第十四回
血塗られた清書
「……これだ。間違いない」
監察府の取調室。ビアンは血塗られた鍵飾りを震える手で拾い上げた。指先から伝わるのは冷たい金属の感触だけではない。銀のペンによって「罪」と「死」を書き込まれた、父と兄の断末魔のような不協和音だ。
「ヒジェ様。この鍵飾りはどこで手に入れたのですか。語らぬ限り、あなたの記録に慈悲の余白は残りません」
ヒジェは椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。
「殺したのは私ではない。私はただ、ある場所でこれを拾い、銀のペンで沈黙を上書きしたに過ぎん。ビアン、お前がどれほど下書きを重ねようと、既に清書された歴史は動かんのだよ」
その頃、チャン尚宮は自室の鏡を見つめていた。兄ヒジェが捕らえられた。彼女にとって、自身の正当な記録が崩れ去る予兆だった。
「ビアンが王様の余白を埋めるたびに、私の居場所が消えていく」
懐から銀の硯を取り出す。南人の巨頭オ・テソクから贈られた、持ち主の執念をインクに変える呪物だ。自らの指を傷つけ、一滴の血を落とした。
(銀の命令:チェ・ヒョウォンの記録を、永久に「大逆罪人」として固定せよ)
銀のペンが走ると、書庫の古い公文書がひとりでに書き換わり始めた。
取調室では、ビアンがヨンギと鍵飾りの鑑定を続けていた。
「ヨンギ様。裏側の、銀のメッキが剥がれた部分に何かが見えます」
鉛筆を取り出し、裏面を丁寧に擦る。
(下書き:隠された文字を、浮き彫りにせよ)
鉛筆の粉が溝を埋め、浮かび上がったのは『内需司』の刻印だった。
「王族の私有財産を司る場所か。だとすれば、この鍵の持ち主は……」
ヨンギの顔が険しくなる。今の王・粛宗に近い人物、あるいは先代からの重臣である可能性を示していた。
その時、書庫から血相を変えた女官が駆け込んできた。
「大変です! チェ・ヒョウォンの再調査資料が、すべて大逆の確定記録に書き換わっています! もう修正できません!」
チャン尚宮の銀の改竄が、監察府を襲った。ビアンがこれまで積み上げてきた証言と調査結果が、銀の光に包まれ別人の犯罪記録へと変貌していく。
「そんな……私の下書きが、消されていく……」
ビアンの手の中で、鉛筆がパキリと折れた。
公式記録が「父は罪人である」と再定義された以上、それを追うビアン自身も即座に捕縛される身となる。廊下を武官たちの足音が駆ける。チャン・ヒジェを救い出そうとする南人の兵たちだ。
「逃げろ、ビアン! ここは私が食い止める!」
ヨンギが刀を抜き、銀のペンの重圧に抗いながら立ち塞がった。
ビアンは折れた鉛筆の芯を握りしめ、闇夜の王宮へと駆け出した。
(下書き:書き換えられたのなら、その上から、もっと強い意志で書き直してやる)
背後で、燃え盛る書庫の火が、偽りの清書を夜空へと打ち上げていた。




