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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第32話 一日が二日分になる工房

外環工房の工程時計は、壊れた鳥のように鳴き続けていた。


鐘、槌、蒸気。三つの音が重なり、工房前の石床まで震えている。入口から十歩離れた場所でも熱気が鱗へまとわりついた。昨日まで一刻に一度落ちていた砂時計の石砂が、今は半刻で底へ達している。


「見よ。余の血統が時間を支配したのだ」


俺が宣言すると、ミーナは運んできた薬草籠を地面へ置いた。銀灰色の耳が、うんざりしたように横へ寝る。


「時間を支配した王様が、どうして朝食に遅れたの?」


「新たな翼の手入れには時間がかかる」


「寝癖で右翼が裏返ってたからでしょ」


ポロが口元を押さえた。笑っていないふりが下手すぎる。


彼の足元には、太さの違う薬草束が六つ並べられていた。青い札は外環畑、黄色い札は卵殻城の菌床、赤い札は今朝ミーナたちが狩場で摘んだ野生株だ。工房の支援が本物なら、採れた場所が違っても同じ品質へ揃えられるか試すらしい。


「野生株はこれだけか?」


俺が赤札の束を覗くと、ミーナは前脚で隠した。


「夜露が乾く前に採れる量はこれだけ。群生地の半分は種を残したわ」


「工房が二倍働くなら、もっと採ってもよいのではないか」


「二倍使うことになったら、来月はゼロよ」


即座に返され、俺は鼻先を引いた。


狩猟班は夜明け前に空牙狼と外へ出ていた。獲物を追う班、薬草を探す班、狩場の幼獣数を数える班に分かれたという。角兎を二羽仕留めたが、巣穴近くで三羽目を見つけた時は追わずに戻った。薬棚が速く回っても、森が速く育つわけではない。


「余は確認のために言ったのだ」


「そういうことにしておく」


ミーナは赤札の束をポロへ渡した。ポロは葉を一枚ずつ嗅ぎ、泥を落とす水まで別の桶に量り取る。


「工房班が急いでも、洗浄水は一日八桶までです。水路の泥抜きが終わるまでは増やせません」


「ならば完成量だけでなく、水と狩場の回復日数も測るぞ」


俺が言うと、ミーナの耳が少し持ち上がった。


「今のは王様らしかった」


「今までも常に王らしい!」


「壁にぶつかるところ以外はね」


工房班の笑い声に紛れて、遠くから短い警笛が聞こえた。狩場へ残った空牙狼班からだ。一度は異常発見、二度なら援護要請。耳を澄ますが、二度目はない。


ミーナはそれでも翼を半分開いた。


「偵察役を一頭戻す。工房の音で外の警報を聞き落としたら意味がない」


「ここは余たちが見る。行け」


彼女は頷き、二頭の空牙狼を連れて外環へ駆けた。工房で内政を進めながら、狩場の安全まで止めない。そのためには、俺が目の前の奇跡に浮かれてはいられない。


ガンツは工房の扉へ濡れ布を当て、温度を確かめた。


「時間そのものが速いなら、中の者は疲労も倍になる。入る前に止めるぞ」


「待て。奇跡を確かめずに止めてどうする。材料も二倍になっているかもしれん」


「石と薬草が勝手に子を産むなら、俺も見たい」


グラウの乾いた返事に、工房班の数名が吹き出した。


俺は咳払いし、昨日決めた規則どおり役割を分けた。接続するのは俺。監視はグラウ。物理停止はガンツ。ポロとミーナは材料と作業員の状態を見る。王が自ら細部まで配慮する姿を示すためであって、昨日の失敗を恐れているわけではない。


扉を開けると、白い蒸気が噴き出した。


工房は横に四十歩、奥に六十歩。右側に炉と鍛造台、左側に薬の乾燥棚、中央に三基の攪拌槽が並ぶ。十二人の作業員が走り回っていたが、動き自体が速くなったわけではない。炉の火は一定の高さを保ち、乾燥棚には同じ強さの風が流れ、攪拌棒だけが休みなく回っている。


