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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第13話 毒を隔てる菌床

紫色の靄は、甘い匂いがした。


だからこそ危険だと、ミーナは言った。


転生十九日目。保存庫の床下で見つけた空洞を調べるため、俺たちは入口を濡れ布で塞ぎ、吊り肉をすべて炉前へ移した。狩猟へ出るミーナは腰に解毒剤を二包、見張りに残るグラウは一包。地下へ降りる俺、ポロ、ガンツが一包を分けて持つ。残り一包は薬棚の緊急用だ。


「匂いが甘くなったら、息を止めて戻る。目が痛んでも戻る。何か見つけても一人で触らない」


ミーナは三度も念を押した。


「俺を誰だと思っている」


「見つけたものへ真っ先に鑑定を使って倒れる卵」


「龍王家の正統な卵だ」


「前半を否定しなさいよ」


彼女は呆れた顔をしたが、俺の荷台へ結んだ命綱を自分の爪で確かめてから狩りへ向かった。昨日の保存食があるため、今日は大物を追わず、近場の罠だけを見る。狩猟と地下調査を同時に進めても、日暮れ前には全員が戻る約束だった。


床穴の下は、石段が七段だけ残っていた。その先は斜めに崩れ、荷台を下ろせない。ガンツが俺を背負い籠へ固定し、ポロが先頭で鼻を動かす。


空洞は卵殻城の炉前より広かった。天井から乳白色の菌糸が幕のように垂れ、床には青、黄、黒、赤の茸が島を作っている。青い茸の傘には油のような光。黄色は小さな鈴の形で、触れてもいないのに揺れる。黒い菌糸は石の割れ目へ根を伸ばし、赤い茸の周囲だけ土が温かい。


