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龍王の卵に転生した俺は各地の天才をスカウトして王国を築く  作者: バナナ


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第12話 風を貯める倉庫

南東水路の探索は、出発する前に止まった。


転生十七日目の朝。荷台へ水袋を積み、ガンツが車軸を確かめ、俺が威風堂々と出発を命じようとした、その時である。


保存庫の扉を開けたミーナが、無言で閉めた。


それからこちらへ歩いてきて、俺の荷台の引き革を外した。


「何をする」


「今日は行かない」


「任務割当は承認されたぞ」


「状況が変わった」


短い言葉の間にも、彼女の鼻には深い皺が寄っている。翼猫族の嗅覚が嫌がるもの。答えは聞く前から分かった。


保存庫へ入ると、湿った熱気が殻を包んだ。石棚に並べた肉は表面が白く曇り、下段の二枚には緑黒い斑点が浮いている。昨日まで噛み応えのあった乾燥肉が、指で押せば崩れそうなほど柔らかくなっていた。


グラウが嘴を背ける。


「夜のうちにここまで腐るのか」


「炉の熱が壁を回った」


ガンツは壁へ手を当てた。


「外気が冷え、内側だけ温まった。水が石へ戻っている」


食料は一日分。いや、腐った分を除けば半日にも足りない。南東へ行くどころか、今夜をどう越えるかという話に戻ってしまった。


「悪いところを削れば食べられませんか」


ポロが鼻先を近づけた途端、くしゃみを三度した。


ミーナが首根っこを咥えて引き戻す。


「駄目。匂いが肉の中まで入ってる。食べたら腹を壊すわ」


「では焼く」


「毒は火で消えるとは限らない」


俺の案は即座に退けられた。


腹立たしいが、青牙蜥蜴の毒を前に同じ失敗をしかけた。分からないものを王の勢いで食べさせるわけにはいかない。


俺は腐敗の浅い肉へ鑑定を向けた。


【鑑定結果】

名称:湿腐した岩走り鳥の肉

品質:劣悪

含水:過多

状態:胞子侵入、腐敗進行

可食性:不可

備考:乾燥不足ではなく、保管中の再吸湿が主因


「捨てる。今ある肉は食べられん」


言い切ると、ポロの肩が落ちた。ガンツも石棚を睨む。狩りに出た者だけの失敗ではない。棚を作った者、炉を管理した者、保存を決めた俺、全員の失敗だった。


「再吸湿、か」


ミーナは庫内で前脚を上げ、爪の間へ通る空気を測った。


「風が止まってる。入口を開けても、奥の湿気が出てこない」


「穴を二つ開ければいい」


ガンツが天井と床際を指した。


「熱い空気は上から抜ける。下から乾いた空気を入れる」


「外が湿っている時は?」


「穴を閉じる」


「閉じたら、また中に溜まるわ」


二人が壁を見上げて黙る。


その横で、グラウが傷めた翼をわずかに開いた。革帯の隙間から黒い羽が震え、床の灰が一本の筋になって流れる。


「風が必要なら、俺が送る」


「駄目」


ミーナの返事は速かった。


「翼の熱が引いてない。昨日だって斜面を走ったでしょう」


「飛ぶわけではない。羽を動かさず、溜めた風を出す」


「溜めた風?」


俺が問い返すと、グラウは不機嫌そうに嘴を鳴らした。


「追放される前、長く滑空する時にやっていた。向かい風を翼の下へ抱え、必要な時だけ押し返す。今は翼を開けないから、腹の奥へ少し留める程度だ」


鑑定を向ける。彼が警戒してこちらを見たため、先に告げた。


「今の技が傷を広げるかだけを見る。隠したいものまで覗く気はない」


「そんな器用な鑑定なのか」


「王族の節度で補う」


「つまり器用ではないのね」


ミーナの声は無視した。


【鑑定結果】

種族:黒翼の滑空獣(個体ランクE)