「止めろとは言わなかったぞ!」


ガンツが現場責任者へ怒鳴った。


岩肌の小人族の男が、煤だらけの顔を振った。


「止め板を引いた! だが三番槽だけ反応しない。火を落とすと乾燥棚まで止まると思って、皆で材料を抜いていたんだ!」


一つ止めれば全部止まる。昨日の端末と同じ罠だ。


俺は接続線へ爪を触れた。頭の中へ、熱、風、回転の感覚が一度に押し寄せる。昨夜より流れは読めたが、集中すると自分の翼がどちらを向いているか分からなくなる。


「火力は増えていない。温度の揺れを抑えているだけだ。風も同じ。攪拌だけが……三番槽の粘度に合わせて速くなっている」


「材料を増やしてるんじゃないの?」


ポロが槽の縁から中を覗いた。薄緑の薬液は、いつもなら底に沈む繊維まで均一に混ざっている。


「うむ。材料は増えていない」


俺は小声で認めた。


ミーナの耳がこちらへ向く。


「今、何て?」


「材料を無駄なく使えると言ったのだ。最初からそのつもりだ」


「さっき、二倍に増えるって」


「王は可能性を広く示すものだ!」


口論している場合ではなかった。三番槽の外壁が甲高く鳴った。金属の継ぎ目から泡が噴き、作業員の一人が顔を近づける。


「離れろ!」


俺は床を蹴た。新しい翼が反射的に開き、身体が予想より前へ飛ぶ。作業員を胸で押し倒した直後、槽の蓋が弾けた。


熱い薬液が背中へ降り注ぐ。鱗の間を針で刺されたような痛みが走り、息が詰まった。蓋は壁へ突き刺さり、攪拌棒が外れて回転しながら床を削る。


外れた棒は床の溝を跳ね、薬草籠へ向かった。ポロが籠を抱えて伏せる。俺は尾を振って棒を払ったが、勢いを殺しきれず、今度は炉前の燃料箱へ飛んだ。


「火花を出すな!」


ガンツが工具箱を投げつける。箱と棒がぶつかり、金属音が耳を刺した。棒は燃料箱の手前へ落ちたが、工具が床一面へ散らばる。


その隙に三番槽の亀裂が広がった。熱い液が床の排水溝へ流れ、乾燥棚の下へ向かう。毒性を抜く途中の薬液だ。乾燥胞子と混ざれば、工房全体を閉鎖することになる。


「溝を塞ぎます!」


ポロは抱えていた薬草籠を投げ捨て、砂袋へ飛びついた。一袋目を置くが、水分を吸った薬液が脇から漏れる。二袋目を重ねても止まらない。


倒れていた作業員が身体を起こし、ふらつきながら木板を差し込んだ。


「お前は下がれ!」


俺が怒鳴ると、男は顔を歪めた。


「ここで流したら、三日分の薬棚が死ぬ!」


守られた者が、今度は工程を守ろうとしている。止めたい気持ちと、任せるべきだという判断が胸の中でぶつかった。


「では木板だけ押さえろ。液には触るな。ポロ、灰袋を上から! ガンツは槽を止めろ!」


ポロが乾燥灰を撒くと、漏れた液が泥状に固まり始めた。作業員は木板を押さえたまま後ろへ下がり、手を液面より高く保つ。最初の砂袋だけでは失敗したが、材料の性質を知る者同士が手を重ね、流れをようやく止めた。