中央には白い茸が群れていた。丸い傘、柔らかな香り、洞魚の腹に似た淡い艶。腹を空かせたポロの喉が鳴る。


「食べられそうです」


「見た目で決めるな。俺が見る」


俺は白い茸一株へ意識を絞った。


【鑑定結果】

名称:白灯茸

品質:良好

性質:水分と微弱魔力を蓄える

用途:食用、栄養液

状態:成長期


「食用だ。水分もある。これを増やせば、保存食だけでなく孵化床の栄養も補える」


声が弾んだ。南東水路へ行かずとも、足元に食料があったのだ。


ポロも顔を明るくし、前脚を伸ばす。


「待て」


ガンツがその肩を掴んだ。


「根が青い」


白灯茸の根元から、髪より細い青色の菌糸が伸びていた。二歩先の青い茸の群れへつながっている。


俺は根へ鑑定を移した。


【鑑定結果】

名称:白灯茸

品質:劣悪

性質:水分と微弱魔力を蓄える

用途:判定不能

状態:成熟期、異種菌糸混入


表示が変わった。


同じ茸なのに、傘を見た時は食用、根を見れば判定不能。俺は何度も意識を往復させた。結果は成長期と成熟期の間で揺れ、品質まで変わる。


「鑑定が壊れたのですか」


ポロの声に不安が滲む。


「壊れてはいない。俺が何を見ているかで答えが変わる。傘だけなら白灯茸だ。根まで含めれば、別の菌が混じっている」


「では、青い根を切れば食えるか」


ガンツが石小刀を出した。


「待て。切った後に毒が残るか分からん」


さっきまで触ろうとしていたポロが、今度は自分から一歩下がった。


「色だけで分けてみます。青い根のない白い茸を探します」


三人で空洞を回り、白灯茸を十二株見つけた。ポロは傘の色、匂い、根の色を木札へ刻む。白い傘に白い根が四株、白い傘に青い根が五株、白い傘に黒い根が三株。


「白い根なら大丈夫そうです」


ポロが選んだ一株を、俺も鑑定した。食用、良好、異種混入なし。念のため傘、柄、根を別々に見ても結果は変わらない。


「採ってよい。ただし一株だけだ」


ポロは根元から丁寧に掘り、布へ包んだ。


その瞬間、隣にあった黄色い鈴茸が一斉に震えた。


音は聞こえない。だが殻響には、細かな振動が雨のように打ちつけた。天井の菌糸が開き、紫の粉が降ってくる。


「伏せろ、胞子だ!」


ガンツが背負い籠ごと俺を抱え、外套で覆った。ポロは採った茸を捨てずに抱え込んだため、逃げるのが一瞬遅れる。紫の粉が背中へ積もった。


「ポロ、布を捨てろ!」


「でも、食べ物が!」


「命令だ!」


ポロが布包みを放る。落ちた白灯茸へ紫の胞子が触れた途端、傘が黒く溶けた。甘い匂いが一気に濃くなる。


ガンツは俺を抱えたまま石段へ走った。背後で菌糸が擦れ、何かが床を這う。俺は殻響を後ろへ打ち、動きを探る。細いものが数十、いや数百。毒菌糸が、胞子の落ちた場所へ集まっていた。


ポロの足が崩れた石へ取られる。


「先に行け!」


ガンツが振り返り、太い尾を伸ばした。ポロがしがみつく。だがその間に黒い菌糸が足首へ巻きついた。


ポロが悲鳴を上げる。


俺は鑑定を使おうとして止めた。対象を絞る時間はない。何の毒か知るより、触れているものを離す方が先だ。


「ガンツ、切るな! 根元ごと石を剥がせ!」


切れば胞子を撒くかもしれない。ガンツは石小刀を菌糸ではなく床の割れ目へ差し込み、腕力で石片を起こした。黒い根が石ごと外れる。ポロは尾に引かれ、段上へ転がった。


俺たちは濡れ布の向こうへ飛び込み、入口を石板で閉じた。


外で待っていたグラウが水桶を寄せる。


「何があった」


「甘い匂いの毒だ。ポロの脚と背を洗え。水は最低保障から使う」


「採取物は?」


ガンツが俺の籠を下ろしながら聞く。


「全部捨てた」


ポロは悔しそうに唇を噛んだ。


「ぼくが、白いから安全だと思って」


「俺も食用だと断定した。鑑定結果が変わった時点で、空洞全体を危険区域にすべきだった」


「でも、一株なら試せると思いました」


「試すことと、食べることを同じにしたのが失敗だ」


ガンツは洗浄した石片を見せた。黒い菌糸は水を嫌い、端から縮んでいる。切断面から胞子は出ていない。


「色で分けるのも、鑑定だけで分けるのも足りん。育つ温度と、隣に何があるかも分ける必要がある」


その日の午後、地下調査は中止した。


ミーナが白鼠一匹を持って戻ると、俺たちは炉前で失敗を報告した。彼女はポロの背を嗅ぎ、毒臭が残っていないと確かめてから、俺へ厳しい目を向けた。


「小動物へ食べさせて試すつもりじゃないでしょうね」


「そんなことはせん」


「本当に?」


「毒かもしれぬ物を、腹を空かせた生き物へ食わせて安全を確かめるなど、王のすることではない」


俺は答えた。転生前なら効率だけで考えたかもしれない。だが、怯える小さな命を道具にして築いた食卓で、仲間が笑えるとは思えなかった。


「採取片を分ける」


ガンツが床へ三つの石皿を置いた。


「茸の傘、根、周囲の土を別々に置く。水、熱、灰を少量ずつ加え、色と匂いの変化を見る。食べるのは、数日変化がないものだけだ」


「温度も変えます」


ポロが続けた。


「赤い茸の近くは温かかったです。青い根は冷たいところに多かった。石槽を三つに分ければ、どこから毒が伸びるか見られます」


「なら作るぞ」


内政班はガンツとポロと俺。ミーナは日暮れまでに二つ目の罠を見に行き、グラウは入口の見張りと風袋の管理。探索で成果を失っても、狩猟と保存を止めない。食料二日分、水二日分を守りながら、試験だけを進める。


