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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第14話 深層水蛇の影

水は、止まると腐る。


転生二十二日目の朝、卵殻城の貯水桶は底まで黒く濁っていた。表面に薄い油膜が浮き、濾過砂を通しても石と泥の苦い匂いが残る。飲める水は革袋一つ、五人で半日分しかない。


それでも深層水路へ持ち出す水は必要だった。


俺たちは最低保障から半日分を残し、残りを五つの小袋へ分けた。食料四日分のうち一日分、解毒剤五包、止血布、風袋二つ。グラウは飛行禁止のままだが、見張り役として同行する。卵殻城へ一人残せば、水蛇が別の穴から来た時に助けられないからだ。


「目的は討伐ではない」


出発前、俺は全員へ言った。


「水を塞いでいるものを確認し、流れを戻せるか判断する。格上なら退く」


ミーナがじっと俺を見る。


「本当に退くのね?」


「くどいぞ。俺は無謀と勇敢を混同せん」


「赤尾に威圧をかけた時も、同じ顔をしてたけど」


「あれは敵の知性を測ったのだ」


「逃げながら?」


「実地試験だ」


ポロが不安そうに俺とミーナを見比べる。ガンツは荷台の車軸を締め直し、グラウは入口の暗闇へ耳を澄ませていた。冗談で恐怖を薄めている場合ではない。


「退く」


俺は言い直した。


「俺が何と言おうと、ミーナが撤退を叫んだら全員で退く。ガンツが荷台を捨てると言ったら捨てる。ポロが水位の異常を告げたら、敵が見えなくても戻る。グラウが上から来ると警告したら伏せる」


四人が頷いた。


南東水路までは荷台で半日。通路は次第に低くなり、左右の壁が濡れ始めた。足元には細い流れがあるが、卵殻城と同じ黒い泥が混じっている。天井から垂れる白灯茸の光が、十歩ごとに途切れた。


最初に見つけたのは鱗だった。


昨日ミーナが持ち帰ったものより大きい。盾ほどの黒緑の板が岩へ食い込み、縁には半透明の膜が残っている。二枚、三枚、奥へ行くほど新しくなった。


次は牙の跡。


左右の壁に、二本ずつ深い穴が開いていた。穴の間隔はガンツの肩幅より広く、削れた石がまだ水底へ沈み切っていない。


最後に尾が見えた。


曲がり角の向こう、水面下を太い黒影が横切る。先端だけで俺たちの荷台より長い。尾が動くたび、流れは逆向きに押し返され、足元の水位が指一本分上がった。


「止まれ」


ミーナの囁きで全員が固まった。


前方は幅十二歩ほどの円形水室。中央に岩の島があり、その周囲へ巨大な蛇が二重に巻きついている。頭は水面から三歩ほど上。濡れた鱗は黒緑から青へ色を変え、眉間には白い結晶が埋まっていた。口を閉じていても二本の牙が下顎より長く突き出し、鼻孔から熱い蒸気が漏れている。


水蛇の胴が、奥の水門を完全に塞いでいた。


距離はおよそ三十歩。気づかれていない、と思った瞬間、金色の縦長の瞳がこちらを向いた。


殻の内側まで冷えた。


俺は鑑定を使った。


【鑑定結果】

種族:深層水蛇(個体ランクB)

Lv:28

HP:324(ランクB)

MP:305(ランクB)

攻撃:80(ランクD)

防御:91(ランクD)

速度:63(ランクD)

