村(2)
マーサさんは前みたいに背中をごそごそし、今度は淡いピンクのカーディガンを取り出し、肩から掛けてくれた。そしてボクを立ち上げさせてくれ、染みが隠れていることを確認したのかうんと頷いて、ボクの手を引っ張って部屋を出る。ボクは先ほどのことがショックだった上、泣いたことが恥ずかしいのもあって、マーサさんになされるがまま。
ボクがドアをくぐると、受付には女の子がいた。レンドさんの代わりをしていたらしい。マーサさんはその子に「話が終わったから帰るよ」と凄みのある声で伝えている。……女の子の足がぶるぶる震えている。
マーサさんはそんなことは意にも介さず、ずんずんと、でもボクを気遣っているのかボクの歩きやすい速度で手を引っ張って歩いて行く。
そして最初の家……マーサさんの家に戻ってきた。そしてマーサさんはカーディガンをはぎ取り、刺さっていた部分を入念にチェック。傷後も残っていない様子に安堵のため息を漏らし、部屋を出て行った。そして戻ってきたときには薄青色のワンピースと白い下着を着替えとして持ってきてくれた。前と同じように洗面器も用意してくれている。
そして何かを問いたげな顔をしていたが、何も疑問を聞かれることも無く「体を拭いて着替えといてね」という言葉を残して部屋を出て行った。
言われたとおり、体を拭いて着替える。やはり、すぐ治るのは特殊なことなのだろうか。聞かれないのはありがたいけれど、この世界のことを知るためにはそのうち聞いてみないといけないな。でも問題を先送りにできるのはありがたい。何も聞かずに接してくれるマーサさんには感謝だ。
しかし、この村に来て二度もお漏らしをして、そして二度もマーサさんにお世話されているわけで。男だったらどこかに一目散に逃げ出しただろうが今年端もいかぬ女の子。それはいくら少女だとしても恥ずかしいことで。
「ううう……」
椅子の上で三角座りをし、頭を抱えてしばし落ち込むのだった。
コンコン
「着替え終わったかい?」
ガチャリとドアを開けて入ってくるマーサさん。
その手に持っているのは…… 果物ナイフ!?
ひっ! と声を上げ、目をそらしてしまう。
別に自分に向けられているわけでは無いし、目をそらすほうが危険だとは頭ではわかっている。けれども、先ほどの事件のすぐ後ということもあり、刃物にはおびえてしまう。前世でもナイフには恐い思い出があったので、恐怖感は倍増。
「あらゴメンよ、怖がらすつもりは無かったんだ。っていっても、さっきの後でこれじゃ仕方ないさね。これはリンゴでも剥いてあげようかと思ったのよ」
ボクの反応に右手に持っていたナイフを背中に隠してくれ、左手に持つ皿で指さす先は、机の上に置いてある果物かご。その中には赤いリンゴが5つほど山のように重ねておいてある。
「あ、ありがとうございます。でも、服も貸してもらってお世話もしてもらっているので、そこまでしていただくわけには……」
そう遠慮したのだけれど、
「なーに言ってんの。若い人は遠慮なんてしてちゃダメだよ。それにね、アンタ私の娘にそっくりだからさ、ほっとけなくてね」
と言ってにかっと笑いながら机に向かい、リンゴを手に取るとあっという間にカット。皿の上には整然と並ぶウサギになったリンゴ。
皿をずずいと差し出されたので、ありがとうございます、とウサギを一口。甘くて美味しい。
「そんな堅苦しくしなくていいよ。それより自己紹介してなかったね。アタシはマーサ。って言うんだ。一応この村の村長だけど、気にせず接してくれれば嬉しいかな。その方が楽だからね。あんたの名前は?」
「ユウです」
名前だけは伝えたけれど、転移者って伝えていいものか悩む。村長と言っていたから、そういう情報を知った場合に上に伝える義務もあるだろうし。
悩んでいると、マーサさんが助け船を出してくれた。
「ユウちゃん、ね。さっきのこともだけれど、なんだか訳ありみたいね。でも別に詳しくは聞かないから大丈夫よ。それよりもその服。綺麗な金髪だから似合うはず! と思って持ってきたのだけれど、やっぱりあんたに似合ってるね」
にっこりとして言ってくれる。
「ありがとうございます。えっと、これは娘さんの服ですか?」
「そう、娘が手縫いで作ったんよ。でも今はもう着ることは無いからあんたにあげる。その方が娘も服も喜ぶと思うし」
何から何までしてもらって申し訳ないくらい。でも、今後の服のバリエーションを考えると、服をもらえるのは正直ありがたい。なので、お礼を言うことにする。
「ありがとうございます。娘さんにも感謝を伝えたいです」
そう笑顔で伝えたのだが、ボクの返事を聞いた途端に暗くなるマーサさんの顔。あれ、なんかマズいこと言っちゃったかな……
そう思い、「あの……」と声を掛けると、マーサさんは慌てたように首を振り、
「なにもユウちゃんが気にすることは無いよ。そうね、お願いしても良い?」
そう言って部屋から出て行くマーサさん。数分後、手にA3サイズくらいの板のようなものを抱えて戻ってきた。
見せてくれたその板は写真立てで、中には親子三人が仲良く移っていた。茶髪のすらっとした30歳くらいの女性はマーサさんだろうか。今では恰幅が良くなっているが、なんとなく面影が感じられる。そして金髪を刈り込んだ背の高い35歳くらいの男性がお父さんかな。そして真ん中に挟まれた、金髪の長い女の子。なんというか、ボクにそっくり。違う点と言えば顔の雰囲気と目の色。ボクは透き通ったような青い目なのに対し、その娘はエメラルドのような緑色。でもそれを除けば、身長やシルエットは同じように見えた。
「えっと……」
「この子が娘のマリアよ。3年前に森でイノシシに襲われてね、お腹に角を刺されて亡くなっちゃて…… 幸い近くにいた冒険者の方が気づいてくださったおかげで食べられずにすんだみたいだけれど、即死だったみたいで……」
ポツポツと娘さんのことを話してくれる。
「だから今朝あんたが現れたときには戻ってきてくれたのかと思ったんや。そんなはずは無いのに。そしてギルドであんたが刺されているのを見たら、マリアが重なって見えちゃって、つい手が出ちゃった。マリアじゃないってわかっているはずなのに…… ってそんな辛気くさい話をするために持ってきたんじゃ無いんよ。よかったらこの写真に伝えて? そしたら娘も喜ぶと思うから」
つらいことを思い出させちゃったかな…… でも、その気持ちを無下にする訳にはいかない。写真に向かって、かわいい服をありがたく着させてもらってます、と感謝の気持ちをご報告。
ちなみにお父さんは…… と聞こうとしたその時。
コンコン、と玄関のドアがノックされた。
7/8 修正
次回は7/9の朝に投稿したいなって




