第二章 夏 第6話 ユナ
第二章 夏
第6話 ユナ
会議が始まるまで少し時間があった。
村長バルドは広場の中央で村人たちに声をかけている。
ガロンは狩人たちと話していた。
ダルクもその中にいる。
皆、真剣な顔だった。
ユナのことを話しているのだろう。
一方で。
ユナは広場の端に置かれた椅子へ座っていた。
ルナの治療は終わっている。
包帯も巻かれた。
水も飲んだ。
それでも顔色は良くない。
体より心の方が疲れているのかもしれない。
イリスは少し離れた場所からユナを見ていた。
初めて見る人間。
自分と同じ種族。
けれど不思議だった。
似ているようで違う。
知らない相手なのに、どこか放っておけない。
その時だった。
フィアが肘でつついてきた。
「行かないの?」
「え?」
「話」
フィアは当たり前のように言う。
ソラも頷いた。
「気になる」
セリナも本を抱えたまま言う。
「私も少し」
ミィは眠そうに呟く。
「眠いけど気になる」
リリィはユナを見ていた。
黙ったまま。
何かを考えている顔だった。
イリスは少し迷う。
人間同士だからといって仲良くなれるわけじゃない。
何を話せばいいかも分からない。
けれど。
ユナは一人だった。
周囲には大人ばかり。
知り合いもいない。
それは少し寂しい気がした。
「行ってみる」
イリスは言った。
フィアの耳が立つ。
「私も!」
「全員行く気でしょ」
セリナが呆れたように言った。
誰も否定しなかった。
結局。
全員で向かうことになった。
ユナは近付いてくる足音に気付く。
顔を上げる。
少し緊張した顔。
そして。
先頭にいるイリスを見て少しだけ安心したようだった。
同じ人間だからだろうか。
イリスは立ち止まった。
少し考える。
何を言えばいいのだろう。
そして。
一番最初に出た言葉は。
「大丈夫?」
だった。
ユナは目を瞬かせた。
予想していなかったらしい。
そして。
少しだけ笑った。
「わからない」
正直な答えだった。
「怖い?」
イリスが聞く。
ユナはしばらく黙った。
それから小さく頷く。
「うん」
その声は震えていた。
フィアもソラも黙る。
茶化さない。
ふざけない。
皆分かっていた。
今のユナは本当に怖いのだ。
ユナは俯く。
「魔物に囲まれてるし」
フィアが反射的に言う。
「食べないよ!?」
ユナが少し驚いた顔になる。
フィアは慌てて続ける。
「私、人食べたことない!」
「それ普通じゃない?」
セリナが即座に突っ込んだ。
少しだけ空気が緩む。
ユナも思わず吹き出した。
本当に少しだけ。
けれど笑った。
イリスはその笑顔を見た。
初めてだった。
広場へ来てから。
ユナが笑ったのは。
その時だった。
リリィが前へ出る。
皆が見る。
リリィはユナの前まで歩いていった。
そして。
木彫りの竜を差し出した。
アレンの形見。
いつも持ち歩いている宝物。
ユナは驚いた。
「これ……」
リリィは少し考える。
言葉を探している。
そして。
小さな声で言った。
「泣いてた」
ユナが見る。
リリィも見返す。
「わたしも」
静寂。
フィアも。
ソラも。
イリスも。
誰も口を挟まない。
リリィは続ける。
「お兄ちゃん死んだ」
ユナの目が揺れる。
「いっぱい泣いた」
木彫りの竜をぎゅっと抱きしめる。
「今も泣く」
その声は小さい。
でも真っ直ぐだった。
「でも」
リリィは周りを見る。
フィア。
ソラ。
ミィ。
セリナ。
イリス。
そしてガロンやルナ。
皆を見る。
「ひとりじゃなかった」
ユナは何も言えなかった。
ただ見ていた。
四歳の少女を。
大切な人を失った少女を。
そして。
少しだけ涙が浮かぶ。
ユナもまた。
失ったのだろう。
家族を。
故郷を。
大切な人を。
何があったかはまだ分からない。
でも。
その顔を見れば十分だった。
ユナは小さく呟く。
「ありがとう」
リリィは照れたように頷いた。
そして木彫りの竜を抱え直す。
いつもの場所へ戻った。
フィアが小声で言う。
「リリィすごい」
ソラも頷く。
「私、何も言えなかった」
イリスも同じだった。
きっと。
自分たちよりリリィの言葉の方が届いた。
失った者同士だから。
その時。
広場の中央で村長が声を上げた。
「集まれ」
会議の時間だった。
村人たちが動き始める。
ユナの表情が再び緊張する。
不安そうに拳を握る。
自分の運命が決まる。
そう思っているのだろう。
イリスはそんなユナを見ていた。
そして思う。
もし自分だったら。
もしここを追い出されたら。
きっと怖い。
とても。
だから。
少しだけ。
本当に少しだけ。
助けてあげたいと思った。
まだ理由は分からない。
同じ人間だからかもしれない。
一人だったからかもしれない。
泣きそうな顔を見たからかもしれない。
ただ一つだけ確かなのは。
この時の気持ちが。
後の人生を大きく変えていくということだった。




