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モンスターのいない山

 朝から、広場に残っていた雑草を二人で抜いていた。


 首から下げた登録証が胸元で跳ねる。


「そういえば、これで俺も正式なテイマーなんだよな」


「はい。ギルドの方、必死でしたよね」


 もみじがくすりと笑う。


 昨日、ギルドの職員がデストロイファームに来たのだ。


「ぜひ、うちのギルドで登録してください! 手続きはこちらですべて行いますので!」


 もみじがケルベロスを圧倒したという噂が、巡り巡ってギルドにまで届いたらしい。


 あそこまで頭を下げられては、断るという選択肢もなかった。


 俺のテイマーランクはF。登録したばかりはみんなそうらしい。


 受けられる依頼もFのみとなる。


「テイマーの稼ぎ方って、案外シンプルなんだな」


「そうなんですか?」


「ああ。窓口で説明されたんだけど、大きく分けて三つしかないらしい」


 指を折りながら数える。


「一つ目が、大会に出ること」


「それは……私たちには、ちょっと難しそうですね」


「だな。二つ目が、ギルドの依頼を受けること」


「討伐とか、採取とか、ですよね?」


「そう。三つ目が、野良のモンスターを狩って、素材を売ること」


「なるほど……」


 もみじは頷きながら、雑草を抜く手を止めずに続けた。


「それで、私たちはどれから始めるんですか?」


「三つ目からにしようと思う」


「野良モンスターの素材、ですか」


「ああ。大会は今のところ出るつもりはないし、Fランクの依頼はあまりないらしいからな。それに――」


 俺は周囲をぐるりと見渡した。


「このあたり、ほとんど人の手が入っていない土地だろ。素材を集めるついでに、少し歩き回ってみようと思ってさ」


「探検ですね!」


 もみじの耳が、ぴんと立った。


「そうだな。まずはチチルと一緒に回ったところから教えてくれ。そこから少し足を伸ばそう」


「はい! 任せてください!」


 尻尾を揺らしながら、もみじは嬉しそうに頷いた。


 俺たちは広場を綺麗にしたあと、ファームの周りを歩き始めた。


 ーーおかしい。 


 どんなに歩いても。どこを行っても。


 ――モンスターがいない。


 草むらをかき分けても、木々の間を覗いても、気配一つ感じられない。鳥の声すら、やけに遠くからしか聞こえてこなかった。おかげで、食べられそうな木の実や野草は採り放題だったが、これはこれで妙な話だった。


「なあ、もみじ。モンスターって、実はあんまりいないのか?」


「いいえ! そんなことありません。普通なら、もうとっくに遭遇しているはずですよ」


「ふーん。何でだろうな?」


 魔除け草の効果が、想像以上に広範囲まで及んでいるのだろうか。


 いや、それなら、モンスターであるもみじもこの土地にはいられないはずだ。


 もみじも首をかしげるばかりで、これといった答えは出てこない。


「変ですよね。チチルさんも言ってました。こんなに何もいないファーム、聞いたことがないって」


「襲われなくて助かる……とも言えるけど、素材を集められないのは困るな。それに、ちょっと不気味だ」


「あ、でも」


「ん?」


「あの山の中腹くらいから先は、何も感じないって言ってました」


「なんだそれ。見えないじゃなくて、感じない?」


「はい。チチルさんも不思議そうにしてました」


「ちょっと、嫌だな。近づかない方が良さそうだ」


 結局、その日の帰り道も、一匹のモンスターにも出会えないまま日が暮れた。


     ※


 夜、家でご飯を食べながら、俺はその日のことを振り返っていた。


「うーん。ギルドの依頼を受けるしかないかなあ」


「そうですね。もみじ、頑張ります!」


「あんまり、もみじを危ない目に合わせたくないんだよなあ。この前のケルベロスも、本当は嫌だったし」


「タケル様がそう言ってくれるの、嬉しいです。でも、私も少しは役に立ちたいので」


 もみじは箸を止めて、まっすぐにこちらを見つめてくる。


「タケル様……」


 その目が、今度はとろんと蕩けたようになる。そのまま椅子ごと距離を詰めて、俺の肩に体を寄せてきた。


「お、おい。離れろって」


「やーです。今日はタケル様とくっついて寝るんです!」


 出た。もみじの甘えっ子モードだ。


 柔らかい体重を預けられて、俺は身動きが取れなくなる。


 ランプの灯りが揺れる中、そんな他愛のないやり取りを続けていた。


「いい加減に離れ……」


 ――ドゴぉおおおお!!


 家の外で、腹の底に響くような爆音が轟いた。皿がかたかたと震え、壁に立てかけていた箒が倒れる。


「わあ! 何ですか!?」


「外の方だ!」


 箸を放り出して、二人で外に飛び出す。


 夜の闇の中、真っ先に目に入ったのは、木々の梢が大きくざわめいている光景だった。まるで、何か巨大なものが通り過ぎたかのように。


 視線を上げた先、月明かりに照らされて浮かび上がっていたのは――漆黒の巨体だった。


 翼を広げただけで、家がすっぽり収まりそうなほどの大きさ。口の奥からは、赤黒い炎がちらちらと漏れている。地を這うような低い唸り声とともに、真っ直ぐに、こちらへ向けられた視線があった。


「タ、タケル様……」


 もみじが、震える声で俺の袖をつかむ。狐の耳が、ぺたりと伏せられていた。


「大丈夫だ。……たぶん」


 自分でも説得力のない台詞だと分かっていたが、他に言葉が出てこなかった。


 俺は震える手で、ステータス画面を開いた。


【個体名:???】

【種族:アビスドラゴン】

【力:A】

【魔力:A】

【素早さ:B】

【ランク:A】


 相手は正真正銘の格上。


 ーーやるしかない。

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