状態:左翼骨折、固定中、炎症軽度

技能:風読み:ランクF Lv3

技能:滑空:ランクF Lv2

観測:呼吸に伴う微弱な風魔力の滞留あり


まだ技能として成立していない。だが呼吸のたび、胸郭の周囲へ風が薄く巻いている。飛べない身体が、それでも風を扱おうとして生んだ動きだ。


「翼は使うな。胸へ溜めた分だけ、短く吐け」


「それでは庫の奥まで届かん」


「届かせる道具を作る」


俺がガンツを見ると、岩角トカゲはもう壁へ炭で線を引いていた。


「風袋だ。石噛みの外皮を袋にして、口を細くする。入口で吹けば、革管を通って奥へ届く」


「一度の風では夜まで持たないわ」


ミーナが言う。


「なら袋を三つ作る」


「誰が夜中に押すの?」


「交代で」


「狩りも見張りもあるのよ」


また作業が止まった。


俺は腐った肉と、わずかに胸を上下させるグラウを見比べた。風を作れる者を増やすのはすぐには無理だ。なら、少ない風を長く使うしかない。


「風袋を押し潰すのではなく、出口を細くすればよい」


「細すぎれば詰まる」


「ガンツ、板を何枚も並べて風を分けられないか」


「整流板か。奥を広く、入口を狭くすれば、弱い風でも棚を舐める」


ポロが床へ腹這いになり、棚の下を覗いた。


「乾かす順番も変えます。濡れている肉を入口へ置いたら、その水が奥へ行きます。乾いたものを奥、昨日のものを真ん中、今日のものを入口にします」


「よし。それで作る」


俺が命じると、四人は動いた。


狩猟班と内政班を完全に分ける余裕はない。午前は全員で保存庫を直し、午後にミーナだけが近場の罠を見回る。ポロは腐肉の処分穴を掘り、ガンツは風袋と整流板、グラウは見張りをしながら呼吸の練習。俺は荷台ごと庫内に置かれ、風の流れを殻響で測る。


薬棚には「拠点用」と「群れ捜索用」の二つの石箱を置いた。後者へ薬と乾燥食を一つずつ回せるまでは出発しない。それがポロ自身の決めた条件だった。


最初の試験は、見事に失敗した。


グラウが風袋へ息を吹き込む。石噛みの外皮が大きく膨らみ、ガンツが木板で口を押さえた。


「開けるぞ」


「待て、少しずつだ」


俺が言い終える前に、留め具が外れた。


袋が獣の腹のように跳ね、溜め込んだ風を一息に吐き出す。細い管で絞られた突風は、整流板へ正面からぶつかった。


一枚目の板が飛んだ。


二枚目が棚を叩いた。


三枚目と一緒に、乾燥用の石皿が俺へ向かって滑ってきた。


「伏せろ!」


「俺は最初から低い!」


皿が殻の上をかすめ、背後で割れた。棚の肉と薬草が宙を舞い、ミーナの顔へ乾燥茸が張りつく。


静寂の中、グラウが言った。


「風は届いた」


ミーナが顔から茸を剥がした。


「次はあなたを棚に固定するわよ」


「待て。失敗の原因はグラウではない」


俺が割って入る。


「留め具が一つだった。風袋の力を測らず、最大まで溜めた。整流板も床へ置いただけだ。全部、試験の順番が逆だった」


「最大まで溜めろと言ったのは、お前だ」


ガンツが淡々と付け加えた。


「……王は限界を知る必要がある」


「それで皿が三枚割れた」


「限界の代価だ」


「食料がない時に払う代価としては高いわね」


痛いところばかり突いてくる。


それでも、誰も作業を投げなかった。ガンツは留め具を二重にし、袋の側面へ細い逃がし穴を開けた。ポロは棚板を低く組み直し、肉を紐で吊った。ミーナは入口と出口に細い毛を結び、空気がどちらへ動いたか見えるようにした。


グラウは二度目の試験で、風を半分だけ溜めた。


袋の口を指一本分だけ開く。


今度は風が唸らなかった。細い流れが革管を抜け、整流板に沿って三段の棚を回る。入口の毛が内へ傾き、出口の毛が外へ揺れた。


「通った!」


ポロが跳ねた。


「まだだ。夜まで続かなければ意味がない」


グラウは慎重だったが、嘴の端がわずかに上がっていた。


正午、ミーナは一人で西の罠へ出た。俺は行かせたくなかった。昨日の狩りに失敗し、赤尾の影がどこにいるか分からない。だが保存庫を作っても、中へ入れる食料がなければただの風の通る箱だ。