「全停止!」


誰かが叫ぶ。


「待て、薬棚に胞子薬がある!」


ポロの声が裏返った。風まで止めれば、乾燥途中の胞子が湿気を吸って膨らみ、毒性を戻す。


ガンツは中央配管へ飛びついたが、熱風に押し戻された。グラウが風を横から当て、熱を天井へ逃がす。ミーナは倒れた作業員の首根を咥え、安全線の外へ引いた。


俺は痛む背中を振り向かず、接続感覚へ潜った。三系統ではない。工房の中で、さらに枝分かれしているはずだ。


【鑑定結果】

名称:外環工房支援系統

状態:第三攪拌槽の圧力弁固着

機能:炉温安定、乾燥風安定、攪拌速度補正

消費:一工程につき魔石片一単位

制限:同時稼働数に比例して故障率上昇


「増幅線は床下だ! 三番槽だけ赤い支線を切れ。乾燥風は青、炉は白だ!」


「床板を外す時間がない!」


ガンツが吠える。


「ならば壊せ!」


俺は前脚で床を叩いた。一枚目は割れない。二度目で爪が滑り、痛みが肘まで響く。三度目、ガンツの槌が同じ場所へ重なった。床板が砕け、三色の導管が露出する。


赤い管は脈打ち、今にも裂けそうだった。


俺が管へ爪を伸ばすと、青い管が突然膨らんだ。端末が負荷を逃がそうとし、止めた攪拌の力を乾燥風へ回したのだ。


「青も切る!」


ガンツが槌を持ち替える。


「駄目です!」


ポロが叫んだ。


乾燥棚の奥では、黄色い胞子袋が風に煽られて膨らんでいる。完全に切れば湿気が戻る。強すぎれば袋が裂ける。


俺は一瞬、全部止めて逃げる方を選びかけた。昨日なら生物権限と設備権限を分けた。今日も、工房を一つの塊だと思うから迷うのだ。


「切るな、絞れ! 青管へ楔を半分だけ打て。グラウ、棚の出口から逆風を当てろ!」


「強さは?」


「袋が棚板から浮かぬ程度だ!」


「曖昧すぎる!」


グラウは文句を言いながらも、翼を細かく震わせた。出口から押し返された風と青管の風がぶつかり、棚の中央で渦になる。最初の渦は強すぎて上段の袋を一つ落とした。ポロが身を滑らせ、床へ落ちる前に受け止める。


