第3話 水脈を探す小獣
肉の包みをくわえた影は、乾いた支流を跳ねるように逃げていった。
天井は低く、ところどころ岩の牙が垂れ下がっている。床には昔水が流れた跡が白い筋となって残り、その中央を細い泥の帯が奥へ続いていた。影の足跡は泥の上に四つずつ並び、丸い前足だけが深く沈んでいる。
「速く、ミーナ。見失うぞ」
「誰のせいで速く走れないと思ってるの!」
ミーナは右肩に引き具を食い込ませ、左前脚をかばいながら俺を引いていた。俺の底が石へ乗り上げるたび、彼女の体まで後ろへ引かれる。
「では俺を置いて先に追え」
「戻ったら、あんたが別の獣に食べられてるかもしれないでしょう」
「心配しているのか?」
「せっかく運んだ荷物を途中で失いたくないだけ」
荷物扱いは不満だが、置き去りにされないことには安堵した。
一晩だけの契約は夜明けで終わった。天井の細い割れ目が青く光り始めている。それでもミーナは引き具を外していない。俺も契約の延長を口にできずにいた。必要だから残れと言えば、命令に聞こえる。いてほしいと素直に言うのは、さらに難しい。
「止まって」
ミーナが急に身を伏せた。
十歩ほど先で足跡が消えている。泥の帯は続いているのに、逃げた影だけが地面へ溶けたようだった。
俺は殻を澄ませた。右の壁から、水滴より細かな振動が返ってくる。爪が岩をひっかく音。何かが息を殺している。
「右だ。壁の割れ目にいる」
ミーナが鼻を向ける。
「獣の匂いはする。でも血の匂いはしない。小さいわ」
「包囲するぞ」
「二人で?」
「俺が退路を塞ぐ」
「動けないのに?」
「……逃げそうな方向へ置け」
ミーナはため息をついたが、俺を割れ目の左へ押した。彼女は右へ回り、翼を広げて通路を塞ぐ。
「出てきなさい。肉を返せば、いきなり襲ったりしない」
岩の奥で、きゅ、と小さな声がした。
「いきなりでなければ襲うのか?」
「黙ってて」
しばらく待つと、割れ目から茶色い鼻先が現れた。続いて丸い耳、黒い目、ずんぐりした胴。大きさはミーナの半分ほどで、背中には土色の縞がある。短い前脚で肉の包みを胸へ抱え、全身を震わせていた。
「それは俺たちの食料だ」
俺が言うと、小獣は飛び上がり、さらに奥へ引っ込もうとした。だが包みが岩へ挟まり、進めない。
「返せとは言ったが、今すぐ罰するとは言っておらん。なぜ盗んだ」
「お、お腹、空いて……」
「見れば分かるわ」
ミーナが目を細めた。
「私たちだって空腹なの。怪我をして獲った肉よ」
小獣は包みを抱く力を強めた。逃げられないと悟ったのか、目に涙が浮かぶ。
「ぼくじゃ、ない。ぼくが食べるんじゃない」
「では誰だ」
「群れのみんな。咳が止まらなくて、歩けなくて……食べもの探して戻ったら、いなくなってた。でも、きっと近くにいる。肉の匂いなら分かると思って」
言葉は途切れ途切れだった。嘘をついているようには聞こえない。だが、こちらの食料は二人で一日もつかどうかだ。すべて渡せば、ミーナの傷を治す前に俺たちが動けなくなる。
「名前は」
「ポロ」
「ポロ。群れは何匹だ」
「七……たぶん」
「たぶん?」
ミーナが問い返すと、ポロは耳を伏せた。
「崩れる音がして、みんな逃げた。ぼくは水を探すから別の穴へ行けって言われた。戻ったときには、足跡がばらばらで……」
「なら、この肉を持っていっても会える保証はないわ」
「でも!」
ポロが初めて声を張った。直後、自分の声に怯えたように口を閉じる。
俺は迷った。
困っている者を見捨てるのは、王のすることではない。だが善意だけで食料を失い、ミーナまで倒れれば、それも無責任だ。
「半分だ」
「アルド?」
