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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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30/61

第30話 空環城

転生五十七日目。進化区画へ入った時、俺はまだ自分で歩いているつもりだった。


実際には、グラウとガンツに両脇を支えられ、裂けた右翼をミーナが持ち、ポロが前で足元の段差を教えていたらしい。晶殻百足との戦いで力を使い切り、進化の熱が身体の内側から意識を溶かしていた。


丸い区画の床には、龍王家の角をかたどった紋がある。中央には浅い窪み。周囲には水を通す溝、風を送る穴、晶殻を置く台が六つ。進化する個体を守り、冷やし、栄養と魔力を送るための場所だ。


「俺が眠る前に、全工程を決める」


そう言ったはずなのに、舌がうまく動かなかった。


「もう喋れてない」とミーナの声が遠くでする。


「水、風、畑、工房の順だ」と俺は続けたつもりだった。「狼と人間の代表を……退出権も……食料は……」


「アルド、聞いて」


グラウの顔が視界へ入った。黒い翼は風を使い切って垂れている。それでも目はまっすぐだった。


「お前が起きるまで、俺たちが決める。戻せない決定はしない。だが現場の停止と避難は、俺たちの判断で動かす」


王の許可を求める言葉ではない。彼自身が責任を引き受ける宣言だった。


「……よい」


声になったかは分からない。


窪みへ伏せると、ポロが冷水を溝へ流した。ガンツが晶殻百足の透明な殻を六つの台へ置く。ミーナは右翼の傷へ薬布を当て、その上から柔らかな皮帯で固定した。グラウが弱い風を穴へ送る。


準備した備蓄は四日分。進化が何日かかるか分からない。見張りは四交代。水路が止まれば保守棚へ退避し、浮力柱が再び傾けば俺を晶殻の担架ごと卵殻城へ下ろす。逃げ道は二本、持ち出す薬と水は入口左右へ分けた。


そこまで確認したところで、身体が動かなくなった。


最初に失ったのは脚の感覚だった。床へついているはずなのに、どこからが石でどこまでが自分か分からない。次に翼が熱くなり、骨が一度ばらばらに砕けたような痛みが走る。


叫ぼうとした。顎が開かない。


晶殻の台から紫の光が伸び、俺の周囲へ薄い殻を作り始めた。透明な膜が前脚、背、頭を順に覆う。外の声が水中のように遠ざかる。


怖い。


卵だった頃は、殻が世界のすべてだった。いまは違う。手足も翼も、仲間の顔も知っている。それを一つずつ失い、また殻へ閉じ込められる。


逃げようとしても爪一本動かない。王域認識を開こうとしても、外環の点は見えず、自分の鼓動だけが巨大な音で返ってくる。


「そばにいるわ」


ミーナの声が殻越しに聞こえた。


「今回は勝手に割らないで。身体ができるまで待ちなさい」


返事はできない。それでも彼女の前脚が殻へ触れた振動だけは分かった。


やがて視覚も聴覚も消えた。


残ったのは、外から伝わる振動だけだった。


一定の間隔で重い三回。ガンツの槌。


細かく走り、止まり、また走る。ポロの足。


低く長く一度。グラウが工程交代を告げる風。


殻の表面を軽く二度。ミーナの見回り。


俺は動けない。命令もできない。空環城の水路、風路、畑、工房が止まっているのに、王はただ眠っている。


焦るほど、殻の内側で身体が崩れた。筋肉が熱い泥になり、骨が伸び、翼根が二つに裂けて組み直される。胃は空なのに、晶殻から流れ込む魔力で吐き気がした。昼も夜も分からない。


一度、外の振動が激しく乱れた。


小さな足音が何十も畑区画を走る。何かが板を齧る音。警報用の骨板が高く三度鳴った。


起きなければ。


俺は前脚を動かそうとした。存在しない。王域認識を外へ伸ばす。殻の表面で弾かれる。


「アルドは起こさない!」


ミーナの声だけが、かすかに届いた。


続いてグラウの風。ガンツの槌。ポロの水が溝を走る音。


戦っている。


俺抜きで。


助けられない恐怖と、自分がいなければ失敗するのではないかという傲慢が、胸の中で絡まった。だが殻は開かない。俺にできるのは、仲間が自分で選び、戻ってくるのを信じることだけだった。