ガンツは石板を組み、三つの浅い槽を作った。炉に近い温槽、通常の石床と同じ中槽、水袋で冷やす冷槽。それぞれの間には拳一つ分の空間を空け、菌糸が渡ればすぐ見えるよう灰を敷く。


ポロは入口近くから、長い火箸で採取片だけを取った。白い傘、白い根、青い根、黒い根、赤い茸の土。俺は採るたびに鑑定し、結果を読み上げる。ポロが木札へ刻み、ガンツが槽へ置く。


一日目、白い傘はすべて食用と出た。


二日目、冷槽の白い傘だけに青い点が浮いた。鑑定結果は食用から毒性ありへ変わった。青い根が直接触れていなくても、冷たい水を通じて胞子が移ったのだ。


「また結果が変わりました」


ポロが落胆する。


「変わったのではない。茸が変わった。鑑定は今を映しているだけだ」


俺は自分にも言い聞かせた。能力が答えをくれるからといって、明日の安全まで保証してはくれない。


三日目、温槽の赤い土から細い白根が伸びた。白灯茸の根と同じ形だ。中槽では黒い根が灰の境界まで来て止まり、冷槽では青い根が石の継ぎ目を越えた。


「青は石の隙間を通る」


ガンツが槽を持ち上げる。底の継ぎ目から、青い菌糸が食用試験片へ伸びていた。


「これでは、色別に棚を分けても混ざります」


ポロの耳が垂れる。


「石槽ごと離す」


俺は言った。


「食用床は炉側の温かい区画。薬床は中央。青と黒は地下の奥へ残し、周囲を切った石槽で囲う。処分する毒菌は灰と熱で根を止めてから、密閉した穴へ入れる」


「穴はどこへ作る」


「水路から離れた旧採掘穴だ。捨てた毒が水へ戻れば、俺たちだけでなく狩場まで死ぬ」


作業は二日かかった。


ガンツは地下へ三本の石道を作り、途中に外せる床板を入れた。菌糸が越えた時、区画ごと切り離すためだ。ポロは赤い土から白灯茸の安全な株を移し、毎朝、傘、根、土の三点を確認する。俺は鑑定結果を決めつけず、前日との差を読む。ミーナは狩猟の合間に風を送り、胞子が作業者へ向かわないよう流れを変えた。グラウは翼を使わず、地上入口で風袋の交換時刻を管理した。


安全と確認できた白灯茸の一部は、群れ捜索用の薬箱へ移した。食料だけでなく咳へ使える薬を持っていくという、ポロの出発条件が一つ進んだ。


毒菌糸も黙ってはいなかった。


食用床を完成させた夜、殻響に細い擦過音が連続して触れた。地下の壁を回り込み、青い菌糸が石槽の外側から食用区画へ伸びている。


「境界を越えた!」


俺の声で皆が起きた。


ガンツは入口を閉じる。ポロは灰袋を持ち、ミーナは濡れ布を口へ巻く。グラウが風袋を抱えようとしたが、俺は止めた。


「お前は地上で出口を見ろ。翼の傷を増やすな」


「だが、風が要る」


「袋は俺たちが押す。お前は毒が保存庫へ出た時だけ、三袋目を使え」


地下へ降りると、青い菌糸は灰の境界を避け、天井から垂れていた。真下の食用床へ、毒の雫が落ちている。


ポロが食用槽を抱えようとする。


「触るな! 先に天井を切る」


ガンツが長い石板を差し入れ、菌糸ごと天井の薄い岩を剥がした。青い塊が床へ落ちる。ミーナが風袋を踏み、横風で胞子を隔離床へ押す。


だが一度目の風は強すぎた。青い粉が壁へ当たり、跳ね返ってポロへ向かう。


「下へ伏せろ!」


俺は殻響を床へ打ち、灰袋を倒した。舞い上がった灰が青い粉を吸い、重くして落とす。


「風を上へ逃がさないで。床を舐めるように!」


ミーナが袋の口を低く向ける。二度目の風は弱く長く、毒胞子を灰ごと隔離槽へ運んだ。


ポロはその間に食用槽の留め杭を抜いた。ガンツが床板ごと持ち上げ、隣の安全区画へ移す。毒菌糸を追って壊すのではなく、守るものを先に離す。三度目の侵入に備え、天井にも灰を塗り込んだ。