技能:水圧操作:ランクC Lv3

技能:脱皮防御:ランクD Lv8

技能:熱源感知:ランクD Lv6

技能:竜脈嚥下:ランクC Lv1


数字を読み上げると、ポロの脚が震えた。ガンツが荷台の取っ手を強く握る。ミーナの毛が逆立ち、グラウは傷んだ翼を無意識に開こうとして革帯に止められた。


俺たちはD級。相手はB級。それも水の中で能力が上がる個体だ。


「戻るべきだ」


グラウが言った。


「同意する」


ミーナも即答した。


頭では分かっていた。目的は調査。姿、位置、技能まで確認した。もう十分だ。


だが水蛇は水門を塞いでいる。戻っても飲み水は半日。代替水を探す間に、菌床も炉も止まる。何より、眉間の白い結晶から感じる力が、俺の殻の奥を熱く震わせた。


竜脈嚥下。こいつは竜の力を飲む。


ならば俺の血統を感じれば、敵ではないと理解するのではないか。


「待て。戦う必要はない」


「どういう意味?」


「俺が退去を命じる。こいつは竜脈を知っている。龍王家の圧を示せば、身の程を悟るはずだ」


ミーナの顔から血の気が引いた。


「アルド、さっき何て言った?」


「格上なら退く。だが交渉は戦闘ではない」


「相手はあなたを見て、舌を出してる。あれが礼を待つ顔に見える?」


水蛇の口元から、青黒い舌が伸びた。空気を舐め、まっすぐ俺へ向く。


怖い。認めたくないほど怖い。荷台ごと背を向け、ここから逃げたい。


だからこそ、俺は恐怖を威厳だと取り違えた。


「深層の獣よ、聞け!」


殻へ魔力を集め、竜印炉を起こした時と同じ圧を放つ。


「我は龍王家の正統、アルド! この水路は我が民の命を支える。直ちに流れを開け、深層へ退け!」


低い振動が水室へ広がった。水面が円形に凹み、壁の白灯茸が一斉に明滅する。


一瞬、水蛇の頭が止まった。


「効いた……?」


ポロの声に、俺は勝利を確信しかけた。


水蛇は大口を開けた。


咆哮ではない。吸い込んだのだ。


俺が放った圧が青い流れとなり、二本の牙の間へ吸われる。眉間の結晶が白から赤へ変わり、巨体の鱗が内側から発光した。


竜脈嚥下。


俺の威圧は、敵の餌だった。


「退け!」


ミーナの叫びと同時に、水蛇が尾を振った。


水門に溜まっていた濁流が解放される。高さはガンツの背を越え、石と折れた罠材を巻き込みながら迫った。


ポロが左の浅瀬へ走る。


「こっちです! 壁際は低い!」


ガンツが荷台を回す。だが流れは真後ろからではなく、左の横穴へ先回りした。水蛇が水圧操作で退路へ流している。


最初の波が荷台の車輪を浮かせた。


俺の視界が回る。固定革が殻へ食い込み、荷台が横倒しになりかける。ミーナが前から引き、ガンツが後ろを押す。ポロは腰まで水に浸かり、足場の石を示した。


「右へ二歩! その先は穴です!」


グラウが風袋を開いた。横風が水面を押し、ほんの一瞬だけ流れに筋ができる。