しばらくして、足音が整った。槌が三回。風が一度。ミーナの爪が殻を二度叩く。


無事だ。


その後も振動は続いた。水が流れ、畑の土を運ぶ荷台が往復し、工房の炉が低く唸る。最初は別々だった音が、一日ごとに重なっていく。


何日目か、知らない足音が増えた。


軽く跳ねるもの。天井へ張りつくもの。殻を引きずるもの。空牙狼とも人間とも違う。争う音はなく、入口で長い話し合いの振動だけが続いた。


俺に許可を求める声は来なかった。


少し寂しい。かなり不安だ。だが、それでよいと眠る前に認めた。戻せない決定はしない。現場は彼らが動かす。


身体の再構成が終わりに近づくと、感覚が一つずつ戻った。


最初は匂い。濡れた土、煮た百足肉、薬草、炉の煙。それから音。水車の回転、風袋のはためき、誰かの笑い声。


最後に、自分の翼の重みが戻った。


以前より長い。畳んでも脇腹から尾の半ばまで届く。翼根には新しい筋肉が束になり、風が膜の表だけでなく、骨の中を通るように感じられた。


殻へ亀裂が入る。


俺は慌てて割らなかった。ミーナとの約束を思い出し、身体の端まで感覚があるか確かめる。前脚、後脚、尾、左右の翼。顎。呼吸。


「聞こえるか」


外からグラウの声。


俺は喉を震わせた。返った音は、幼竜の高い咆哮ではない。低く、区画の壁を震わせる声だった。


「聞こえる!」


ポロの歓声。殻の外で足音が集まる。


俺は内側からゆっくり押した。晶殻が花びらのように割れ、冷たい空気が全身へ触れる。


光が眩しい。


目を開けても距離が合わず、ミーナの顔が二つに見えた。立とうとすると、身体が思ったより高い。前脚へ力を入れすぎ、頭から水溝へ突っ込んだ。


「ぶはっ!」


周囲で笑い声が上がる。


「笑うな! これは進化後の水質確認だ!」


起き上がる。自分の身体を見て、息を呑んだ。


鱗は以前の青灰色から、空の光を含む深い青へ変わっている。胸と翼根には銀の線が走り、動くたび淡く光る。前脚は一回り太く、爪は石へ深く食い込む。何より翼だ。広げると区画の半分を覆い、裂けていた右翼の膜も新しい組織で塞がっている。


胸の奥から喜びが突き上げた。


「見たか! これぞ龍王にふさわしい姿! 俺は翼竜へ進化した!」


翼を勢いよく打つ。風が区画を一周し、ポロを水桶へ転がし、ガンツの記録板を天井へ貼りつけた。


「出力禁止!」ミーナが俺の鼻を叩く。「起きて一息で規則を破らない!」


「軽く動かしただけだ」


「軽くてこれなら、二日間は調整が必要だ」


グラウは笑わず、俺の左右の翼角度を見ていた。


「右翼が一指分遅い。傷は塞がったが、感覚がずれている。すぐ全力で飛ぶな」


以前の俺なら「飛べる」と言って外へ出た。風坑で落ちた恐怖が、腹の奥に残っている。


「試験表を作れ。低出力からだ」


ミーナが満足そうにうなずいた。


鑑定を自分へ向ける。進化前と後の数値が並んだ。


HP220から260、四十増加。MP275から320、四十五増加。攻撃73から83、十増加。防御74から87、十三増加。速度56から66、十増加。総合261から304。個体B。数値以上に、翼骨へ風を通して飛行できる身体と、複数の仲間へ同時に方向を伝える小隊指揮の感覚が生まれている。


技能も新しい身体に合わせて再編されていた。


限定魔力操作F Lv2と竜圧共鳴F Lv2は、翼骨と胸の風室へ魔力を通す《竜圧E Lv1》へ統合。殻越しの振動に依存した殻響探知F Lv9は、王域認識E Lv2へ統合され、足場と仲間の位置を直接捉える。ただし届くのは周囲二十歩、壁越しでは輪郭がぼやける。短距離滑空F Lv3は、新しい翼で自力推進できる《翼飛行E Lv1》へ変化した。連続羽ばたきはまだできず、出力差の残る右翼を監督なしで使えば墜落する。


