第ニ十三回
黄身の法典、白身の紛争
珠瑠国での滞在を許されたビアンは、この国の食卓を見て言葉を失った。
麗島の恵みを受けたこの島では、ビアンの故郷では王族しか口にできない「卵」が至る所に山積みになっていた。小人たちが自分たちの頭ほどもある卵を器用に運び、調理している。
(下書き:この国では、王の贅沢が「日常」として清書されている)
ハニャンでは一つの卵を巡って奴婢が罰せられることもあるというのに、ここでは子供たちが当然のように頬張っている。この国の「記録」の豊かさは、ビアンの常識という境界線を軽々と飛び越えていった。
だが、豊かさの裏側には理解しがたい綻びがあった。
ある日、珠瑠国の議会に招かれたビアンを待っていたのは、耳を疑う大論争だった。
「半熟こそが、命の躍動を記した真実の姿である!」
とろりとした黄身を至高とする半熟派の議員たちが、銀のペンで流動の美を演説する。
「否! 固茹でこそが、国家の不変なる安定を象徴する唯一の記録だ!」
固茹で派は、カチカチの黄身が外敵に立ち向かう盾だと主張し、机を叩いて抗議する。
彼らにとって茹で加減は単なる好みではない。銀のペンでどちらを「正解」と記録するかによって、国の教育から軍の規律までが決まる、建国以来の思想闘争だったのだ。
ビアンは議場の隅から激しく争う小人たちを見下ろした。隣国との仲が悪いというのに、自分たちの正解を清書することに躍起になり、足元の危機に気づいていない。
(下書き:どちらが正解かではない。どちらも卵である、という「余白」を誰も見ていない)
半熟派が掲げる「変化」と、固茹で派が掲げる「安定」。どちらか一方が他方を塗り潰そうとするから、不協和音が生まれるのだ。
「皆さん、お静かに」
ビアンが指先で床を叩くと、振動に小人たちが静まり返った。
「私の国では、卵は選ばれし者しか食べられません。しかし、あなたたちは全員がそれを手にしている。その幸福な記録を、なぜ茹で加減という些細な境界線で切り刻むのですか」
鉛筆の先で、卵の殻に一本の線を引いた。
「銀のペンでどちらかを決めれば、もう一方は消される。けれど鉛筆でどちらも選べる下書きを残しておけば、それは未来の可能性になりませんか」
議場を支配していた銀のペンの重圧が、ふっと軽くなった。
その時、外から隣国の船が放つ警告の音が響いた。彼らの茹で加減の論争は、今や外交問題にまで飛び火しようとしていた。




