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3/10

最弱フォックス、ケルベロスに挑む

 その日は、二人で近くの街まで足を伸ばした。


「なあ、もみじ。街にいる間、フォックスだってことは、なるべく隠しておこう」


「え? どうしてですか?」


 もみじが不思議そうに首をかしげる。


「マーガレットさんも言ってただろ、人型になるフォックスなんて、聞いたことないって。珍しすぎるものは、変に目をつけられるかもしれない」


「……もし、バレたら?」


「分からない。ただ、あんまりいい話にはならなさそうだ。下手したら、もみじを引き離されるかもしれない」


 もみじの表情が、みるみる曇っていく。


「そんなの、嫌です……!」


「だろ? だから、念のためにな」


「はい……! 絶対に、バレないようにします!」


 ぎゅっと拳を握るもみじに、俺は苦笑しながら頷いた。


 この世界には獣人もいるらしい。もみじの耳と尻尾もそれで誤魔化せるだろう。


 街の中に入る。


 大きな街ではないが、宿屋に武器屋、防具屋、酒場、ギルドと、一通りの店は揃っている。石畳の通りには、行商人の呼び声や、子供のはしゃぐ声が響いていた。


「わあ……人、多いですね」


 もみじは物珍しそうに、きょろきょろと辺りを見回している。


  ※


 俺は通りに並んだ雑貨屋の軒先で足が止まった。


 工具や板の間に、黒く塗られた薄い板が立てかけてある。


「お、いい目してるな。黒石板だ」


 店主が声をかけてきた。


「この石で書けて、布で拭けば消える。商店の値札に使うやつが多いな」


 差し出されたのは、白い棒状の石。試しに板の隅に線を引くと、はっきりと白く残った。


 ――黒板とチョークだ。


 前の世界で毎日使っていた。自然と触れてしまう。


 棚の方に目を移すと、紙を綴じたものが積まれている。手に取ってみれば、中身は白紙だった。


「ノート、か?」


 その隣には、文字が並んだ薄い冊子。


「そっちは字の教本だな。商人の子が使うくらいで、あんまり売れんが」


「この黒石板、何枚かもらえますか? それと、白い石と教本も」


「おっ、まいどあり」


 王国からもらったお金で支払う。


 買ったものを持って店を出る。


 こうして並べて見ていると、教室の風景がぼんやりと浮かんでくる。


「タケル様、それ、何に使うんですか?」


「ちょっと、なつかしくてさ。家に置いておきたい」


「そうなんですね……貸してください、もみじも運びます」


「悪いな。ありがとう」


 次に服屋に立ち寄った。もみじは店先で何度も遠慮していたが、俺は構わず何着か見繕って買ってやった。


「そんな、悪いです。私、これ以上何もいただけません……」


「いいから。似合ってるしさ。俺があげたいんだよ」


「う……で、では、お言葉に甘えて」


 照れくさそうに袋を抱えるもみじ。


  ※


 次は昼食を取ろうと酒場に入った。


 木のテーブルに案内され、料理を待つ間、少し離れた席から騒がしい声が聞こえてきた。


「おい、俺は王国のテイマーだぞ。金払うってどういうことだよ」


「い、いえ、テイマー様でもお金を払っていただく決まりになってまして……」


「はあ!? おい、ケルベロス。こいつ食い殺せ」


「ひ、ひいい」


「お、お父さんを離してくださいっ」


 声のする方をちらりと見ると、この店のマスターに凄んでいる男の足元に、三つ首の巨大な犬がのっそりと寝そべっていた。


 ――うわ。本当にあんなテンプレみたいな奴、いるんだな。


 かかわらないようにしよう。きっと、この世界にも衛兵か何か、対処してくれる人たちがいるはずだ。


 そう思って視線を逸らした、その時。


「あ!おーい!お前。あの時のハズレテイマーじゃねえか」


 ――うわ、向こうから来るのかよ。


 ニヤついた顔で、大股にこちらへ近づいてくる。


「こんなところで何してんだ?」


「いや、別に。昼ごはん食べに来たところ」


「ちぇっ、つまんねーやつだなぁ。お?」


 男の視線がもみじに向いた。舐め回すような目つきに、俺は思わず眉をひそめる。


「おいお前。この可愛い子誰だよ」


 馴れ馴れしく手を伸ばしてきた男に、もみじがとっさに身を引いた。


「っ!  やめてください!」


「お〜、いいねえ」


 男はにやりと笑って、俺を見た。


「そうだお前、テイマーなら、そいつを賭けて俺と勝負しろよ」


「断る」


「……あ?」


「もみじは物じゃない。勝手に賭けの対象にするな」


 男の顔から笑みが消えた。


「お前、俺に逆らうのか?」

 

 足元に寝そべっていたケルベロスが立ち上がる。三つの頭が低く唸り、店内の空気が張り詰めた。


 もみじが俺の服の裾を握る。


「タケル様……」


 怖がっている。


 それでも、俺の後ろへ逃げようとはしなかった。


「賭けはしない」


 俺は男を正面から見返した。


「もみじを馬鹿にしたことを取り消せ」


「おいおい、いい感じにイキがっちゃてるじゃん。Fランクの雑魚のくせによお」


 男は胸を張って、自慢げに笑った。


「お前、後悔しても知らねえぞ」


 やけに堂々とした態度に、思わず息を呑む。


 ――もしかして、本当にやばい相手なのか?


 隣を見ると、もみじも少し不安げな顔でこちらを見上げていた。


「た、タケル様……」


「俺のケルベロスとやる気かよ。ランクEのケルベロスとよお!!」


 男は勝ち誇ったように腕を組んだ。周囲の客たちがざわめく。


「ランクE……!?」


「やっぱりケルベロスには勝てないよ」


「兄ちゃん、やめとけ! ランクEなんて、冒険者十人相当だぞ」


「……え?」


 ランク、E?

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