ギルド長(1)
部屋に入ると目の前には大きな机。机の向こう側には先ほどのおじさんが笑顔で座っていた。おじさんの後ろは大きな窓で、そこからの光が後光のようになっている。
両脇の壁には一面の本棚。本がぎっしり詰まっている。
机を挟んだこちら側には背もたれの無い椅子がおいており、そこに座ってくれとのジェスチャーに従って座る。
「さて、申し遅れたが私が冒険者ギルド、ここシャヌティ支部のマスター、レンドだ。まずはあなたの名前を教えてもらっても良いかな?」
「ボクはユウと申します。」
「あぁ、そんなに堅くならなくて良いよ。ユウ君ね。早速だけれど、身分証かなんか、身元がわかるもの持ってる?」
やっぱり言われるよなーと思っていたので、今まで考えいた設定で押し通すことにする。
「森の中を歩いていたら落としてしまったので、今持っていないんです…… やっぱり必要ですか?」
ちょっと上目遣いを意識して見ながら返事。これでもし身分証が体内に収納されるケースとかだとマズいことになったかもしれないけれど、ステータスも無い世界らしいし、たぶん大丈夫でしょ、うん……
「いや、まぁ身分証明書無しでも作れるけれど…… 以前冒険者証を作ったことは?」
特に表情が変化するでもなく、普通に問い返された。上目遣いは効果無かったか…… でも、証明書無くても作れるのは良かった、とほっとしつつ返事をする。
「無いです」
「ふむ、今回が初めてという訳か。それじゃ、これに手を載せて魔力を流してくれ」
そう言って渡されたのは一枚の紙。
どういうことだろうかと疑問に思いつつも魔力を流していたら、
「それに魔力を登録して本部に送るんだ。魔力の波形は一人一人微妙に違うから、それを使って二重登録を防ぐんだ。だから申し訳ないけれど発行までに2日はかかるから、3日後に取りに来て欲しい」
疑問に思っているのを見抜いたのだろうか、説明してくれた。
なるほど、そういうことだったのか。それにしても。
「2日って早いですね。そんなことまでするのならもっと掛かるのかと」
「なに、ギルド用の直行便があるからな。それに全国統一ギルドなんて看板を上げてはいるが、実際は国ごとに独立しているんだ。他の国のギルドとは冒険者証などの互換はあるけれど別組織だし、発行には自分の国のデータしか参照しないから早いんだよ。おっと、もしやらかしたとしても別の国で作り直すなんてことは考えちゃダメだぞ? そういうのはそのうちバレるからな。悪いことをしないようにしろよ」
別に犯罪を起こそうなんていう気はさらさら無い。でも、どこまでが悪いことなんだろうか。正当防衛はOK?
「悪いことって言うのは何を指すんですか?」
魔力はもう良いぞ? と言われたので、紙を渡しながら聞いてみる。
受け取ったレンドさんは、紙を引き出しにしまい、立ち上がって窓の外を眺めながら言う。
「盗みや人殺しが当てはまるな。ある一定以上の価値がある物を盗んだ場合や、罪を無い人をわざと殺した場合とかだな。指名手配犯や山賊みたいな襲ってきたやつから身を守るために殺してしまうのは仕方ないしな。まぁ普通に生活する分には問題ない。それよりも、だ」
区切りを付け、一拍間を置いて話を続けるレンドさん。
「今ので冒険者登録に関する話は終わりなんだが、ちょっと聞きたいことがある。おまえさんはどっちの方角から来たのかい?」
「太陽が沈む方向から来ました」
「ここまでは一人で来たのかい?」
矢継ぎ早に飛んできた質問。レンドさんは窓の方を向いているので表情はわからない。でも、お付きの人がいるなんて嘘をついてもバレるだけだし、ここは素直に答えておく。
「はい、正確にはこのスライムのスーちゃんと二人だけです」
それを聞いたレンドさんは、スライムにそんな力は…… しかしそう考えると…… いやいや…… などと小声で呟いている。
どうしたのだろうか、とびくびくしながら待っていると、突然、
「おまえさん、転移者か?」
と核心を突く答えを聞いてきた。いや、まだ相手は疑っているところ。ここでごまかせば問題ない!