「危険を感じたら、罠を捨てて戻れ」


「分かってる」


「日暮れより一刻早く戻れ」


「分かってる」


「赤い羽を見たら」


「アルド」


ミーナは引き革を肩へ掛けながら振り返った。


「心配なのは分かった。でも、命令を増やすほど安全になるわけじゃない」


殻の内側が熱くなる。


「心配ではない。王として必要な確認だ」


「じゃあ、王様。帰ったら保存庫が完成していることを期待するわ」


彼女は尻尾を立て、暗い通路へ消えた。


残った俺たちは、作業を続けた。


三つの風袋を順番に使う。一つを放出している間、次へグラウが風を溜める。空になった袋はガンツが亀裂を確認する。ポロは時刻ごとに肉片の重さを量り、石札へ刻む。


夕方までに、肉片は目に見えて軽くなった。表面だけが硬くなるのではなく、中心の湿り気も抜けている。炉の熱を直接当てないため焦げず、薬草の香りも残った。


「夜通しなら、三日持つ」


ガンツが試験片を割って言った。


「狩りは毎日でなくてよくなる。二日に一度、獲れた日は多めに乾かせる」


「その一日を、孵化床と水路の準備に回せます」


ポロが嬉しそうに木札を並べ替えた。


グラウは何も言わず、四つ目の風袋へ息を吹き込んでいた。呼吸は安定している。胸の周りにあった乱れた風魔力が、一つの輪になって袋へ移る。


【鑑定結果】

技能成立:風蓄積:ランクF Lv1

効果:呼吸と風読みで得た微風を短時間保持し、任意方向へ放出する

制限:現在は一袋分まで。連続使用で翼周辺の炎症が悪化する


「できたぞ、グラウ。風蓄積だ」


俺が告げると、彼の呼吸が止まった。


「戦う技か」


「今は違う。食料を守る技だ」


グラウは保存庫を見た。低い棚、革の管、揺れ続ける毛糸。派手なものは何もない。


「追放される前、俺は飛べない者には価値がないと言われた」


いつもの硬い声が、最後だけかすれた。


「だから傷を隠して飛ぼうとした。ここでも、戦えなければ食うだけだと思っていた」


ポロが首を横へ振った。


「今日から三日、みんなが食べられるのはグラウさんの風のおかげです」


ガンツも袋の留め具を叩いた。


「風がなければ道具は動かん。道具だけでも動かん。役割は一つで作るものではない」


グラウは返事をしなかった。ただ、風袋の口を丁寧に縛った。


日暮れ前、ミーナが戻った。背には細長い洞魚が二匹と、菌苔を食べる白鼠が一匹。大物ではないが、今夜と明日の分にはなる。


「赤尾の姿はなし。西の罠は一つ壊されてた。明日は近場だけなら狩れる」


報告を終えた彼女は、保存庫へ入った。


一定の風が灰色の毛を撫でる。棚は倒れず、吊るした肉はゆっくり回っている。


「やるじゃない」


ミーナがグラウを見る。


「飛ばなくても、いい風を起こせるのね」


「俺だけではない」


グラウはガンツの風袋、ポロの棚札、俺の荷台を順に見た。


「五人で起こした」


俺は満足して頷こうとし、卵なので少し揺れただけだった。


その夜、最初の保存肉を皆で分けた。俺は魔力を通して栄養を吸い、四人は炉端で噛みしめる。昨日のような腐臭はない。燻した香りと、洞魚の塩気が残っている。


食後、グラウが立ち上がった。


「次の袋を満たす」


左翼の革帯が、動きに合わせて軋んだ。


「待て」


俺が止めた時には遅かった。


胸へ風を集めた瞬間、グラウの翼がびくりと跳ねた。固定帯の下から赤い血が一筋落ちる。


ミーナが飛びついて身体を支えた。


「だから無理をするなと言ったでしょう!」


「風は必要だ」


「一晩、肉が乾くことと、あなたの翼が一生治らないことを同じ秤に載せないで!」


グラウは言い返そうとしたが、痛みに嘴を閉じた。


俺は保存庫の風を止めた。