「肉の半分をポロへ渡す。代わりに、こやつが探している水場へ案内させる。安全な水が見つかれば、ミーナの傷を洗える。残り半分は俺たちの分として持つ」
ポロは涙をためたまま、こちらを見た。
「水、見つけられなかったら?」
「そのときは半分だけ持っていけ。見つけたなら、さらに一部を群れへ分ける。群れを見つける手伝いは、水と俺たちの安全を確保してからだ」
「全部くれないの?」
「やれぬ。俺たちも生きねばならん」
俺が断言すると、ポロの顔に失望が広がった。胸が痛む。王なら惜しみなく与えるべきではないか、という声が自分の中で囁く。
しかし、ミーナは黙っていた。俺の判断を待っている。
「それと、盗んだことは謝れ」
「食べものないのに?」
「ないから盗んでよいとはならぬ。事情を話し、分けてくれと頼め。断られたら別の条件を出せ。お前には水を探す力があるだろう」
ポロの耳がぴくりと動いた。
「どうして分かるの」
「足だ。乾いた支流なのに、お前の足裏だけ泥がついている。鼻も、俺たちでは感じぬ水の気配へ反応している」
本当は鑑定で確かめたい。だが、ミーナへしたように、勝手に能力を暴くつもりはなかった。
「見てもよいか。お前が水を探す力だけだ。ほかの秘密は探らぬ」
ポロは身を縮めた。
「頭の中も見える?」
「見えぬ。少なくとも俺は見たことがない」
「嘘だったら?」
「ミーナが俺を割る」
「ちょっと、勝手に約束へ使わないで」
「割らないの?」
ポロが真剣に尋ねた。
ミーナは俺を見下ろし、わざと爪を岩へ立てた。
「約束を破ったら、ひびを一本増やすくらいはする」
「そこは否定せよ!」
ポロの口元が、ごくわずかに緩んだ。
彼は割れ目から出て、泥のついた前脚を俺の殻へ触れさせた。ミーナより体温が低い。震えはまだ止まっていない。
【鑑定結果】
名前:ポロ
種族:地耳獣(個体ランクF)
レベル:2
HP:34(ランクE)
MP:48(ランクE)
攻撃:5(ランクG)
防御:7(ランクG)
速度:9(ランクG)
技能:嗅覚:ランクF Lv3、掘削:ランクF Lv1
観察:湿度差と土中音への反応が強い。
「水脈を探せる可能性がある」
俺が結果を伝えると、ポロは前脚を引っ込めた。
「可能性って、今はできないってこと?」
「違う。お前は匂いと土の音を別々に使っている。それを同時に使えば、見えない水の流れを追えるかもしれん」
「ぼく、何度も外したよ。水だと思って掘ったら、毒の苔だった」
「外した場所には理由がある。鼻だけを信じたのか、音だけを信じたのか、覚えているか?」
ポロはしばらく考え、うなずいた。
「最初は匂い。次は冷たい風」
「ならば三つ目は両方ある場所を掘れ。失敗した二つが、次の条件を教えている」
自分に言い聞かせるような言葉だった。俺も落石を一度避けられ、やり方を変えて生き残った。
「やってみる」
ポロは肉の包みを返し、ミーナが爪で半分に分けた。彼は自分の分をすぐ食べず、背中の毛へ蔓で結ぶ。
「群れに持っていくのね」
ミーナの声が少し柔らかくなった。
ポロはうなずいた後、俺たちへ深く頭を下げた。
「盗んで、ごめんなさい」
「よい。次は先に言え」
「断られたら?」
「条件を出せ。それでも断られたなら、別を探せ。少なくとも、眠っている相手から奪うより敵は増えぬ」
ポロは考え込みながら、支流の奥へ歩き出した。
彼の案内は頼りないものだった。十歩ごとに止まり、右へ行きかけて左へ戻る。鼻を土へつけ、耳を床へ当て、また首をかしげる。
「本当に大丈夫?」
ミーナが小声で尋ねる。
「試している最中だ。急かすな」
「食料を持って逃げるかも」