「もう少し下!」


ポロの声へ、グラウが翼角を変える。ガンツも楔を指一本分深く打つ。二度目で袋の揺れが収まり、乾燥風だけが細く流れ続けた。


設備は命令一つで止まらない。敵のように反応し、別の場所へ負荷を返してくる。俺は熱と痛みの中で、そのことをようやく身体へ刻んだ。


グラウが翼で攪拌棒の進路を変えた。棒が柱に激突して止まる。その一瞬にガンツが赤い管へ楔を打ち込んだ。


三番槽の震えが止まった。


炉の火は落ちない。乾燥棚の風も流れている。ポロは棚の蓋を一つずつ閉め、ミーナが作業員の人数を数えた。


「十二人、全員いる。火傷二人、打撲一人。重傷なし」


その言葉を聞いた途端、脚から力が抜けた。俺は座ろうとして、熱を帯びた床に尻をつけかける。ミーナが額で胸を押し、濡れ布の上へ向きを変えた。


「庇うなら、その後まで考えなさいよ」


「王の鱗は頑丈だ」


「震えてる」


「怒りでな」


本当は痛かった。だが、俺が押し倒した作業員が起き上がり、何度も頭を下げるのを見ると、情けない声は出せなかった。


午後、故障していない設備だけで比較試験を始めた。


試験再開へ反対したのはミーナだった。外周から戻った彼女は、俺の背の薬布を見るなり瞳を細めた。


「一度破裂した日に、まだ動かすの?」


「事故の原因を残したまま夜を越せば、別の班が同じことをする」


ガンツが答える。彼の工具箱は潰れ、必要な道具を床へ並べ直していた。


「支援は一系統ずつ。全員を安全線の外へ置く。停止役を二人に増やす」


ミーナは俺を見た。


「あなたは?」


「接続はする。だが、槽の前には出ない」


「庇うなとは言わない。でも、毎回あなたが盾になったら、あなたがいない日に皆が死ぬ」


その言葉は火傷より痛かった。身を張れば格好はつく。だが、誰も同じ手順を再現できない。


「分かった。今日は手を出す前に、現場責任者へ判断を復唱させる」


ミーナはしばらく俺の顔を見た後、頷いた。


「なら私も残る。狩場の警笛は落石だった。道を一本閉じたから、明日は西を使う」


工房の事故と外の狩りは別々に起きる。片方へ全員を集めず、報告だけを繋ぐ。それができて初めて、増えた時間を本当に使える。


ガンツは同じ量の晶殻接着剤を二つの炉で煮た。通常炉では温度が上がりすぎ、一割が鍋底へ焦げつく。支援炉では泡の高さが揃い、ほぼ全量を型へ流せた。


ポロは同じ薬草束を二つに分けた。通常棚は葉の厚い部分に水気が残り、選別が必要だった。支援棚は風向きが細かく変わり、半分ほどの時間で均一に乾いた。


ミーナは完成品だけでなく、捨てた量を籠へ集めた。通常工程の廃棄籠は山になり、支援工程の籠はその半分以下だ。


「一日が二日になったんじゃない」


彼女は二つの籠の間へ尾を置いた。


「失敗してやり直す時間が減ったのよ」


俺たちは完成品の質も確かめた。支援棚の薬草は色が揃っていたが、野生株だけ香りが弱い。ポロが葉脈を割ると、採取時刻の違いで薬液が半分抜けていた。


「設備は、悪い材料を良くはしてくれません」


ポロは悔しそうに赤札を裏返した。


「でも、違いが早く分かりました。次は夜露が残る束と乾いた束を混ぜません」


ガンツの接着剤にも問題が出た。完成は早いが、冷却を急いだ一枚は曲げると端が剥がれた。工程時計が半分になっても、材料が落ち着く時間まで削ってはいけない。


「速くできる部分と、待つしかない部分を分ける」


ガンツは工程板へ太い線を引いた。


俺はその横へ、狩場回復、洗浄水、魔石、点検時間を書き足した。完成箱だけ見れば二倍。森と水路と修理役まで含めれば、毎日二倍にはできない。


工房班の若者が不満そうに腕を組んだ。


「せっかく動いたのに、三工程だけか。今のうちに十日分作れば、皆が楽になる」


「魔石を使い切った翌日に水路が壊れたら、誰が動かす?」


グラウが問い返す。


「その時は、その時で採りに行けば……」


「どこへ?」


若者は黙った。魔石を採れる坑道は晶殻百足の巣のさらに奥で、まだ安全確認が済んでいない。


俺は彼を叱る代わりに、灰色になった四個の魔石を並べた。


「余も最初は材料まで増えると思った。間違いを認めるのは腹立たしい。特に皆の前ではな」


ミーナが小さく笑う。


「だが、都合の悪い数を隠して箱だけ積めば、明日困るのは配給列の者だ。三工程で足りないなら、何を優先するか皆で決める。勝手に十工程回すより面倒だが、それが今の我らに払える原価だ」


若者は灰色の石を一つ持ち上げ、しばらく見つめた。


「修理部品を一枠。残り二枠を薬と保存食に。工具が直れば、明日は支援なしでも一つ多く作れます」


「採用する」


命じると、彼の肩から力が抜けた。


「同じ材料で完成品はほぼ二倍です」


ポロが嬉しそうに乾燥薬を並べる。だが、その横でガンツは使い終えた魔石を持ち上げた。透明だった石は灰色に濁っている。


「三工程で四個使った。残り六個。毎日回せば二日もたん」


工房班の顔から笑みが消えた。


俺は作業台に、完成量、廃棄量、時間、魔石、故障箇所を書かせた。奇跡と呼べば、使えば使うほど得だと勘違いする。これは道具で、道具には原価がある。


「支援枠を一日三工程までとする。薬、保存食、修理部品を優先。増産要求は在庫板と魔石残量を添えよ。監視役には停止権を与える」


現場責任者が恐る恐る手を上げた。


「龍王様の許可が間に合わない時は?」


昨日までの俺なら、王命を待てと言ったかもしれない。


「壊れる前に止めろ。余への報告は後でよい」


グラウがこちらを見た。驚いたようにも、確かめるようにも見えた。


「ただし勝手に動かして失敗した者は、原因を隠すな。余も隠さん」


さらに、破裂した三番槽の前で全員と事故の順番を復唱した。粘度上昇、攪拌加速、圧力弁固着、蓋の変形。停止命令、排水溝への漏出、乾燥風への負荷転送。一人の失敗ではなく、誰も途中の変化を記録していなかったことが連鎖を作った。


「次は槽の音が一段高くなった時点で止める」


現場責任者が言う。


「液面を覗かない。鏡板で見る」


庇われた作業員が続けた。


ポロは灰袋を各排水溝の横へ置き、ミーナは工房の警笛と外周の警笛を違う高さに変える案を出した。グラウは一系統の停止で別系統が強まった時、鐘を三度鳴らすと決める。


俺は最後に、自分の反省を口にした。


「余は身体が強くなったことで、まず飛び込めばよいと思った。作業員は救えたが、棒を燃料箱へ向け、皆の仕事を増やした。次は射線と二次被害を見てから動く」


口にしたくないほど格好の悪い事実だった。それでも、誰も笑わなかった。


ガンツが新しい停止板を三枚、別々の色で掲げた。設備が速くなったのではない。俺たちが失敗を見つけ、直し、共有するまでの時間を短くしたのだ。


「寝癖のことも?」


ミーナが尋ねる。


「それは設備事故ではない!」


工房に笑いが広がった。背中はまだひりついたが、昨日の王座区より息がしやすい。


夕方、完成した保存食と薬を配給所へ運んだ。いつもの倍近い箱を見て、住民が歓声を上げる。俺も胸を張ったが、列の最後尾が通路角を曲がり、その先まで続いていることに気づいた。


食料が増えたと聞き、試験移住区から登録前の家族まで集まってきたのだ。配給係は名簿をめくり、工房班は自分たちの分を先に確保しようと箱を抱えている。


完成品は増えた。だが、誰へ、どれだけ渡すかは一つも速くなっていない。


列の中央で怒声が上がり、水桶が倒れた。


挿絵(By みてみん)


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