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魔物に育てられた人間  作者: イリス


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第一章 春 第三話 家族を守れ

第一章 春

第三話 家族を守れ


 リリィが眠った後も、家の中は静かだった。


 泣き疲れたのだろう。


 小さな体は毛布に包まれ、時折しゃくり上げるような寝息を漏らしている。


 フィアはその隣に座っていた。


 ソラも近くにいる。


 ミィは壁にもたれかかりながら黙っていた。


 セリナは窓の外を見つめている。


 そしてガロン。


 大きな狼獣人の男は、眠るリリィを見つめていた。


 その横顔は、いつもよりずっと老けて見えた。


 イリスは初めてそんな風に思った。


 ガロンは強い。


 村で一番強い狩人だ。


 怖いものなんて無いように見える。


 でも今は違った。


 悲しそうだった。


 疲れているようにも見えた。


 やがてイリスは口を開いた。


「父さん」


 ガロンが視線を向ける。


「なんだ」


 イリスは少し迷った。


 でも聞きたかった。


「人間は悪い奴らなの?」


 部屋が静かになった。


 フィアも。


 ソラも。


 ミィも。


 セリナも。


 みんなガロンを見る。


 ガロンはすぐには答えなかった。


 長い沈黙。


 やがて静かに口を開く。


「違う」


 フィアが目を丸くした。


 ソラも驚いている。


 ガロンは続けた。


「悪い奴もいる」


「良い奴もいる」


「狼獣人にもいる」


「狐獣人にもいる」


「オークにもいる」


「人間にもいる」


 イリスは黙って聞いていた。


 ガロンは窓の外へ目を向ける。


「だが」


 その声は低かった。


「俺は人間を信用しない」


「どうして?」


 ガロンはしばらく森の方を見ていた。


 まるで昔を思い出しているようだった。


「昔、友達がいた」


 子供たちは黙る。


 ガロンにも友達がいた。


 それだけで少し意外だった。


「馬鹿な奴だった」


 ガロンは少しだけ笑った。


 懐かしそうに。


「人間と仲良くなろうとしていた」


 そして笑みは消える。


「怪我をした人間を助けた」


「飯をやった」


「隠れ家も貸した」


 誰も口を挟まない。


「一週間後」


 ガロンの声が低くなる。


「討伐隊が来た」


 静寂。


「村は燃えた」


「友達は死んだ」


 フィアが小さく息を呑む。


 ソラも黙った。


 ガロンはそこで話を終えた。


 怒っているわけではない。


 憎しみをぶつけているわけでもない。


 ただ事実を語っているだけだった。


「だから信用しない」


 そう言った後。


 ガロンはイリスを見る。


「だがお前は違う」


 イリスは瞬きをした。


「お前は人間だ」


「うん」


「だが俺の息子だ」


 ガロンは真っ直ぐ言った。


「それは変わらん」


 胸の奥が少し温かくなる。


 イリスはうまく言葉にできなかった。


 その時。


 外から鐘の音が鳴った。


 カーン。


 カーン。


 カーン。


 村の緊急招集だった。


 ガロンは立ち上がる。


 そしてイリスの頭に手を置いた。


 大きな手だった。


「家族を守れ」


 短い言葉。


 でもその言葉はイリスの胸に残った。


 ガロンはそのまま家を出て行った。


 扉が閉まる。


 残された子供たちはしばらく黙っていた。


 最初に口を開いたのはフィアだった。


「イリス」


「なに?」


「怖い?」


 イリスは考えた。


 怖い。


 たぶん怖い。


 でも。


「少し」


 そう答えた。


 フィアは小さく頷く。


「私も」


 ソラも手を挙げた。


「私も」


 ミィも。


「私も」


 セリナも。


「私もよ」


 そしてフィアが言った。


「でも」


「うん?」


「みんな一緒だから」


 イリスはフィアを見る。


 フィアは笑っていた。


 少しだけ無理をしている笑顔だった。


 でも確かに笑っていた。


「大丈夫」


 そう言った。


 その日の夕方。


 ガロンは戻ってきた。


 怪我人の対応も落ち着いたらしい。


 村も少し静かになっていた。


 リリィは眠ったまま。


 フィアたちもそれぞれ家へ帰った。


 夕焼けが森を赤く染める。


 ガロンは家の裏にいた。


 イリスもそこへ向かう。


 二人で夕陽を見る。


 しばらく誰も喋らない。


 やがてガロンが聞いた。


「眠れなくなったか」


「うん」


「俺もだ」


 少し意外だった。


 ガロンも眠れないことがあるらしい。


 ガロンは地面に座った。


 隣を軽く叩く。


「座れ」


 イリスも座る。


 風が吹く。


 森の匂いがした。


「父さん」


「なんだ」


「怖い?」


 ガロンは笑った。


 本当に少しだけ。


「怖い」


 即答だった。


 イリスは驚いた。


 村一番強いガロンが。


 怖いと言った。


「強い奴ほど怖がりだ」


 ガロンは言う。


「死にたくない」


「家族を失いたくない」


「仲間を失いたくない」


「だから怖い」


 イリスは考えた。


 フィアも怖がっていた。


 ソラも。


 リリィも。


 そしてガロンも。


「怖くない奴は馬鹿だ」


 ガロンは続ける。


「怖いから考える」


「怖いから守ろうとする」


「だから恐れることは悪くない」


 その言葉はイリスの中へ静かに入っていった。


 しばらくして。


 ガロンが聞いた。


「イリス」


「うん」


「お前は将来何になりたい」


 突然だった。


 五歳の子供に聞くには少し早い質問だった。


 でもガロンは真面目だった。


 イリスは考える。


 狩人。


 戦士。


 薬師。


 色々ある。


 でも。


 思い浮かんだのは別のものだった。


 イリスは勢いよく答えた。


「大きなドラゴンになりたい!」


 沈黙。


 ガロンは固まった。


 イリスは真剣だった。


「空飛べて!」


「強くて!」


「みんな守れるやつ!」


 数秒後。


 ガロンは吹き出した。


「ぶっ……!」


 そして珍しく大声で笑った。


「ははははは!」


 イリスは少しむくれた。


「笑わなくてもいいじゃん」


「悪い」


 ガロンは目尻の涙を拭いた。


「だが久しぶりに笑った」


 そしてイリスの頭を撫でる。


「いい夢だ」


「ほんと?」


「ああ」


 ガロンは頷く。


「狩人になれとか」


「戦士になれとか」


「そんなことはまだ考えなくていい」


「ドラゴンになりたいならドラゴンでいい」


 イリスは少し嬉しくなった。


 ガロンは続ける。


「だがな」


「うん」


「ドラゴンは強いだけじゃない」


「強いから守るんだ」


「弱い奴を」


「家族を」


「仲間を」


 ガロンは立ち上がった。


 夕陽を背に。


 そして言った。


「もしドラゴンになるなら」


「うん」


「村一番のドラゴンになれ」


 その日。


 イリスは初めて夢を持った。


 大きなドラゴンになる。


 空を飛び。


 みんなを守るドラゴンになる。


 それはまだ五歳の子供の夢だった。


 けれど。


 確かにその日、生まれた夢だった。

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