第二章 夏 第15話 月夜
第二章 夏
第15話 月夜
歓迎会が終わった後。
村は静かな夜に包まれていた。
広場の灯りは消え始めている。
大人たちは家へ戻った。
子供たちもそれぞれ帰っていく。
フィアは最後まで残ろうとしてルナに捕まった。
「まだ遊べる!」
「明日もあるでしょう」
「でも!」
「寝なさい」
連行された。
ソラは笑っていた。
セリナは本を抱えて帰る。
ミィは半分寝ている。
リリィは木彫りの竜を抱いている。
ユナも治療所へ戻った。
そして。
イリスも家へ帰った。
だが。
なかなか眠れなかった。
布団に入る。
目を閉じる。
それでも頭に浮かぶ。
エルフィナの言葉。
似ている人。
目が似ている。
優しさ。
考え方。
そして。
昼間の質問。
「ここで生まれたのですか?」
なぜそんなことを聞いたのか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
その時だった。
扉が静かに開く。
ルナだった。
「まだ起きてたのね」
優しい声。
イリスは少し身体を起こした。
ルナはベッドの隣へ座る。
そして。
頭を撫でた。
昔からそうだった。
怖い夢を見た時。
悲しい時。
眠れない時。
いつもこうしてくれた。
「母さん」
「なぁに?」
イリスは少し迷う。
でも聞いた。
「僕って」
ルナの手が止まる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
「どうして人間なの?」
静寂。
部屋が静かになる。
外では虫の声が聞こえる。
ルナは答えない。
少しだけ俯く。
そして。
また頭を撫で始めた。
「難しい質問ね」
小さな声だった。
イリスは待つ。
ルナはしばらく黙っていた。
やがて。
静かに言う。
「でも」
優しく笑う。
「あなたは私たちの子よ」
その言葉は温かかった。
いつも聞いているはずなのに。
今日は少し違って聞こえた。
ルナは続ける。
「それだけは忘れないで」
静かな声。
どこか祈るような。
願うような。
そんな声だった。
イリスは頷く。
「うん」
ルナは嬉しそうに笑う。
そして。
部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
イリスはしばらく天井を見ていた。
それから。
ふと窓を見る。
月明かり。
綺麗な夜だった。
少し外へ出てみたくなった。
家を抜け出す。
静かな村。
風が吹く。
そして。
そこにいた。
エルフィナだった。
村の外れ。
一本の大きな木の下。
月を見上げている。
銀色の髪が月光を受けて輝いていた。
まるで絵本の中の人物みたいだった。
エルフィナは足音に気付く。
振り返る。
そして微笑んだ。
「眠れませんか?」
イリスは頷く。
エルフィナは隣を指差した。
「座りますか?」
イリスは座った。
二人で月を見る。
しばらく誰も喋らない。
不思議と嫌な沈黙ではなかった。
その時。
エルフィナが聞く。
「楽しいですか?」
突然の質問だった。
「村での生活」
イリスは少し考える。
そして。
すぐに答えた。
「楽しい」
エルフィナは笑う。
「そうですか」
その声は少し安心したようだった。
イリスは逆に聞いた。
「エルフィナさんは?」
「私ですか?」
「うん」
エルフィナは空を見る。
長い時間を思い出すように。
遠い記憶を見るように。
そして。
少しだけ寂しそうに笑った。
「昔は楽しかったですよ」
昔。
その言葉が引っかかる。
今は違うのだろうか。
イリスは聞こうとした。
しかし。
エルフィナが先に口を開いた。
「イリス」
真剣な声だった。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
イリスは頷く。
エルフィナは少し迷った。
本当に少しだけ。
そして。
聞いた。
「幸せですか?」
月夜の中。
その質問だけが静かに響いた。
幸せ。
それは。
とても簡単なようで。
とても難しい質問だった。




