第八回
消された処方箋
「言え。誰の命で薬屋へ行った」
捕盗庁の取調室に怒号が響く。ビアンの手首には冷たい枷がはめられていた。薬屋の店主が殺され、現場近くにいた彼女が連行されたのだ。
ビアンは固く唇を閉ざした。チャン尚宮の名を出せば、外部からの持ち込みを禁じる宮廷の法を犯したことになる。
「……道に迷っただけです」
武官が罪状を書き込もうとしたその時、扉が静かに開いた。ソ・ヨンギだ。
「下がれ。この娘の調べは私が引き継ぐ」
武官たちが退室し、重苦しい沈黙が落ちた。ヨンギはビアンの前に座り、真っ向から見つめた。
「六年ぶりだな。雪山で死んだと思っていたが」
「……ソ従事官様」
「あの時、私の銀の言葉を消し去ったその力、今は何のために使っている」
ビアンは答えられなかった。今の彼女にとって、彼は真実を隠すべき「法」そのものだった。
一方、宮廷では西人による記録の改竄が始まっていた。
仲間を救うため監察府へ赴いたチャン尚宮を待っていたのは、身に覚えのない大罪だった。
「お前が持ち込んだ薬材は、仁顯王妃を呪い殺すための毒薬ではないか」
チョン・イングクが突き出したのは、ビアンが命懸けで運んだあの包みだ。銀のペンで記された鑑定書には、それが「猛毒」であると断定する文字が並んでいた。
「そんな……母が私の体調を案じて」
「黙れ。公式な記録が毒だと言えば、それは毒なのだ」
チャン尚宮は王妃殺害未遂の首謀者として、暗い牢獄へと繋がれた。
釈放されるや否や、ビアンは捕盗庁の深部へ潜り込んだ。
(下書き:私の姿は、夜の影に溶けて見えなくなる)
鉛筆で自らの影をなぞり、視覚的な綻びを作り出す。警備の兵たちの目が、不自然なほど彼女を素通りした。
たどり着いた検死室に、殺された薬屋の主人の遺体が横たわっていた。
「おじさん、ごめんなさい。あなたが最後に書こうとした『下書き』を、私に見せて」
遺体の指先には、死の間際に地面を掻きむしったような黒い泥の跡があった。ビアンはすり減った消しゴムを取り出し、喉元に残る不自然な「銀の痣」に当てた。
「消えて……偽りの死因を隠す、銀の偽装!」
キュリ、キュリ……。
幼い頃に父と見た夕焼けの記憶が、脳裏から剥がれ落ちていく。引き換えに、遺体の喉を締め付けていた銀の魔力が霧散した。
現れたのは、特定の楽器を操る者にだけできる、独特の「たこ」の形だった。
「……編馨職人と同じ。この人も、あの石の音に逆らおうとして」
背後でカツンと床を叩く音がした。
「死体に触れるとは、尋常な神経ではないな」
振り返れば、ヨンギが抜刀していた。だがその剣先は、ビアンではなく廊下の奥の暗殺者へと向けられていた。
「お前の見ている真実を、私に証明してみせろ。記録が嘘だと言うのならな」
宿敵の言葉が、ビアンの背中を押した。彼女は薬の包みの残骸を握りしめ、闇の中へと走り出した。チャン尚宮の無実を晴らすための、たった一つの「下書き」を抱えて。




