第二章 夏 第16話 幸せ
第二章 夏
第16話 幸せ
月明かりが静かに村を照らしていた。
虫の声。
風の音。
遠くで揺れる木々。
世界は穏やかだった。
その中で。
エルフィナはイリスを見ていた。
真剣な目だった。
まるで。
何よりも大切な答えを待っているように。
「幸せですか?」
その質問が夜の空気に溶ける。
イリスは少し考えた。
難しい質問だった。
けれど。
答えはすぐに見つかった。
「幸せだよ」
迷いはなかった。
エルフィナの瞳が揺れる。
本当に僅かに。
イリスは続けた。
「ガロン父さんがいるし」
エルフィナは黙って聞いている。
「ルナ母さんもいる」
風が吹く。
銀色の髪が揺れた。
「フィアもいる」
イリスは笑った。
「ソラも」
「セリナも」
「ミィも」
「リリィも」
少し考える。
そして。
「ユナもいる」
静寂。
エルフィナは目を閉じた。
何かを噛み締めるように。
何かを確かめるように。
そして。
本当に優しく笑った。
今までで一番優しい笑顔だった。
「そうですか」
小さな声。
けれど。
その声は少し震えていた。
イリスは首を傾げる。
「変だった?」
「いいえ」
エルフィナは首を振る。
そして。
空を見上げた。
月。
星。
夜空。
その全てを見ながら。
小さく呟く。
「良かった」
イリスには意味が分からなかった。
何が良かったのだろう。
自分が幸せだったこと?
それとも別の何か?
その時。
ふと視線を感じた。
振り返る。
家の窓。
そこにルナがいた。
こちらを見ている。
静かに。
優しく。
そして。
どこか泣きそうな顔で。
隣にはガロンもいた。
何も言わない。
ただ見ている。
エルフィナも気付いていた。
しかし何も言わない。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
エルフィナが立ち上がった。
「そろそろ戻りなさい」
イリスも立ち上がる。
確かに遅い時間だ。
その時だった。
エルフィナが呼び止める。
「イリス」
振り返る。
エルフィナは少しだけ迷っていた。
何かを言うべきか。
言わないべきか。
悩んでいる顔だった。
そして。
ゆっくり口を開く。
「どんなことがあっても」
静かな声。
「ガロンさんとルナさんを大切にしてください」
イリスは目を瞬かせた。
当然のことだった。
大切な家族だ。
言われなくてもそうする。
けれど。
なぜだろう。
その言葉は妙に重く聞こえた。
まるで。
何かを知っている人の言葉みたいに。
エルフィナは微笑む。
それ以上は何も言わなかった。
その夜はそこで終わった。
翌朝。
空は快晴だった。
村の入口には人が集まっている。
エルフィナが旅立つ日だった。
フィアは朝から大騒ぎだった。
「もっと魔術見たかったー!」
「また来ますよ」
エルフィナは笑う。
ソラも少し残念そうだった。
セリナは最後まで質問している。
ミィは眠そうだ。
リリィは木彫りの竜を抱えている。
ユナも見送りに来ていた。
そして。
イリスも。
エルフィナは皆に挨拶する。
最後に。
イリスの前へ来た。
そして。
優しく頭を撫でる。
昔から知っていた子供にするように。
本当に自然に。
「本当に良かった」
また同じ言葉だった。
イリスは聞き返そうとした。
けれど。
エルフィナはもう歩き出していた。
銀色の髪が風に揺れる。
旅人の背中が少しずつ遠ざかる。
誰も知らない。
彼女が何を知っていたのか。
なぜイリスを見て驚いたのか。
なぜあんな質問をしたのか。
答えはまだ語られない。
ただ一つだけ確かなことがある。
エルフィナは。
何かを確かめに来た。
そして。
確かめたかった答えを得て帰っていった。
そのことだけは。
イリスにも何となく分かった。
夏の終わりが近付いていた。
そして。
平和だった日々もまた。
少しずつ終わりへ向かおうとしていた。