「そこを渡れ!」


全員が走る。


背後で岩が砕けた。


水蛇は水室から半身を伸ばし、牙で壁を噛んで身体を固定していた。長い尾が鞭のように通路へ入る。狙いは荷台、いや、俺だ。


「伏せろ!」


グラウの警告。


ミーナとポロが床へ身を投げる。ガンツは荷台の取っ手を下げた。尾が天井を削り、頭上を通過する。砕石が雨のように落ち、俺の殻へ何度も当たった。


二撃目は低かった。


ミーナが風刃を放つ。緑の光が尾の鱗へ当たり、甲高い音を立てて弾かれた。傷一つつかない。尾はそのままミーナを薙ごうとする。


「後ろ!」


俺は殻響で位置を伝えた。彼女は壁を蹴って跳ぶ。尾は爪先をかすめ、荷台の左車輪へ直撃した。


木が裂ける。


車輪が外れ、荷台が傾いた。固定枠の角が俺の殻へ食い込む。鋭い痛みが走り、内側で何かがひび割れた音がした。


「アルド!」


ポロが駆け寄る。


「俺より退路を見ろ!」


水蛇が再び息を吸った。今度は水そのものが口へ集まる。圧縮された球が喉元で震えている。


「右の壁へ!」


ミーナが俺の固定革を噛む。ガンツと二人で荷台を引くが、壊れた車輪が岩へ引っかかった。


水球が放たれた。


グラウは二つ目の風袋を両脚で踏み潰した。吹き出した風が水球の中心を外す。直撃は避けたが、散った水圧が通路全体へ叩きつけられた。


ポロが転がり、ガンツの背が壁へ打ちつけられる。ミーナの爪が床を削る。荷台の側板が割れ、俺を固定していた革が一本切れた。


恐怖で声が出なかった。


俺は王だ。俺が連れてきた。俺の命令で威圧を放ち、敵を強くした。このままでは全員が死ぬ。


それでも、壊れた荷台を失えば水も獲物も運べないという考えが頭をよぎった。ガンツが何日もかけて作り直した共有設備だ。


「荷台を捨てる!」


ガンツが叫んだ。


俺の喉が反射的に拒みかける。


「捨てろ!」


ミーナが重ねた。


約束した。ガンツが言ったら捨てると。


「固定革を切れ! 俺だけ運べ!」


ガンツが石小刀を振り下ろす。一本、二本。俺の身体が荷台から滑り、浅い水へ落ちた。冷たさと同時に、殻の亀裂へ焼けるような痛みが走る。


ミーナが俺を前脚で抱え、ガンツの背へ載せた。ポロは水袋を一つだけ拾う。グラウが最後に残った風袋を荷台の下へ押し込んだ。


「何をしている、戻れ!」


「退路を作る」


水蛇の尾が三度目の一撃を放つ。


グラウが風袋の口を一気に開いた。壊れた荷台が風で横滑りし、通路の狭い場所へ挟まる。尾は荷台を叩き、車軸と側板を粉々にした。だが破片が水路へ詰まり、水蛇の巨体を一呼吸だけ止める。


「走れ!」


ガンツの背で、俺は激しく揺られた。ミーナが先頭、ポロが足場を示し、グラウが最後尾。水蛇は追ってきたが、円形水室から十五歩を越えたところで動きを鈍らせた。眉間の結晶の光が薄れ、尾が届かなくなる。