鑑定E Lv6と王域認識E Lv2は維持。新しく得た小隊指揮E Lv1は、同意して隊列へ入った仲間へ一度に方向を伝えられるが、目的や判断を強制できない。


最初の試験は歩行。身体が大きくなったぶん、曲がる時に尾が壁へ当たる。二度目で尾を内側へ巻く。成功。


次は翼を四分の一だけ開き、風を起こす。左が強く、桶が斜めに倒れた。グラウが右翼の開きを早めるよう指示する。三度目、左右の布が同じ高さで揺れた。


外環へ出て、命綱二本をつける。かつて落ちた風坑の手前だ。


「翼飛行の第一試験。保守棚を越え、向こうの標柱まで。羽ばたきは禁止」とグラウが言う。


「この翼で羽ばたかぬのか」


「試験だ」


走って跳ぶ。


翼へ風が入った瞬間、世界が持ち上がった。幼竜の時は落ちる身体を風で支えていた。いまは翼が風の層を選び、進みたい方向へ滑っていく。風坑の中央を越え、標柱が近づく。


嬉しさで胸がいっぱいになる。もう少し高く行ける。俺は約束を忘れ、翼を一度打った。


身体が急上昇した。


予想の倍だ。頭が上の羽根板へぶつかり、視界に火花が散る。姿勢が崩れ、尾から落ちる。


「右翼を閉じろ、左を残せ!」


グラウの指示。俺は反射的に従う。身体が横向きになり、風を取り戻す。標柱を越えてしまったが、外環の草地へ腹から着地した。


痛い。だが以前のように命綱へぶら下がらず、自分で姿勢を戻せた。


「羽ばたき禁止と言ったわよね」とミーナが降りてくる。


「新しい限界を測った」


「頭で?」


「硬さも上がっている」


二日間出力不安定。全力羽ばたき禁止。翼飛行はグラウかミーナの監督下。この制限を試験表へ刻んだ。


それから、俺が眠っていた四日間の報告を聞いた。


外環三系統が止まった最初の日、グラウが工程と人員を四班へ分けた。ポロは水路を一つずつ開き、畑へ最低量を確保。ミーナは狩猟と警戒を交互に行い、空牙狼へ範囲を割り振る。ガンツは晶殻を浮力柱へ固定しながら、工房炉を低出力で再開した。


三日目、残存していた空橋酸顎甲虫が畑へ侵入した。俺が殻の中で聞いた警報だ。


「三人編成で対処した」とミーナが言う。「私が住民を水槽側へ避難。グラウが甲虫を一列に寄せ、ガンツが畑の取水を逆流させて巣穴を洗った」


最初の酸で苗床一枚を失った。二度目の突入では、甲虫が死骸を盾にした。グラウは強風で押さず、死骸と生体の隙間へ短い風を入れて列を崩した。ガンツが晶殻板で酸を受け、ミーナが脚節を切る。三人は避難、迎撃、修理を交代し、畑の残りを守った。


「俺を起こさずに勝ったのか」


「起こせなかったし、起こす必要もなかった」とグラウが言う。


誇らしい。同時に、少し寂しい。


「見事だ。俺がいなくても国が止まらぬ。それこそ俺の国にふさわしい」


「まだ国じゃない」とミーナが言う。


「いずれなる」


四日目には、巣を甲虫に追われた三つの小集団が移住を願い出た。石の隙間で暮らす丸耳土鼠が七家族、天井へ巣を作る風膜蝙蝠が十一頭、苔を背負って水を蓄える苔殻小亀が五頭。


彼らは服従ではなく、三十日の試験居住を求めた。空牙狼協定を雛形に、水と食料の最低保障、働けない幼体と負傷者の別枠、畑・工房・狩場の担当、争いの再交渉、いつでも退出できる権利を石板へ刻んだ。都市の設備を壊した場合も、一度で追放せず修理と再説明から始める。