「逃げるなら、すでに割れ目の奥へ行っていた。出てきたのは、交渉する気があったからだ」
「あんた、意外と信じるのね」
「違う。逃げ道と利益を見ている」
「それを信じるっていうんじゃない?」
答えに詰まった。
やがて床の泥が途切れ、乾いた灰色の土へ変わった。水の匂いはむしろ薄くなる。
ミーナの尾が苛立たしげに揺れた。
「逆じゃない?」
「上にはない」
ポロは床へ耳をつけたまま答えた。
「下。ずっと下で、こっちへ流れてる。土が乾いてるのは、間に硬い石があるから」
「どう掘るのだ」
「割れ目を探す」
三人で進むと、通路の先が崩れていた。天井から落ちた岩が道を塞ぎ、その隙間に淡い緑の苔が生えている。苔の先端には透明な袋が膨らみ、呼吸するように縮んでいた。
ポロが一歩近づく。
「待て。あれがお前の言った毒の苔ではないか」
「色が違う。前のは黒かった」
「だから安全とは限らないわ」
ミーナが鼻を鳴らし、すぐ顔を背けた。
「酸っぱい匂い。近づきたくない」
俺は苔だけへ意識を伸ばした。
【鑑定結果】
種族:腐食苔(個体ランクE)
レベル:3
HP:41(ランクE)
MP:28(ランクE)
攻撃:6(ランクG)
防御:9(ランクG)
速度:0(ランクG)
技能:腐食胞子:ランクE Lv1、吸水:ランクF Lv4
状態:乾燥休眠・水分刺激待ち
「水へ反応して胞子を噴く。近くに水があるのは確かだ」
「掘ったら起きるってこと?」
ポロの声が震える。
「そうだ。別の割れ目を探す」
俺たちは崩落を迂回した。しかし右は壁が途切れず、左は深い裂け目になっている。下から水音がするが、降りれば戻れない。安全に掘れそうなのは腐食苔の近くだけだった。
「焼く?」
ミーナが言う。
「火がない。踏み潰せば胞子を浴びる」
「じゃあ諦める?」
ポロが肉の包みを見た。群れへ持ち帰るまでに水を見つけたいのだろう。
俺は苔の透明な袋が縮む間隔を数えた。風が吹くたび、袋は左へ傾く。胞子が出ても、風上にいれば避けられるかもしれない。
「ミーナ、翼で風を右へ送れるか」
「左脚を踏ん張らなければ、短い風なら」
「ポロは苔から三歩離れた場所を掘れ。水がにじんだら、すぐ下がる。俺は袋の膨らみを見張る」
「あんたは?」
「風上へ置け。胞子が来たら、声で警告する」
「声を出したら苔が揺れるんじゃない?」
ミーナの指摘に、俺は口を閉じた。
確かにそうだ。大声の振動で胞子を飛ばす可能性がある。
「なら、合図は殻を石へ一度当てる。二度なら全員退避だ」
「最初から考えてよ」
「今、考えた」
ミーナは呆れながらも、俺を苔の風上へ運んだ。
ポロが掘り始める。短い爪で土をかき、石を鼻先で押し出す。最初は何も出ない。掘る場所を外したのではと不安になった頃、穴の底が黒く湿った。
腐食苔の袋が一斉に膨らむ。
俺は殻を石へ一度当てた。
ミーナが右翼を強く振る。風が苔を右へ倒す。ポロはさらに二掻きし、穴から水をにじませた。
その瞬間、透明な袋が破裂した。
黄緑色の粉が霧のように噴き出す。ミーナの風が大半を右へ流したが、壁へ当たった胞子が渦を巻き、こちらへ戻ってきた。
予想外だった。
「二度だ! 下がれ!」
俺は石へ体を打ちつけた。ごん、ごん。
ポロが穴から飛び退く。だが後脚が掘り出した石へ引っかかり、転んだ。胞子の渦が迫る。
ミーナは傷ついた脚で踏み込み、ポロの首筋をくわえて引いた。痛みで体勢が崩れ、翼の風が止まる。
胞子が二人へ降りかかった。
「左の裂け目へ!」
俺はさきほど見つけた深い裂け目ではなく、その手前の岩陰を示した。そこから冷たい上昇気流が吹いている。ミーナがポロを引きずって岩陰へ入り、風が胞子を押し返した。