「い、いや、ボクは」
レンドさんはこちらをくるりと振り返って言う。なんだか真面目な顔だ。
「ごまかさなくて良い。今の反応で丸わかりだ。この世界で転移者なんて存在を知っているのは限られているからな。一般人は知るよしもないし、知っているような身分の者が一人で森を出歩くなんてことは無い。それに、あの西の森はエルフならともかく一般人が一人で通れるような場所では無い。すぐ魔獣に襲われて一巻の終わりだ。それを考えると、転移者は滅多に襲われないと聞いたことがあるし、まぁ転移者がこんなかわいらしい容姿の年齢というのは聞いたことが無いが、それでも一人であの森を通って無事っていうとそれくらいしか考えられないからな」
うんうんと勝手に自己完結しているレンドさんだが、確信に満ちた顔をしている。
これはバレてしまったか。これでボクも国に召し抱えられて、馬車馬のように働かされて一生を終えてしまうのかな……
よほど絶望的な顔をしていたのか、レンドさんは慌て顔で目の前まで掛けてきてしゃがみ、目を合わせて、
「ちょっ、そんなこの世の地獄みたいな顔をしないでくれたまえ。どこかで転移者の扱いを聞いたのかい? 大丈夫、私はこのことを他の人には伝えないよ。もちろんギルドや国にもね。左遷された身だからギルドの役に立とうなんてさらさら思わないし、国とギルドは仲悪いからな」
そんなことを早口で言ってにっこり笑う。そしてゆっくりとした口調で質問してくる。
「さてさて、あの森を無傷で抜けたとなると、君は武術系の転移者かな? それとも知識系?」
「え-っと、食事系?です」
何系といえば良いのかわからないので、少し疑問系になってしまった。
「おぉ、食事系! ということは!」
思い当たることがあるのだろうか。レンドさんの目が光った。
「な、なんですか?」
つい後ずさってしまう。とはいえ椅子に座っているから少しのけぞったくらいだけれど。
「いやなに、実際に見たわけでは無いんだが、食事系の転移者は刺されても死なないとか。どういうことかちょっと気になってたんだ」
レンドさんの言葉にいい知れない怖さを感じ、さらにのけぞってしまった次の瞬間、お腹に鈍い衝撃が襲ってきた。何が、と思ってお腹を見ると、そこにはどこから取り出したのか、レンドさんが握りしめている何かの柄。その先がお腹に突き刺さっており……
「きゃあー!」
大声で叫んでしまう。いい人だと思っていたのに、何この仕打ち! ついでに股のあたりから生暖かいものが出てしまう。
「なにがあったんだい!」
ばこーんと勢いよくドアが開いて、ここまで連れてきてくれたおばちゃんが飛び込んでくる。
そこにあるのは、なにやら刃物を少女に突き刺しているおじさんと、お漏らしをしている少女なわけで。
この状況を見るやいなや、おばちゃんは
「ま、マーサ、これはだな……」
そう言い訳するレンドさんの頬を
「問答無用!」
バシーン!と張り倒す。
そしておばちゃん……マーサさんは慌てて駆け寄ってきて、刺さっているナイフをさっと抜き取る。そんなことをしたら普通なら出血で致命傷になってしまう。それに気づかないほど動転していたのだろう。でもボクは神様パワーか、ありがたいことに傷がすぐ治ってくれる。抜いたナイフを見て、しまった! みたいな顔をしていたマーサさんだったが、傷がすぐに治っていくのを見て目を丸くして驚き顔に。そのまま数刻固まっていたが、はっと我に戻ったのか、刺さっていた後を慌てて撫でて何もないか確認。ほっと、安堵のため息。そして汚れるのも気にせずボクをそっと抱きしめ、
「ごめんね、こわかっただろう?」
と背中を撫でてくれた。
そのやさしさに、わーん! と二度目の鳴き声を上げてしまうのだった……
7/8追記 ナイフ刺さったまんまだったので、抜きました。
7/27追記 ギルド長の行動が突飛だったので加筆しました。同時にギルド長(2)も加筆