「王が眠っている間に、勝手に民を増やしたのか」と俺は言った。


三集団の代表が身体を強張らせる。


俺は少し間を置き、胸を張った。


「よく決めた。俺が起きるまで水も食事も止めなかった者たちを、追い出す理由はない」


試験移住者たちの表情が緩む。丸耳土鼠は水路の細い詰まりを取り、風膜蝙蝠は夜の見張り、苔殻小亀は畑へ水を運ぶ。人口が増えても、一週間分の最低水量と食料を保つ循環ができ始めていた。


ただし都市主核は眠ったままだ。動いているのは外環の水路、風路、畑、工房、狩場だけ。空環城全体の十分の一にも満たない。


覚醒した日の夕方、旧敵が戻った。


空橋酸顎甲虫の女王個体。以前追い払ったB級が、二十匹の群れを連れて畑の外へ現れた。晶殻百足の匂いと、増えた食料を狙っている。


「全員で罠を組むか」とガンツが問う。


俺は首を振った。「三人で抑える。俺、ミーナ、グラウ。住民は通常どおり避難し、ポロとガンツは設備を止めるな」


以前は七人がかりで橋を守り、ポロの水圧と工房の工具まで使って、ようやく女王を追い払った。進化の力が本当に戦い方を変えるか、低い損耗で確かめる。


女王の第一撃は酸液。俺は翼を半分開き、風を正面から返す。出力が強すぎ、酸が左右へ散って苗床へ向かった。


「上へ逃がして!」


ミーナの声で右翼を上げる。酸の流れが空へ曲がる。最初から完璧ではない。


働き甲虫が二列に分かれ、俺の左右を抜けようとする。グラウの隊列加速を自分たちへ使い、三人で一歩ずつ位置を変える。ミーナが左列、グラウが右列を風で中央へ戻し、俺が前脚で床を叩いた。翼から下向きの圧が広がり、群れの脚を石へ押しつける。


一度目は半分が耐えた。女王が死骸を押し出し、圧の陰を作る。以前と同じ反撃だ。


俺は死骸へ噛みつかない。翼飛行で女王の横へ回り、腹の重い側から風を当てる。女王は向きを変えようとするが、グラウが反対側の退路を閉じる。ミーナは目の前を横切り、空の資材庫へ誘う。


女王が急に止まり、尾側から酸を噴いた。ミーナの逃げ道が塞がる。


「三歩前へ!」


俺の小隊指揮が、声より先に二人へ方向の感覚を伝えた。ミーナは前へ、グラウは上へ。俺は下から滑り込み、翼で酸を天井の排水溝へ送る。


女王を資材庫へ追い込み、晶殻板の扉を閉めた。群れは女王を追って入ったものと、逃げたものに分かれる。追撃しない。畑から離れれば目的達成だ。


三人、薬の消費なし、設備損失なし。俺のMP消費は二割。以前の大掛かりな防衛を、三人編成で制圧へ変えられた。


ただし女王は生きている。資材庫を恒久巣にさせないため、翌日ガンツとポロが安全な都市外縁へ誘導路を作る。俺の出力もまだ不安定で、酸を一度畑へ散らしかけた。新しい力があっても、役割と設備は要る。


戦後、外環の全員が中央広場へ集まった。


「この場所を、空環城と呼ぶ」


俺は宣言した。「空に浮かぶ輪の城。種族ではなく、守る規則と選ぶ契約でつながる場所だ」


歓声より先に、ポロが前脚を上げた。


「名前は前からそう呼んでたよ」


「正式に決めたのはいまだ」


笑いが広がる。威厳が少し削れたが、悪い気はしなかった。


その夜、休眠していた都市核の劣化端末が光った。


割れた石板に、角を持つ龍の横顔が浮かぶ。雑音の奥から、俺によく似た、もっと低い声が響いた。


「正統血統を確認。外環の仮運用を承認。王座へ来い」


仲間たちが俺を見る。


先代龍王を模した声は、もう一度、眠る都市の奥から俺を呼んだ。


挿絵(By みてみん)


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