ」


ミーナが、ようやく少し笑った。


「その言葉、忘れないでよ」


「王の言葉は重い」


「昨日は重すぎて空から落ちたけど」


「それを言うな!」


笑いが起きた。敗北は消えない。空環城も戻ってこない。


だが、飛べない俺の周りで、狩り、工房、治療、物流は止まらずに回っている。黒い旗が奪えなかったものは、すでにここにあった。


挿絵(By みてみん)


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