第3話 夢の様な現実
大罪人エヴァナテウスの肖像画に映るのは、病的な目をした人間の姿だ。
「ふ〜む…」
「エヴァナテウスは見ての通り、尋常ならざる目をした人間でした。ワタクシも一度だけその姿を見たことがあるのですが…心を失った幽鬼の如き佇まいに、身が竦んでしまいました」
「成程…ちなみに、男女どっちなの?」
「それは…謎なのです」
「え?」
「エヴァナテウスは神に反逆したカラミティアン一族の最後の生き残りであり、スクルフィアス様と刃を交え、その剣技に感動したスクルフィアス様が友として迎えた…という事以外の殆どが謎に包まれた人物なのです…」
「恩知らずだな…確かにお偉いさん達が血眼になって捜索させる訳だ」
そう考えると、神様も人も変わらない所があるのかな?
「そういや、信者さんに信託やら恩寵やらを与えるって仕事だけど…」
「はい、祈りを捧げる者と供物に応じて…」
その時、カルシノクが何かハッとした表情になったと感じられた。
「…煌矢様はまだ神としての権限に触れたことは?」
「……???」
「…ファトゥール様を呼んだ方がいいでしょうな」
(…ファトゥールの信者は信仰っていうより、庇護欲で釣られた奴らなのか?)
「とはいえ、こればかりは体感する他にないでしょうし…ひとまず、こちらを」
カルシノクが取り出したのは奇妙な文字列の刻まれた小さい石板だった。
「おお…?」
渡されたのは奇妙な石板だった。淡い光が石板の紋様から放たれている
「…これは?」
「集力の魔石でございます。魔力を蓄積する性質を持ち、内側に宿った魔力触にれた者に魔力を与える代物です。権限の付与にはファトゥール様がいなければなりませんから、お呼びする間に権限操作の感覚だけでも掴む事ができるかと。」
「その…魔力?
に触れるってのをするには…どーりゃいいのかな?」
「………あ…煌矢様は魔力の存在しない地よりいらしたのですか…?」
「うん…何かごめんね…」
彼の表情は非常に理解しやすかった。脳の処理が追いつかなくなる程の困惑と忘我。それが再び動き出し、改めて現実を認識した事による焦燥と絶望…
「…クァ…ァ………ま、魔力の存在する世界の住人にとって、魔力に触れる事は手や指を動かすも同然で…赤子の時より魔力と密接に関わる故に発現するものでして…その…我々では表現出来る語彙が無いものでして…ファトゥール様をお呼びして参りますので、しばらくお時間を頂きます…!」
そう言ってカルシノクは空間の裂け目から何処かへ飛んでいく、
「行っちゃったよ…しっかし体感っつてもどうすれば…」
女神の後先を考える能力のなさに呆れながらも、受け取った石板に目をやる。
タブレット端末程の大きさで、見た目以上に軽い。この内側に魔力が流れているとの事だが…
(………魔法とか分かんねーよ)
心の内で悪態を付きながら、石板に手をかざす。
「………」
目を閉じて手の先に感覚を集中させ、そこにある未知に手を伸ばす…
「………ダメだー…!」
何も分からない…何も感じない…単なる石の感触だけが伝わる。
「う〜ん、そもそも見えないエネルギーに触るってどうやって…」
ひっくり返したり、裏返したり…枕代わりにして寝っ転がってみたり…思いつく手段を手当たり次第試してみるが、効果は一切無い。
(どうしろと?俺はニュートンやアインシュタインみてぇに理論を立てられる人間じゃねえんだよ…)
もう一度、石板に触れる…
(手を動かすのと同じくらい当たり前ねぇ…肉体の情報を今更アップデートするのは無理じゃあ…ん?)
よく見ると石板の形は正方形では無く、下部に向かうにつれて少し細くなっている。
その先端にはUSB端子の様な小さなくぼみがあった。
「あ〜…こっちから触りゃいいのか」
なんの気なしにくぼみに触れ、魔力に触れるとはどんなものかイメージする。
(…ストローでジュース吸うみたいな感じなのか?)
瞬間、身体に知らぬ感覚が迸る。
「!?」
言葉にしようもない奇妙な感覚…夢の内にある様だが、その意識は明確な目覚めと現実の感触を伴っている…
「うぅぁっ…!?」
子供の頃、初めて自分の心を認識をした時の様な新たな目覚め。
「………ぁ…」
情報の洪水としか言えぬそれに触れ、五感全ての既知が未知へと身を翻す…
新たなる感触の目覚め。再び出会える筈の無かった本能的な未知の感覚…
その感覚に幼き自身が経てきた未知がもう一度背中を押してくれた…
「これが夢なら覚めないでくれ…ん?」
新たな出会いをくれた石板が何やら変だ。空気圧で潰れるペットボトルの様に小さく圧縮され、ぐしゃりとひしゃげて砕け散った。
「……は?」
借り物を壊すなど、アクシデントとして最悪の出来事だ…更にはこの石板を貸し出しているカルシノクは神の使いだ。そこから導き出される答えは…
「…やっべェ…!」
そこにあるのは焦りと絶望、彼はカルシノクの気持ちを大いに理解した事だろう。
「あわわわ………あっそうだこれは夢だ、真面目になったらいけねぇや」
煌矢は石板をほったらかしてベッドに潜り込む。
「そうともこれは夢なんだ大丈夫大丈夫…」
…煌矢は現実から逃げ、眠りについた。
続




