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魔物に育てられた人間  作者: イリス


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第一章 春 第四話 アレンの竜

第一章 春

第四話 アレンの竜


 それから数週間が過ぎた。


 人間たちは結局、村を見つけることはなかった。


 森の奥深くまで踏み込んでくることもなかった。


 けれど村は変わった。


 見張りは増えた。


 夜の門番も増えた。


 子供だけで遠くへ行くことは禁止された。


 大人たちの表情も以前より少しだけ厳しくなった。


 そして。


 リリィは少し静かになった。


 以前は誰にでも話しかける子だった。


 走り回り。


 笑い。


 兄の後ろを付いて歩いていた。


 今は違う。


 時々空を見上げる。


 何かを探すように。


 誰かを待つように。


 そんな時間が増えた。


 アレンは帰ってこない。


 それは村中が知っていた。


 けれど誰もリリィに無理やり現実を押し付けなかった。


 みんなが少しずつ支えていた。


 だからリリィも少しずつ前を向いていた。


 そんな春の終わり。


 村は久しぶりに賑やかだった。


 春祭りの日だった。


 冬を越え。


 新しい命が芽吹く季節を祝う祭り。


 年に一度。


 子供たちが最も楽しみにしている日だった。


 広場には屋台が並ぶ。


 焼き肉。


 果物。


 木の実のお菓子。


 狼獣人たちの踊り。


 ハーピーたちの歌。


 オークたちの力比べ。


 村中が笑顔だった。


 フィアは朝から大興奮だった。


「早く行こう!」


 尻尾が見えないほど振られている。


 ソラも負けていない。


「競争だー!」


 ミィは欠伸をしながら言う。


「食べて寝る」


 セリナは呆れていた。


「それ祭りじゃなくてもやってるでしょ」


 イリスは少し笑った。


 ルナも笑っていた。


「楽しんできなさい」


 ガロンも頷く。


「日が沈む前には帰れ」


 フィアが元気よく返事をした。


「はーい!」


 こうして子供たちは祭りへ向かった。


 広場は人でいっぱいだった。


 いや、人ではない。


 狼獣人。


 狐獣人。


 猫獣人。


 ハーピー。


 オーク。


 魔物たちでいっぱいだった。


 でもイリスにとってはそれが普通だった。


 村のみんな。


 家族みたいな存在。


 それがイリスの世界だった。


 そんな中。


 少し後ろを歩く小さな影があった。


 リリィだった。


 楽しそうにしようとしている。


 でもどこか寂しそうだった。


 イリスはそれに気付いた。


 だから隣へ行く。


「リリィ」


 リリィが顔を上げる。


「ん?」


「祭り楽しい?」


 少し考えて。


「……楽しい」


 そう答えた。


 でも。


「でも」


 言葉が続く。


「お兄ちゃんも来るはずだった」


 イリスは黙る。


 リリィも黙る。


 春の風だけが吹いていた。


 その時だった。


 フィアが突然飛び込んできた。


「リリィ!」


「え?」


「今日は私がお姉ちゃん!」


 リリィがぽかんとする。


 ソラも胸を張った。


「私はお姉ちゃんその二!」


 ミィも手を挙げる。


「寝るお姉ちゃん」


 セリナが即座に突っ込む。


「何その役職」


 リリィはきょとんとしていた。


 そして。


 少しだけ笑った。


「変なの」


「変じゃない!」


 フィアは胸を張る。


「今日はみんな家族だから!」


 その言葉にリリィの耳がぴくりと動いた。


 そしてイリスを見る。


「イリスお兄ちゃんも?」


 フィアは即答した。


「もちろん!」


 ソラも。


「当たり前!」


 ミィも。


「うん」


 セリナも。


「今さら何言ってるの」


 リリィは少し泣きそうな顔をした。


 でも今度は悲しい顔じゃなかった。


 安心した顔だった。


「……うん」


 小さく頷く。


 その時。


 広場の向こうから大声が響いた。


「子供競争だー!」


 フィアの耳が立つ。


「行く!」


