最弱フォックス、ケルベロスに挑む
その日は、二人で近くの街まで足を伸ばした。
「なあ、もみじ。街にいる間、フォックスだってことは、なるべく隠しておこう」
「え? どうしてですか?」
もみじが不思議そうに首をかしげる。
「マーガレットさんも言ってただろ、人型になるフォックスなんて、聞いたことないって。珍しすぎるものは、変に目をつけられるかもしれない」
「……もし、バレたら?」
「分からない。ただ、あんまりいい話にはならなさそうだ。下手したら、もみじを引き離されるかもしれない」
もみじの表情が、みるみる曇っていく。
「そんなの、嫌です……!」
「だろ? だから、念のためにな」
「はい……! 絶対に、バレないようにします!」
ぎゅっと拳を握るもみじに、俺は苦笑しながら頷いた。
この世界には獣人もいるらしい。もみじの耳と尻尾もそれで誤魔化せるだろう。
街の中に入る。
大きな街ではないが、宿屋に武器屋、防具屋、酒場、ギルドと、一通りの店は揃っている。石畳の通りには、行商人の呼び声や、子供のはしゃぐ声が響いていた。
「わあ……人、多いですね」
もみじは物珍しそうに、きょろきょろと辺りを見回している。
※
俺は通りに並んだ雑貨屋の軒先で足が止まった。
工具や板の間に、黒く塗られた薄い板が立てかけてある。
「お、いい目してるな。黒石板だ」
店主が声をかけてきた。
「この石で書けて、布で拭けば消える。商店の値札に使うやつが多いな」
差し出されたのは、白い棒状の石。試しに板の隅に線を引くと、はっきりと白く残った。
――黒板とチョークだ。
前の世界で毎日使っていた。自然と触れてしまう。
棚の方に目を移すと、紙を綴じたものが積まれている。手に取ってみれば、中身は白紙だった。
「ノート、か?」
その隣には、文字が並んだ薄い冊子。
「そっちは字の教本だな。商人の子が使うくらいで、あんまり売れんが」
「この黒石板、何枚かもらえますか? それと、白い石と教本も」
「おっ、まいどあり」
王国からもらったお金で支払う。
買ったものを持って店を出る。
こうして並べて見ていると、教室の風景がぼんやりと浮かんでくる。
「タケル様、それ、何に使うんですか?」
「ちょっと、なつかしくてさ。家に置いておきたい」
「そうなんですね……貸してください、もみじも運びます」
「悪いな。ありがとう」
次に服屋に立ち寄った。もみじは店先で何度も遠慮していたが、俺は構わず何着か見繕って買ってやった。
「そんな、悪いです。私、これ以上何もいただけません……」
「いいから。似合ってるしさ。俺があげたいんだよ」
「う……で、では、お言葉に甘えて」
照れくさそうに袋を抱えるもみじ。
※
次は昼食を取ろうと酒場に入った。
木のテーブルに案内され、料理を待つ間、少し離れた席から騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、俺は王国のテイマーだぞ。金払うってどういうことだよ」
「い、いえ、テイマー様でもお金を払っていただく決まりになってまして……」
「はあ!? おい、ケルベロス。こいつ食い殺せ」
「ひ、ひいい」
「お、お父さんを離してくださいっ」
声のする方をちらりと見ると、この店のマスターに凄んでいる男の足元に、三つ首の巨大な犬がのっそりと寝そべっていた。
――うわ。本当にあんなテンプレみたいな奴、いるんだな。
かかわらないようにしよう。きっと、この世界にも衛兵か何か、対処してくれる人たちがいるはずだ。
そう思って視線を逸らした、その時。
「あ!おーい!お前。あの時のハズレテイマーじゃねえか」
――うわ、向こうから来るのかよ。
ニヤついた顔で、大股にこちらへ近づいてくる。
「こんなところで何してんだ?」
「いや、別に。昼ごはん食べに来たところ」
「ちぇっ、つまんねーやつだなぁ。お?」
男の視線がもみじに向いた。舐め回すような目つきに、俺は思わず眉をひそめる。
「おいお前。この可愛い子誰だよ」
馴れ馴れしく手を伸ばしてきた男に、もみじがとっさに身を引いた。
「っ! やめてください!」
「お〜、いいねえ」
男はにやりと笑って、俺を見た。
「そうだお前、テイマーなら、そいつを賭けて俺と勝負しろよ」
「断る」
「……あ?」
「もみじは物じゃない。勝手に賭けの対象にするな」
男の顔から笑みが消えた。
「お前、俺に逆らうのか?」
足元に寝そべっていたケルベロスが立ち上がる。三つの頭が低く唸り、店内の空気が張り詰めた。
もみじが俺の服の裾を握る。
「タケル様……」
怖がっている。
それでも、俺の後ろへ逃げようとはしなかった。
「賭けはしない」
俺は男を正面から見返した。
「もみじを馬鹿にしたことを取り消せ」
「おいおい、いい感じにイキがっちゃてるじゃん。Fランクの雑魚のくせによお」
男は胸を張って、自慢げに笑った。
「お前、後悔しても知らねえぞ」
やけに堂々とした態度に、思わず息を呑む。
――もしかして、本当にやばい相手なのか?
隣を見ると、もみじも少し不安げな顔でこちらを見上げていた。
「た、タケル様……」
「俺のケルベロスとやる気かよ。ランクEのケルベロスとよお!!」
男は勝ち誇ったように腕を組んだ。周囲の客たちがざわめく。
「ランクE……!?」
「やっぱりケルベロスには勝てないよ」
「兄ちゃん、やめとけ! ランクEなんて、冒険者十人相当だぞ」
「……え?」
ランク、E?




