そのフォックス、Fランクじゃありません
「舐めてもらっちゃ困るぜ。俺は、この街でも指折りのテイマーだ」
いや、きっと俺の聞き間違いだろう。
「ケルベロスのランクは、E、なのか?」
「今更かよ。ああ、そうだ。お前も知ってるんだろ?ほとんどのモンスターのランクはF。だが、ケルベロスはその上をいってんだよ。お前はどうせFランクだろお?」
男は勝ち誇った顔でそう言い放つ。
俺は、こっそりステータス画面からケルベロスの情報を確認した。
【個体名:ケルベロス】
【種族:ケルベロス】
【力:F】
【魔力:E】
【素早さ:E】
【ランク:E】
「俺のユニークスキルは能力略奪! 倒したモンスターから技を奪える! もういくつか奪ってるけどよお、お前の雑魚技も奪ってやるわ!」
もみじはぽかんとした顔で男を見上げている。さっきまで怯えていたケルベロスを見る目が、なぜかどんどん冷めていくのが分かった。
「さあ、表に出な」
促されるまま、俺たちは店の外に出た。
「あの兄ちゃん、死んだな」
背後で、誰かがぼそりと呟くのが聞こえた。
※
通りの広場に野次馬たちがぐるりと輪を作って集まり始める。
もみじには、あらかじめ狐の姿になってもらっていた。小さな体が、地面すれすれの姿勢でぴたりと敵を見据える。
「おいおい、よりによってあんな不細工で、弱そうなフォックスかよ!」
男は下卑た笑いを浮かべ、周囲を煽るように声を張り上げた。
「お前ら聞いたか? こいつ、あのハズレ枠のFランクだぜ! 俺のEランク・ケルベロスに一瞬で噛み殺されて泣きを見るんだから、今のうちに目に焼き付けとけよ!」
周囲の観客からも、ため息や失笑が漏れる。
「おい、あの兄ちゃん正気か……?」
「相手はEランクのケルベロスだぞ。冒険者十人掛かりでも厄介な相手だ。Fランクの魔獣じゃ、一撃で殺されるだろ」
「無謀すぎる……あの可愛いフォックスが可哀想に」
完全に男の優勢を信じ切ったアウェーの空気が広場を支配する。
「ケルベロス、噛み殺せ!」
言葉と同時に、三つの首が唸り声を上げ、ケルベロスが地面を蹴った。
巨体に似合わない速さで、あっという間に距離が詰まる。三対の顎が、それぞれ違う角度からもみじを狙って迫った。
三つの頭は、ばらばらに襲っているように見える。
だが、よく見ると動く頭に順番がある。ならば。
「噛みつく直前に左へ避けるんだ!」
もみじの狐耳が、俺の声を拾ってぴくりと動いた。
中央の頭が大きく口を開く。
その瞬間、もみじは左へ一歩跳び、続けて身を沈めた。わずかな差でその頭上を通り過ぎる。
三つの攻撃を、軽々とかわした。
「な、避けた!?」
男の声が裏返る。
「今だ!」
すれ違いざま、もみじの小さな体が体当たりを見舞った。
軽い体格からは想像もできない衝撃に、巨体のケルベロスが大きくよろめく。踏ん張ろうとした足が、砂埃を巻き上げながら滑った。
「な、何やってんだ! ケルベロス、火炎だ!」
体勢を立て直したケルベロスの、三つの口が同時に開く。
その喉の奥に、赤い光が集まっていく。
「炎が来る! 低く跳んで右へ!」
直後、灼熱の炎が三方向から吐き出された。
野次馬たちが息を呑む。
もみじは地を這うように低く跳び、俺が指示した方向へ駆け抜ける。
炎は虚しく空を焼いて、後ろの土塀に黒い焦げ跡を残しただけだった。
「うそだろ……」
男の声が、初めて震えを帯びる。
体勢を崩したケルベロスへ、もみじがさらに距離を詰めた。
「足元を狙え!」
前脚で地面を蹴り、横っ飛びに体当たりを叩き込む。踏ん張れないまま、巨体が横倒しに転がった。
起き上がろうともがくケルベロスに、もみじはこちらをちらりと振り返る。
まるで「次はどうしますか」と聞いているような目だった。
その隙を逃さず、俺はステータス画面に浮かんだ技の名前を叫んだ。
「よし! 鬼火だ!」
「っ!」
もみじの周りに、青白い炎が次々と浮かび上がる。数えきれないほどの光が、ケルベロスを囲むように弧を描いた。
「な、なんだそれ……! お、おい、逃げろ!」
男の悲鳴じみた声も間に合わなかった。
青白い炎が一斉に収束し、ケルベロスを飲み込む。轟音と共に弾けた光が収まると、煙の向こうに、白目をむいて倒れたケルベロスの姿があった。
――ピコン。
【ケルベロスが戦闘不能になりました】
【勝者:三井健&フォックス】
一瞬、広場が静まり返った。
次の瞬間、野次馬たちから大きなどよめきが上がる。
「ケルベロスを倒した……!」
「あのフォックス、何者なんだ!?」
「……お、お前、なんかズルしただろ!」
男が悔しさに顔を歪めて叫ぶ。周りの野次馬から、失笑にも似た声が漏れた。
「お前の負けだ。金を酒場に払って消えろ」
男は何か言い返そうとしたが、集まった視線に耐えきれなくなったのか、ケルベロスを引きずるようにして逃げ去っていった。
もみじは狐の姿のまま、俺の隣で誇らしげに胸を張っている。狐の耳が、満足げにぴこぴこと揺れていた。
※
酒場に戻ると、マスターとその子供が深々と頭を下げてきた。
「本当に、助かりました。あなたは命の恩人です」
「いえ、こちらこそ、騒がしくしてすみません」
「せめてものお礼です。今日は好きなだけ食べてください」
マスターはそう言って、去っていった。もみじが、隣で嬉しそうに目を輝かせている。
「あのっ、お父さんを助けてくれて、ありがとうございました」
「いいんだよ。怖かったよな」
「は、はい。あの、お強いんですね」
「まあ、俺じゃなくてフォックスがだけどな。君も、お父さんのそばにずっといたんだから、強いと思うよ」
「! ありがとうございます!」
そう言うと、マスターのそばに駆け寄っていく。
「さあ、もみじ。何食べようか?」
「えっと、えっと、もみじ、お肉食べたいです!」
――今日の夕飯は、少し豪華にさせてもらおう。
――ピコン。
【もみじの愛情が1上昇しました】
【個体名:もみじ】
【種族:フォックス(人型)】
【力:D(愛情値補正+1)】
【魔力:D(愛情値補正+2)】
【素早さ:D(愛情値補正+1)】
【ランク:D】
次回、タケルの教え子1号が生まれます