俺だけが外に残る。
粉が殻へ触れ、じゅっと嫌な音を立てた。表面が焼けるように熱い。痛みに声を上げかけたが、叫べば胞子をさらに揺らす。俺は歯のない口を食いしばるつもりで耐えた。
ミーナが岩陰から飛び出そうとする。
「来るな! 水を使え!」
「毒に反応するって言ったでしょう!」
「苔へかけるな。お前たちの毛についた分だけ洗い流せ。流れは裂け目へ落とせ!」
ポロが先に動いた。掘った穴へ戻るのではなく、泥にしみた少量の水を前脚ですくい、ミーナの翼へついた粉を下へ払う。ミーナもポロの背を同じように拭った。
腐食苔は一度胞子を吐くと、袋がしぼんだ。俺たちはすぐ近づかず、三度膨らみが止まるまで待った。
「アルド、殻は?」
ミーナが近くから尋ねた。
「少し表面が荒れただけだ」
本当はひりついていたが、亀裂には届いていない。既に心配そうな声をしている彼女へ、余計な恐怖を与えたくなかった。
「見せて」
「目がない俺に言うな」
「私が見るの!」
ミーナは俺の殻を丹念に嗅ぎ、爪先で粉を落とした。左の亀裂と反対側が薄く変色しているが、深くは溶けていないらしい。
「少しじゃない。次に同じことをしたら割れるかも」
「次は反射する風を計算する」
「そうじゃなくて、あんたも逃げられる場所でやるの」
反論できなかった。俺は作戦を決めるとき、自分が動けないことを忘れたふりをした。二人を逃がす位置には置いたが、自分の退路はなかった。
「……次は、荷物にも退路を作る」
「荷物って認めたわね」
「今だけだ」
ポロが小さく笑った。緊張がほどけたのか、すぐ座り込んでしまう。
掘った穴には、指ほどの細い水がたまっていた。ポロが鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。ミーナは白い石片へ水を取り、色の変化と膜が浮かばないことを確かめた。俺も鑑定し、腐食性や毒性がないと判断した。
すぐ飲まず、最初の一杯はミーナの傷を洗うことにした。
皮の固定を外すと、左前脚の裂傷は赤く腫れ、奥に黒い爪片が見えた。ポロが細い爪で周囲の毛を分け、ミーナが自分で牙を使って欠片を引き抜く。
「痛むぞ」
「言われなくても……分かってる!」
爪片が抜けた瞬間、ミーナの体が跳ねた。血が流れたが、濁った液も一緒に出る。ポロが水を少しずつかけ、俺が腫れの位置を伝えた。
洗浄を終え、新しい皮と骨で固定すると、ミーナは長く息を吐いた。
「冷たい。気持ちいい」
その声には、初めて明らかな安堵があった。
次にポロ、最後にミーナが水を飲んだ。俺は殻の傷へ少量を流してもらった。冷たさが亀裂を通って染みたが、汚れと血の臭いが薄れていく。
水は湧くそばから穴へたまった。しかし量は多くない。三人が好きに使えば、すぐ泥へ戻る。
「飲む分、傷を洗う分、掘るときに使う分を分ける」
俺が言うと、ミーナが眉を上げた。
「どうやって?」
「小さい窪みを三つ作る。最初の澄んだ流れを飲用、あふれた分を洗浄、さらに下を掘削用だ」
「ぼく、作れる」
ポロがすぐに爪を立てた。さきほどまでのおどおどした動きとは違う。水の流れを見ると、どこを掘れば土が崩れないか分かるようだった。
ミーナは石を運び、俺は水音の変化で漏れを知らせた。三つの窪みができるまでに二度崩れ、一度は飲用の水へ泥が入った。そのたびポロは流路の角度を変え、石を細かく組み直した。
日が見えない洞窟で、どれほど時間が過ぎたか分からない。完成した頃には、三人とも声が出ないほど疲れていた。
それでも、澄んだ水が上の窪みから下へ静かに落ちる音は、どんな音楽より心強かった。
「ポロ。今日から毎日、この水の匂いと色を確かめよ」
