第二章 夏 第8話 優しさと責任
第二章 夏
第8話 優しさと責任
会議が終わった後も、広場には人が残っていた。
ユナを受け入れる。
そう決まった。
けれど全員が納得したわけではない。
当然だ。
アレンの事件はまだ新しい。
人間という存在そのものに警戒心を抱いている者も多い。
ダルクはその代表だった。
村人たちが少しずつ解散していく。
ユナはルナに連れられ、治療所へ向かった。
まだ怪我が完全には治っていない。
フィアたちはほっとした様子だった。
ソラは大きく息を吐く。
「緊張した……」
「途中からずっと尻尾震えてた」
セリナが言う。
「見ないでよ!」
フィアが抗議した。
そんなやり取りを聞きながら、イリスは一人の人物を見ていた。
ダルクだった。
広場の端。
腕を組んだまま立っている。
表情は険しい。
誰とも話していない。
その姿を見ているうちに、イリスは少し気まずくなった。
自分の発言でユナは保護されることになった。
ダルクは反対だった。
もしかしたら怒っているかもしれない。
嫌われたかもしれない。
そう思った。
そして。
気付けば歩いていた。
フィアが驚く。
「どこ行くの?」
「ちょっと」
イリスはダルクの方へ向かう。
ソラも気付く。
セリナも。
皆が見ていた。
ダルクは近付いてくる足音に気付く。
鋭い目が向く。
「なんだ」
ぶっきらぼうな声。
イリスは立ち止まる。
そして。
ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
ダルクが固まった。
フィアも固まった。
ソラも固まった。
広場の空気まで止まった気がした。
ダルクはしばらく何も言わない。
そしてようやく口を開く。
「……は?」
本気で意味が分からない顔だった。
イリスは顔を上げる。
「ダルクおじさんが心配してるのも分かる」
ダルクは黙る。
「なのに反対しちゃったから」
イリスは少し言葉を探した。
「だから、ごめんなさい」
沈黙。
長い沈黙。
ダルクはしばらくイリスを見ていた。
そして。
大きなため息を吐いた。
「馬鹿か」
「えっ」
「なんで謝る」
イリスは戸惑う。
だって。
意見が違ったのだから。
怒らせたかもしれないのだから。
ダルクは頭を掻く。
どう説明すればいいのか困っている顔だった。
やがて。
大きな手がイリスの頭に伸びる。
ぐしゃぐしゃ。
乱暴に髪を撫でた。
「わっ」
「意見が違うだけだ」
ダルクは言う。
「謝ることじゃねぇ」
イリスは黙って聞く。
ダルクは広場の向こうを見る。
遠くを見る目だった。
そして。
ぽつりと呟く。
「俺は人間が嫌いだ」
静かな声。
怒りではない。
もっと深い何かだった。
「昔」
ダルクは続ける。
「家族を殺された」
イリスは目を見開いた。
フィアたちも同じだった。
初めて聞く話。
ダルクが人間を嫌う理由。
「だから信用できねぇ」
拳を握る。
強く。
「今でもな」
誰も何も言えなかった。
言葉が見つからない。
ダルクはしばらく黙る。
そして。
イリスを見る。
「でも」
少しだけ表情が緩んだ。
「お前は間違ってねぇ」
イリスが顔を上げる。
ダルクは鼻を鳴らした。
「助けたいなら助けろ」
「それがお前の答えだ」
風が吹く。
広場を通り抜ける。
ダルクはさらに続けた。
「ただし」
その声は重かった。
狩人の声だった。
「もしあの子が危険だったら」
「俺は村を守る」
イリスは頷く。
「うん」
ダルクも頷いた。
そして。
最後に言う。
「守るってのはな」
少しだけ目を細める。
「優しいだけじゃできねぇ」
イリスはその言葉を胸の中で繰り返した。
優しいだけじゃできない。
助けたいだけじゃ足りない。
責任がいる。
覚悟がいる。
ダルクは背を向けた。
帰るつもりらしい。
そして去り際。
振り返らないまま言った。
「謝るくらいなら」
足を止める。
「最後まで面倒見ろ」
それだけだった。
ダルクはそのまま歩いていく。
大きな背中。
フィアがぽかんと口を開けていた。
「怖い人かと思ってた」
ソラも頷く。
「ちょっとだけ優しかった」
「ちょっとだけね」
セリナが訂正した。
ミィは眠そうに言う。
「怖い」
「それは変わらない」
フィアが即答した。
皆が少し笑った。
その時。
イリスは気付いた。
少し離れた場所でガロンが見ていたことに。
何も言わない。
ただ見ていた。
そして。
ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ。
口元が緩んだ気がした。
その日の夕方。
ユナは治療所の窓から外を見ていた。
広場の向こう。
フィアたちが遊んでいる。
イリスもいる。
そして。
少し離れた場所でダルクが見回りをしている。
ユナは知らない。
さっき交わされた会話を。
知らない。
でも。
一つだけ分かることがあった。
自分のために誰かが話してくれた。
守ろうとしてくれた。
信じようとしてくれた。
その事実だけは伝わっていた。
ユナは小さく呟く。
「ありがとう」
その言葉を聞く者はいない。
けれど。
確かに彼女の心の中で何かが変わり始めていた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
霧の村が。
帰る場所になり始めていた。




