第十七回
無名の再定義
「記録せよ。オ・テソク、およびチャン・ヒジェ。両名は王室の財を私し、偽りの文字をもって忠臣を陥れた。その罪、銀の法に照らし、永久に歴史の汚点として刻むものとする」
粛宗の宣言と共に、銀のペンが激しい光を放った。王の筆致が、ヒジェたちの偽りの功績を次々と塗り潰していく。
「おのれ……! たかが奴婢の娘の下書きに、私の記録が敗れるというのか!」
絶叫も虚しく、ヒジェはヨンギの手によって銀の枷で拘束された。宮廷を支配していた偽りの旋律が止まり、静寂が政殿を包む。
だが、その中心に立つ少女は、ただ虚空を見つめていた。
「……お前、名は?」
粛宗が労わるように肩に手を置いた。少女はゆっくりと自分の手を見つめる。鉛筆の粉で黒く汚れ、消しゴムの摩擦で皮が剥けたその手。だが、その手が誰のものであるか、彼女にはもう分からなかった。
「……分かりません。私は、誰なのでしょうか」
ヨンギが痛ましげに目を伏せた。
「王様。この娘は、自らの存在そのものを消しゴムとして使い、国の記録を救いました。今の彼女には、帰るべき過去がございません」
粛宗は腰の銀のペンを抜き、少女の前に掲げた。
「過去が消えたのなら、余がお前の未来をここに清書しよう」
流麗な文字が空中に刻まれる。
「『淑』――清らかで、淀みない。お前が暴いた真実のように。今日からお前は、監察府の正五品、淑媛として、この宮廷の正当な記録に名を連ねるがいい」
銀の光が彼女を包み込み、公式な記録に「チェ・トンイ」という新たな一頁が書き加えられた。周囲の女官たちが一斉に平伏する。身分を超えた奇跡の瞬間だった。だが、トンイとなった彼女は、懐の「折れた鉛筆」の重みだけを感じていた。
一方、自室に幽閉されたチャン尚宮は、狂ったように銀のペンを走らせていた。
「まだよ……まだ終わらせない。記録が塗り替えられたのなら、その裏に呪いの下書きを重ねてやるわ」
彼女が睨みつけるのは、兄が残した蝶の鍵飾りだ。トンイがまだ気づいていない秘密が、その銀の細工には隠されていた。
深夜の書庫で、トンイは一本の線を引いた。王から与えられた銀のペンではなく、使い古された鉛筆で。
(下書き:私は、この名前で本当に「清書」されていいの?)
名前を失っても、指先が覚えている「綻びを探す癖」は消えていなかった。彼女が引いたその線は、内需司の記録のさらに奥、まだ誰も開いていない禁忌の頁へと繋がっていた。