「ぼくが?」
「強制ではない。代わりに、お前が群れを探す間も、ここへ戻れば飲めるようにする。異変を最初に見つけたら、使用を止める権限も持て」
「ぼくが止めて、ミーナが飲みたいって言ったら?」
「止めていいわ」
ミーナが先に答えた。
「水のことは、見つけたあなたが一番分かるもの」
ポロは俺とミーナを交互に見た。
「秘密、みんなに言わない?」
「お前が水を見つけられることか」
「うん。知られたら、ずっと掘れって言われる。前の群れでも、外したら怒られた」
俺はすぐ答えず、彼の震える前脚を見た。力を見つけることと、その力を勝手に使うことは違う。
「誰へ、どこまで話すかはお前が決めよ。ただし、この水を使う仲間には、毎日お前が確かめる担当だと伝える。危険を隠すことはできぬ」
「嫌になったら?」
「辞めると先に言え。代わりを教える時間はもらう」
ポロは長く考えた末、小さくうなずいた。
「群れが見つかるまで。ここにいてもいい?」
「よい」
答えが早すぎた。
ミーナが横から俺を見る。
「私は?」
「お前との契約は今朝で終わった」
口にした瞬間、ミーナの顔が固くなった。
違う。追い出したいわけではない。むしろ残ってほしい。だが言葉が続かない。
「そう。じゃあ、傷が治ったら行く」
「待て。契約が終わったから、新しい条件を決めるのだ」
ミーナの耳がわずかに戻る。
「水場の警戒と、狩りを頼みたい。代わりに食料と寝床を共有し、傷が治るまで俺とポロが治療を助ける。期間は……」
「傷が塞がるまで」
ミーナが言った。
「その後は、また決める。それでいい?」
「うむ。それがよい」
胸の奥が急に温かくなった。魔力が戻ったのかと思ったが、たぶん違う。
俺たちは水場の入口へ洞鼠の骨を吊り、誰かが通れば鳴る簡単な警報を作った。残った肉は三等分せず、動く二人へ多く回した。俺は食べられないのだから当然だが、ポロは自分の分をさらに半分残し、群れのために包み直した。
夜が来る前、彼は周囲へ足跡を探しに出た。ほどなく戻ってきた顔は暗かった。
「群れの匂い、ない。古い足跡は奥へ行ってるけど、崩れてる」
「明日調べよう。今日は休め」
「でも、みんなお腹空いてる」
「焦って腐食苔へ突っ込めば、お前まで戻れなくなる。水を得た。肉も半分守った。今日は二つ進んだ」
ポロは納得しきれない顔だった。それでも水場のそばへ丸くなり、肉の包みを抱いて目を閉じた。
ミーナも傷ついた脚を伸ばす。俺は二人の呼吸と水音を聞きながら、今日の失敗を思い返した。
胞子が壁で反射することを考えなかった。ポロの退路は決めたが、掘り出した石につまずくことを見なかった。俺自身の退路は最初から捨てていた。
次は作戦を伝える前に、全員がどこへ逃げるか、足元に何があるかを確かめる。勝つ方法だけでなく、失敗したときに生き残る方法を決める。
そして、食料を分けるだけでは群れは救えない。水、寝床、継続して得られる食料が要る。
「王国とは、腹を空かせた者へ肉を一度配って終わるものではないのだな」
独り言に、まだ起きていたミーナが答えた。
「今さら気づいたの?」
「確認しただけだ」
「はいはい、王様」
からかう声なのに、不思議と嫌ではなかった。
水路の下流を確かめていたポロが、急に耳を立てた。彼は浅い流れへ前脚を入れ、泥の中から黒ずんだ木片を引き抜く。
木片の端には丸い穴があり、鉄の輪がはまっていた。自然にできた形ではない。
「これ、下から流れてきた」
ミーナが泥を拭い、目を細める。
「荷車の部品みたい」
水路の奥へ続く泥には、二本の平行な溝が刻まれていた。
誰かが、ここで車輪を使っていた跡だった。