「今夜は三袋で終わりだ。残りは入口を開け、炉の出力を落とす」


「だが肉が」


「一部が傷んでも、狩りで補える。お前の翼の代わりは狩れん」


グラウの目に、反発と安堵が同時に浮かんだ。


「命令だ。飛行禁止を転生二十五日目まで延ばす。風蓄積も一日三袋まで。傷の熱をミーナとポロが確認し、許可した時だけ使え」


「戦えなくなる」


「倉庫を三日守れる者が、戦っていないと誰が言った」


今度こそ、グラウは頷いた。


ミーナが傷を洗い、残っていた薬を薄く塗る。ポロは風袋の使用札へ三本の線を引いた。ガンツは夜気を取り込むため、上の排気口を半分だけ開けた。


反省は明白だった。道具がうまく動くと、それを動かす者の限界を忘れる。成功は失敗より甘い顔で近づき、気づかぬうちに代価を取る。


翌朝、保存肉は無事だった。


一日しか持たなかった食料が、三日先まで残る。俺たちは狩りを毎日行わずに済み、その分を南東水路と孵化床へ回せる。


ただし、保存庫には別の変化も起きていた。


出口の毛糸が、外ではなく床へ向いている。


グラウの風が、石床の細い割れ目へ吸い込まれていた。


俺たちはすぐに床を剥がさなかった。昨日までの俺なら、未知の穴を見つけた勢いで「開け」と命じていただろう。だが今は、食料三日分と、再び裂けた翼と、夜通し働いた四人がいる。


「先に保存庫を閉鎖する」


俺が言うと、ミーナが床の割れ目から目を離した。


「調べないの?」


「調べる。だが毒が吹き上がれば、完成したばかりの食料を全部失う。吊り肉を炉前の乾燥棚へ移し、風袋の管を外し、入口に濡れ布を二重に掛ける。その後だ」


ガンツがゆっくり頷いた。


「順番を覚えたな」


「俺は元から慎重だ」


四人が同時にこちらを見た。


「何だ、その目は」


「王様の記憶まで保存できる倉庫が必要ね」


ミーナの返事に、ポロが口元を押さえて笑う。グラウまで嘴を小さく鳴らしたので、俺は命令を追加したくなったが我慢した。


肉を移す間、狩猟の手順も変えた。ミーナが朝に罠を二つだけ確認し、獲物があれば昼までに戻る。空振りなら追跡せず、保存食を一日分だけ使う。ガンツは風袋の修理材を切り、ポロは肉の重量を朝夕に測る。グラウは風を送らず見張りに専念し、熱が下がるまで胸の魔力も動かさない。


「俺だけ働いていないように聞こえる」


グラウが不満を漏らした。


「見張りが働いていないなら、眠っている俺たちは全員死んでいる」


俺は答えた。


「それに、休むのも役目だ。お前が勝手に役目を捨てたら、明日使える風がなくなる」


グラウはしばらく黙り、やがて固定帯へ自分から嘴を差し入れた。緩んだ結び目をミーナに締め直してもらう姿から、昨夜までの刺々しさが少し消えていた。


保存は、肉を箱へ入れれば終わる仕事ではない。狩る量、持ち帰る時刻、乾かす順番、風を作る者の体調、壊れた袋を直す素材。そのどれか一つを無視すれば、棚はまた腐臭で満ちる。


俺は石札へ、新しい一文を刻ませた。


成果ではなく、次も続けられるかを確認する。


昨夜の失敗で失った薬は戻らない。グラウの飛行禁止も延びた。それでも失敗を言葉にして手順へ残せば、同じ代価を二度払わずに済む。それが、五人しかいない俺たちに作れる最初の蓄えなのだ。


ポロが耳を床へ当てる。


「下に空洞があります。湿ってる。匂いは……青い毒と、甘い茸」


ガンツが床板を一枚外すと、冷たい紫色の靄が細く立ち上った。


その下には、青、白、黒の菌糸が絡み合う巨大な菌床が広がっていた。


食料になるものと、薬になるものと、触れただけで命を奪うものが、境目もなく一つに育っていた。


挿絵(By みてみん)


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