戦いが終わった時、誰も傷を負っていなかった。ただし白灯茸の二株と、薬用の赤茸一株を失った。


「全部守ろうとしていたら、毒が保存庫まで行った」


ミーナが青く染まった床板を見た。


「切り離せるように作ったから、三株で済んだのね」


「失う区画を決めるのも、防御だ」


ガンツが答える。


ポロは助かった白灯茸を見つめ、深く息を吐いた。


「最初は、一株も捨てたくなかったです。でも、毒に触れた一株を抱えたせいで、みんなを危なくしました」


「捨てる判断が遅れたのは俺も同じだ」


俺は言った。


「鑑定で食用と出た答えに執着した。正しい答えも、状況が変われば古くなる。これから菌床は毎日見る。色ではなく、温度、根、隣の床、昨日との差を記録する」


転生二十一日目の夕方、食用床、薬床、隔離床がようやく安定した。


白灯茸と洞魚を合わせた保存食は四日分。赤茸と菌膜から作った解毒剤は五回分。毒菌の処分場は旧採掘穴に作ったが、まだ一槽しかなく、増やすには石板が要る。


配分を決める時にも、ひと悶着あった。俺は白灯茸を孵化床へ多く回したかった。内側の爪が動き始めて以来、一日でも早く殻を破りたい気持ちは強くなるばかりだ。だがミーナは保存食を優先し、ポロは菌床を増やす種株を残すべきだと主張した。


「今食べれば、明日また空腹になる。全部植えれば、今日動けない。孵化床へ入れすぎれば、守る四人が飢える」


ガンツが三つの石皿を並べた。


結局、収穫の半分を食料、四分の一を種株、残りを孵化床の栄養液へ回した。俺の取り分が減ったのではない。俺が孵化する日まで全員が立っているための配分だ。そう理解しても、未練がましく一番大きな茸を見ていたらしい。


「王様、そっちは種です」


ポロに釘を刺され、俺は威厳を込めて視線を逸らした。


また、鑑定記録には結果だけでなく、どの部位を、いつ、どの温度で見たかを必ず添えた。「食用」という一語だけを残せば、明日の俺たちが同じ誤りを繰り返す。答えより条件を残す。それが今回、毒に教えられた規則だった。


そして俺の内側にも変化があった。


菌糸の侵入を追い続けた殻響が、炉前から保存庫、地下入口まで一度に届くようになった。以前は壁の向こうの数を粗く読むだけだった感覚が、拠点一室分の動きを地図のように結ぶ。


レベルが六へ上がったのだ。


「広く見えるようになったからといって、全部を一人で見張るなよ」


グラウが釘を刺す。


「分かっている。王は全てを見るが、全てを自分だけでやるわけではない」


「昨日までのお前に聞かせたい」


「昨日の俺も同じことを言ったはずだ」


「言ってません」


ポロが即答し、ミーナが笑った。


その笑いが収まる前に、狩りから戻ったミーナが一枚の大きな鱗を床へ置いた。


俺の殻の半分ほどもある、濡れた黒緑の鱗。縁は岩へ擦れたように削れ、表面には温かな水が残っている。


「南東の狩場で見つけた。これが通った跡は、私が両脚を伸ばしても届かない幅よ」


直後、卵殻城を流れる細い水音が止まった。


桶の水面へ、黒い濁りが一筋落ちる。


深層で何かが身体を横たえ、流れそのものを塞いだのだ。


挿絵(By みてみん)


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