表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『刻印の乙女 〜備案(ビアン)の書〜』  作者: 水前寺鯉太郎
立志編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/45

第十四回

血塗られた清書


「……これだ。間違いない」

 監察府の取調室。ビアンは血塗られた鍵飾りを震える手で拾い上げた。指先から伝わるのは冷たい金属の感触だけではない。銀のペンによって「罪」と「死」を書き込まれた、父と兄の断末魔のような不協和音だ。

「ヒジェ様。この鍵飾りはどこで手に入れたのですか。語らぬ限り、あなたの記録に慈悲の余白は残りません」

 ヒジェは椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。

「殺したのは私ではない。私はただ、ある場所でこれを拾い、銀のペンで沈黙を上書きしたに過ぎん。ビアン、お前がどれほど下書きを重ねようと、既に清書された歴史は動かんのだよ」

 その頃、チャン尚宮は自室の鏡を見つめていた。兄ヒジェが捕らえられた。彼女にとって、自身の正当な記録が崩れ去る予兆だった。

「ビアンが王様の余白を埋めるたびに、私の居場所が消えていく」

 懐から銀の硯を取り出す。南人の巨頭オ・テソクから贈られた、持ち主の執念をインクに変える呪物だ。自らの指を傷つけ、一滴の血を落とした。

(銀の命令:チェ・ヒョウォンの記録を、永久に「大逆罪人」として固定せよ)

 銀のペンが走ると、書庫の古い公文書がひとりでに書き換わり始めた。

 取調室では、ビアンがヨンギと鍵飾りの鑑定を続けていた。

「ヨンギ様。裏側の、銀のメッキが剥がれた部分に何かが見えます」

 鉛筆を取り出し、裏面を丁寧に擦る。

(下書き:隠された文字を、浮き彫りにせよ)

 鉛筆の粉が溝を埋め、浮かび上がったのは『内需司』の刻印だった。

「王族の私有財産を司る場所か。だとすれば、この鍵の持ち主は……」

 ヨンギの顔が険しくなる。今の王・粛宗に近い人物、あるいは先代からの重臣である可能性を示していた。

 その時、書庫から血相を変えた女官が駆け込んできた。

「大変です! チェ・ヒョウォンの再調査資料が、すべて大逆の確定記録に書き換わっています! もう修正できません!」

 チャン尚宮の銀の改竄が、監察府を襲った。ビアンがこれまで積み上げてきた証言と調査結果が、銀の光に包まれ別人の犯罪記録へと変貌していく。

「そんな……私の下書きが、消されていく……」

 ビアンの手の中で、鉛筆がパキリと折れた。

 公式記録が「父は罪人である」と再定義された以上、それを追うビアン自身も即座に捕縛される身となる。廊下を武官たちの足音が駆ける。チャン・ヒジェを救い出そうとする南人の兵たちだ。

「逃げろ、ビアン! ここは私が食い止める!」

 ヨンギが刀を抜き、銀のペンの重圧に抗いながら立ち塞がった。

 ビアンは折れた鉛筆の芯を握りしめ、闇夜の王宮へと駆け出した。

(下書き:書き換えられたのなら、その上から、もっと強い意志で書き直してやる)

 背後で、燃え盛る書庫の火が、偽りの清書を夜空へと打ち上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