熱源から離れられない。


観測した事実を、俺は痛みの中で刻んだ。


卵殻城へ戻った時、誰も言葉を発せなかった。


水袋は一つ。荷台はない。ガンツの背には水圧でできた紫の痣。ミーナの爪は二本割れ、ポロは冷えで震え、グラウの固定帯には新しい血が滲んでいる。


俺の殻には、右上から中央へ白い亀裂が走っていた。


ポロが濁っていない水を布へ含ませ、亀裂の周囲を洗う。触れるたび、身体の内側まで痛んだ。


「ごめんなさい」


なぜかポロが謝った。


「お前が謝ることではない」


「もっと早く、水の流れがおかしいって言えたら」


「言った。俺が竜圧を使った後も、お前は退路を示した。謝るのは俺だ」


言葉にするのが怖かった。謝れば、俺が王ではないと認めることになる気がした。


だがミーナは黙ったまま、俺の答えを待っている。


「俺の判断が間違っていた。竜の力を知る相手なら従うと思った。実際は餌にした。撤退の約束を破り、全員を危険に晒した」


「そうね」


ミーナの声は冷たかった。


「今日は、あなたの命令で死にかけた」


殻の亀裂より、その言葉の方が深く刺さった。


「次の戦いでは、私にも拒否権をちょうだい。あなたが血統や誇りを理由に無謀な命令を出したら、私は従わない。他の三人も連れて退く」


王命への拒否。


受け入れれば、俺の権威は弱くなる。そう反射的に思った。


しかし今日、俺の権威が四人を救った場面は一度もない。救ったのはポロの浅瀬、グラウの警告と風、ミーナの撤退判断、ガンツの荷台放棄だった。


「認める」


俺は答えた。


「次の水蛇戦では、ミーナに撤退拒否権を与える。誰か一人でも決めた条件を満たしていないと判断したら、決戦は始めない」


「次があると思ってるの?」


「水を取り戻さねば、ここでは生きられん。だが同じ戦いはしない」


ガンツが壊れた荷台から持ち帰った金具を床へ置いた。


「水蛇は一度目の風刃を尾で受けた。二度目からは鱗の角度を変えた。学ぶ敵だ」


「水を口に集める前、三回息をしました」


ポロが震えを抑えながら続ける。


「流れを変える時は、眉間が白くなった。卵殻城まで追ってこなかったのは、温かい場所から離れたくないからだと思います」


グラウは破れた風袋を広げた。


「風で水球の中心は逸らせる。だが袋一つでは一度だけだ。翼を治すか、袋を増やす必要がある」


ミーナも割れた爪を見た。


「鱗は硬い。でも、首を曲げた時、顎の下に色の薄い隙間があった。攻撃するならそこ。ただし私の風刃だけでは足りない」


報告が途切れると、炉の小さな爆ぜる音だけが残った。


俺は四人が無事に戻ったことへ安堵していた。同時に、その安堵を口にする資格がないとも感じていた。危険を作った本人が「生きていてよかった」と言えば、それで許しを求めているように聞こえる。


「ミーナ」


俺は彼女の割れた爪へ視線を向けた。


「痛むか」


「痛むわ。でも、二日で動ける」


「グラウは」


「固定帯の下が開いた。飛行禁止は変わらない。風袋なら傷が冷えてから一日一つだけ」


「ガンツ」


「背は打撲だ。荷台の修理はできるが、材料が足りん。車輪二つ、側板、固定革、予備軸を失った」


ポロは自分から前脚を上げた。


「ぼくは冷えただけです。でも、水袋を四つ置いてきました。残った一つも、傷を洗ったら半分です」


物と傷を並べるほど、敗北の形がはっきりした。荷台は単なる乗り物ではない。水、獲物、負傷者を運ぶ共有設備だ。失ったことで、次の狩りも菌床の石運びも遅くなる。水袋四つは、今夜の喉だけでなく、明日の作業時間でもあった。


「俺が弁償する」と言いかけたが、今の俺には殻しかない。王族の宝物庫も領地も、ここには存在しない。


「失った物は、俺が優先順位をつけて取り戻す。最初に飲み水、次に負傷の治療、その後に荷台だ。孵化床は最後にする」


ポロが驚いて俺を見た。


「孵化しなくていいんですか」


「よくはない。今すぐ殻を蹴破りたい」


亀裂の内側で爪が動き、その本音を証明した。


「だが孵化中の俺は動けん。守る者が渇き、運ぶ物がなければ、孵化したところで全員死ぬ。順番を間違えぬ」


ミーナの耳が少しだけ上がった。しかし声はまだ厳しい。


「次に順番を間違えたら?」


「お前が止めろ。聞かなければ、ガンツは俺を荷台ごと卵殻城へ戻せ。グラウは退路を作り、ポロは水を守る。俺の誇りより先に、決めた役割を守れ」


「それを命令にするの?」


「そうだ。王が間違った時に止めることも、王命の一部とする」


自分で言っていて奇妙だった。だが四人の顔から、ほんの少しだけ張りつめたものが消えた。


俺たちは水室の簡単な図も作った。中央の岩島、奥の水門、左右の浅瀬、横穴、追跡限界。最初の尾撃で天井が低くなり、二度目で左壁に亀裂が入った。次に同じ道を使えば、落盤する可能性がある。退路は一本では足りない。敵を倒す以前に、戻れる道を作らなければならない。


三本爪の印が示した方角は、水蛇のいる水室のさらに奥だった。ポロは図の端へ印を写し、「倒すためだけじゃない。向こうへ行く道を戻す」と言った。水蛇を越える理由が、飲み水のほかにもう一つできた。


敗北の中にも、事実は残っている。


呼吸は三回。追跡限界は十五歩。熱源を守る。水流は眉間の結晶から始まり、竜圧を飲めば赤く光る。尾、牙、水球を順に使う。


俺は全てを石板へ刻ませた。


その夜、飲み水は一口ずつだった。菌床へ回す水は止め、竜印炉も最低出力へ落とした。保存食はあるのに、喉が乾いて飲み込めない。


眠れずにいると、殻の亀裂の内側で何かが動いた。


痛みとは違う。


小さく硬いものが、内側から亀裂を押す。


一度。


二度。


白い割れ目から、爪の先がほんの少しだけ覗いた。


俺の身体は、殻を破る準備を始めていた。


だが今ここで孵化すれば、無防備な俺を守る水も、安全な床もない。


喜びより先に、恐怖が込み上げた。


挿絵(By みてみん)


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