 ソラも飛び跳ねた。


「負けない!」


 こうして子供たちは競争へ参加することになった。


 競争の内容は簡単だった。


 森の中に隠された三本の旗を探して持ち帰る。


 一番早いチームが勝ち。


 フィアは即座にイリスの腕を掴んだ。


「チーム!」


 ソラも乗る。


「チーム!」


 ミィも言った。


「抱っこしてくれるなら」


「しない!」


 フィアが即答する。


 そんなやり取りをしながらチームが完成した。


 イリス。


 フィア。


 ソラ。


 ミィ。


 セリナ。


 そしてリリィ。


 みんなで一つのチームだった。


 スタート前。


 フィアが手を差し出した。


「せーのする!」


 ソラが手を重ねる。


 ミィも。


 セリナも。


 だがリリィだけが少し迷っていた。


 イリスはその小さな手を取った。


「一緒にやろう」


 リリィは驚く。


「……いいの?」


「いいの!」


 フィアが叫ぶ。


 リリィは少し笑った。


 そして手を重ねる。


 みんなの手が一つになる。


「優勝するぞー!」


「おー!」


 子供たちの声が森に響いた。


 競争が始まる。


 森へ駆け出す子供たち。


 フィアは速かった。


 ソラは空を飛ぶ。


 だがイリスは走らなかった。


 後ろを見る。


 リリィ。


 そしてミィ。


 二人は遅い。


 特にリリィはまだ三歳だ。


 競争どころではない。


「ゆっくり行こう」


 イリスが言う。


 リリィは驚いた。


「いいの?」


「みんなで行くんでしょ」


 フィアは少しだけ驚いた後。


 大きく笑った。


「そっか!」


 そして戻ってきた。


 結局みんなで進むことになった。


 しばらくして。


 ソラが空から叫んだ。


「見つけたー!」


 最初の旗だった。


 木の上。


 高い場所にある。


 ソラが飛び上がる。


 少し危なっかしい飛び方だった。


 でも必死だった。


 そして旗を掴む。


 枝が折れる。


「きゃっ!」


 みんなが息を呑む。


 だがソラは必死に羽ばたいた。


 なんとか着地。


 フィアたちは大歓声だった。


 そして二本目を探している時。


 ソラが別のものを見つけた。


 青い布。


 旗だと思った。


 だが違った。


 近付いてみると。


 それは子供用の上着だった。


 フィアが固まる。


「……アレン」


 誰も言葉を失う。


 それはアレンの上着だった。


 リリィの顔から血の気が引く。


「お兄ちゃん……?」


 静寂。


 森が静かになる。


 イリスはリリィの前にしゃがんだ。


 上着より先に。


 リリィだった。


「大丈夫」


 それしか言えなかった。


 フィアもリリィを抱きしめる。


「泣いていいよ」


 リリィは涙を流した。


 でも。


 一人ではなかった。


 みんながいた。


 その時。


 上着の下から何かが落ちた。


 小さな木彫りだった。


 竜。


 不格好な竜。


 でも一生懸命作られたことが分かる竜だった。


 リリィが目を見開く。


「あ……」


「それ」


「お兄ちゃんが作ってた」


 震える声。


「私の誕生日プレゼント……」


 誰も言葉を発せなかった。


 イリスは木彫りを拾い上げる。


 軽かった。


 木の香りがした。


 そして。


 リリィへ差し出した。


「アレンが作ったんだろ」


 リリィが見上げる。


「ならリリィのだ」


 リリィは両手で受け取った。


 宝物を抱くように。


 胸に抱きしめる。


 涙が零れた。


 でも。


 その涙は少し違った。


 悲しいだけじゃない。


 嬉しい。


 会いたい。


 寂しい。


 全部が混ざった涙だった。


「ありがとう」


 誰へ向けた言葉だったのか。


 イリスか。


 アレンか。


 それとも両方か。


 誰にも分からなかった。


 ただ一つだけ。


 確かなことがあった。


 アレンはもういない。


 でも。


 アレンの想いはここに残っていた。


 木彫りの竜になって。

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