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『刻印の乙女 〜備案(ビアン)の書〜』  作者: 水前寺鯉太郎
立志編

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第七回

噤みの塀


「……見せていただけますか。その、鍵飾りを」

 掌楽院の片隅で、ビアンは震える声を絞り出した。チャン尚宮は不可解そうに目を細め、腰元の銀細工の鍵を差し出した。

 指先が触れた瞬間、心が凍りついた。

 蝶の翅の角度、唐草模様の緻密さ。それは雪山で見た、父を死に追いやった者が持っていたものとは、似て非なるものだった。

「まさか、盗もうと考えたわけではないでしょうね」

「い、いいえ。あまりに美しかったものですから」

 平伏するビアンの視界が、屈辱と落胆で滲む。六年。この瞬間のために耐え抜いてきた。だというのに、手繰り寄せたはずの糸口は、砂のように零れ落ちていった。

(違う。あの蝶じゃない。私は、誰を追えばいいの……)

 失意の底に沈むビアンを、さらなる不運が襲った。チャン尚宮の母、ユン氏からの急な呼び出しだ。

「これを今すぐ宮殿へ届けなさい」

 強引に押し付けられた小さな包みから、苦く重厚な生薬の匂いが漏れる。

「ですが、宮殿に外部から薬材を持ち込むのは禁じられています」

「チャン尚宮の母親である私を疑うのか」

 有無を言わさぬ圧力に、ビアンは抗えなかった。銀の記録が認めていない隠された癒やし――あるいは毒。それを運ぶことは、綱渡りのような賭けだった。

 都の薬屋を巡らされ、王宮へ戻る頃には日が沈んでいた。

 城壁にたどり着いた時、ビアンの耳に非情な鐘の音が響いた。

「……閉まった」

 夜を統べる「銀の門」が閉じられた。門限を過ぎた者は何人たりとも入宮を許されない。門番たちの槍が月光に反射し、侵入者を拒む牙のように見える。

 これを持って戻ればユン氏の怒りを買い、持ち込もうとして捕まれば死罪だ。

(下書き:この壁は、決して越えられない「終わり」の線だ)

 ビアンは鉛筆を取り出し、目の前の石壁に微かな線を引いた。そして首を振った。

「いいえ……。鉛筆は、綻びを見つけるためのもの」

 銀のペンで「堅牢」と記された壁にも、年月が刻んだ亀裂と、石と石の間のわずかな段差がある。ビアンはその急所を鉛筆の先でなぞった。

(下書き:ここは、足場に変わる)

 薬材を口に咥え、指先を石の隙間に突き立てる。爪が剥がれ、血が滲む。それでも夜の重力に抗って這い上がった。

 塀の頂上まであと少し、というその時。

「……誰だ。そこで何をしている」

 頭上から、冷徹な声が降ってきた。

 月の光を背に負ったソ・ヨンギが立っていた。その影が、ビアンを飲み込むように長く伸びていた。

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