第二章 夏 第5話 人間の少女
第二章 夏
第5話 人間の少女
村へ戻る道は、行きよりもずっと長く感じた。
ガロンは先頭を歩く。
その後ろにイリス。
さらにフィアたち。
最後尾をロウが守る。
誰も騒がない。
普段ならフィアとソラがずっと喋っているはずだった。
けれど今は違う。
全員が考えている。
人間。
その言葉を。
森を抜ける。
川を渡る。
そして村が見えた。
いつもと同じ景色。
木造の家々。
畑。
煙突から上がる煙。
けれど空気が違う。
人が集まっている。
広場の方だ。
ざわざわと声が聞こえる。
村人たちが何かを話している。
ガロンの歩く速度が少し上がった。
イリスたちも後を追う。
広場へ着く。
そこには多くの村人が集まっていた。
狼獣人。
狐獣人。
オーク。
ハーピー。
兎獣人。
皆が同じ方向を見ている。
人垣の中心。
そこにいた。
小さな少女だった。
黒い髪。
痩せた身体。
服は汚れている。
腕や足には傷があった。
年齢は七歳くらいだろうか。
イリスたちより少し上。
少女は座らされていた。
ルナが傷の手当てをしている。
少女は怯えていた。
当然だった。
周囲を囲んでいるのは魔物たち。
人間の村なら恐怖の対象だ。
少女の手が震えている。
目にも不安が浮かんでいた。
そして。
イリスは初めて見る。
自分以外の人間を。
同じ髪。
同じ顔立ち。
同じ種族。
なのに。
どこか知らない生き物を見るような気持ちだった。
少女もイリスに気付いた。
目が合う。
その瞬間。
少女の目が大きく見開かれた。
驚き。
信じられないものを見る顔。
「……人間?」
小さな声だった。
だが聞こえた。
広場が静まる。
少女はイリスを見ている。
イリスも少女を見ている。
しばらく。
本当にしばらく。
見つめ合った。
そして。
フィアが空気を壊した。
「いた!」
全員が振り向く。
フィアは少女を指差していた。
「人間だ!」
ソラが頷く。
「人間だ!」
セリナが呆れる。
「見れば分かるわ」
ミィは眠そうに言った。
「二人目」
フィアがイリスを指差す。
「一人目」
「数えるな」
セリナが即座に突っ込んだ。
少しだけ空気が緩む。
少女は戸惑った顔をする。
たぶん。
想像していた魔物と違うのだろう。
その時。
村長バルドが現れた。
大柄なオーク。
村の長。
普段は穏やかだが、皆が信頼する存在だった。
「ガロン」
「聞いた」
ガロンが答える。
村長は頷く。
そして少女を見る。
「森の外れで見つかった」
広場の空気が重くなる。
「一人だった」
少女は俯く。
震える指。
握られた拳。
その姿は痛々しかった。
村長が続ける。
「名前はユナ」
初めて名前が明かされた。
ユナ。
少女は小さく頭を下げた。
「……ユナです」
声も弱い。
長く何かに怯えていた声だった。
ルナが優しく肩を撫でる。
「大丈夫よ」
ユナは少しだけ頷いた。
けれど不安は消えない。
その時だった。
広場の後方から声が上がる。
「本当に保護するのか」
空気が変わる。
人垣が割れる。
現れたのは狼獣人の男だった。
筋肉質な体。
鋭い目。
狩人。
ダルクだった。
イリスも知っている。
強い。
怖い。
そして人間を嫌っていることで有名だった。
ダルクはユナを見る。
冷たい目だった。
「人間だぞ」
誰も答えない。
「忘れたのか」
声が少し低くなる。
「アレンを」
静寂。
リリィの身体がぴくりと震えた。
フィアも耳を伏せる。
ソラも黙る。
誰も忘れていない。
忘れられるはずがない。
ダルクは続けた。
「子供だから何だ」
「人間は人間だ」
ユナの顔が青くなる。
震えが強くなる。
イリスはそれを見ていた。
怖いのだ。
きっと。
また追い出されると思っている。
また一人になると思っている。
その時。
ルナが立ち上がった。
珍しく強い目だった。
「この子は怪我をしているわ」
ダルクが見る。
「だから?」
「だから助けるの」
ルナは真っ直ぐ言った。
「子供よ」
ダルクは黙る。
反論したい。
でも相手がルナなので言葉を選んでいる。
それが分かった。
村長が腕を組む。
「会議だな」
重い声。
広場の空気が変わる。
これは簡単な話ではない。
村全体の問題だ。
ユナをどうするか。
受け入れるのか。
追い出すのか。
決めなければならない。
そしてイリスはまだ知らない。
この会議で。
初めて自分の意見を村全体へ伝えることになることを。
そして。
ユナの人生も。
少しずつ変わり始めていることを。




