ボロ屋敷と、虫が苦手な狐娘
召喚を終えて疲れ果てた俺は、召喚所の近くの宿に宿泊していた。もみじも一緒だ。
目を覚ますと、部屋の隅に小さな狐がいた。
「あれ、迷って入ってきたのかな?」
人懐っこい様子で、するりと足元に体をすり寄せてくる。
早く撫でろと言わんばかりに、ぐいぐい額を押し付けてきた。
俺は、犬とか猫とか、昔からああいう生き物に弱かった。
「お〜、よしよし」
思わず抱き上げる。ふわふわの毛並みが、想像以上に柔らかい。腕の中でくるりと丸まって、心地よさそうに目を細めた。
「やわっこくて、お前は可愛いな〜」
そこから、喉の下、耳の後ろを撫でた。
「ほら、よしよ〜し」
――その体が、ふいに虹色の光に包まれた。
部屋いっぱいに広がっていく。
光が収まると。
もみじになった。
喜びながら身をすり寄せてくる。
「ま、まさか」
「タケル様ぁ。もっと撫でてください〜」
「え、いや! ちょっと!」
俺は反射的に体を離した。
「ご、ごめん! 嫌だったよな?」
「嫌じゃないですよ? おかわりです!」
全身を撫でくり回さなくて、本当に良かった。
「って!もみじ、変身できるのか?」
「はい、そうみたいです……自分でも、今初めて知りました」
もみじはまだ少し頬を赤くしたまま、こくりと頷く。
試しにもう一度、と促すと、もみじは小さく息を吸って集中するそぶりを見せた。目の前で淡く光り、また小さな狐に変わる。
「おお、本当だ」
狐姿のもみじは、こてんと首を傾げてこちらを見上げてくる。仕草の一つ一つに、まだ人型の時の面影が残っていた。
ステータスを開くと、表示が変わっている。
【フォックス(狐型)】
「考えられるのは、属性変化、か?」
そういえば人型に変身とか書いてあった気がする。ここで言う「属性」って、火とか水とかだけじゃなくて、こういうことも含むのか――そう思いながら、詳しいステータスに目を通す。
【力:F】
【魔力:D(愛情値補正+2)】
【素早さ:F】
【ランク:D】
「え? Dランク?」
昨日見た時は確かFランクだったはずだ。数字の並びを二度見して、俺は首をひねった。
もみじも人の姿に戻り、覗き込むようにステータス画面を見つめる。
「上がってる、ということですよね?」
「だと思う。ん? 魔力のところ何か書いてある。愛情値補正?」
そういえば昨日なんかアナウンスされた気がする。
ぐうぅぅ。
もみじがお腹をおさえて真っ赤な顔をしている。
「とりあえず、ご飯にしよっか」
「うぅぅ……はい」
※
ご飯を食べて、俺たちは手配されたファーム(モンスター育成所)に向かう。
物騒な名前の山が見えてきた。
「デストロイ・マウンテン、か……」
マーガレットさんから渡された地図には、はっきりそう書いてある。
ずいぶん直球な名前だ。
その山のふもと。深い森の中に、俺たちが暮らすことになるファームはあった。
――見るからに、ボロボロだった。
「し、自然が豊かで、のんびりできそうなところですね!」
「あ、ああ! そうだな!」
もみじは本当にいい子だと思う。
「じゃあ、まずは家の中を綺麗にしようか」
「はい! 任せてください! もみじ、頑張ります!」
胸の前で両手を握り、もみじが元気よく答える。その頭上では、狐の耳もやる気に満ちた様子でぴんと立っていた。
「よし。それじゃあ、開けるぞ」
「はい!」
俺は扉へ手をかけた。
ギギギ、と不気味な音を立てながら、扉がゆっくり開いていく。
家の中から無数の小さな影が、いっせいに飛び出してきた。
「きゃあああああーーっ!!!!」
「も、もみじ!?」
振り向いた時には、もう遠くまで逃げていた。
「足、速いな……」
俺は虫が飛び交う玄関の前で、しばらく立ち尽くした。
※
「さて、どうしたもんか」
もみじを追いかけたいところだが、虫をどうにかしない限り、連れ戻しても同じことになる。
俺は口元を袖で覆い、恐る恐る家の中をのぞき込んだ。
机の上に置かれた一冊の本が目に留まった。
『デストロイファームの全て』
「山だけじゃなくて、ファームもデストロイなのかよ」
本を開いてみるとなぜか読める。
異世界転移の特典なのだろうか。
目次から「むしよけ」の項目を探す。
そこには、草の絵とともに対処法が書かれていた。
――虫が出たら、魔除け草を家の周りに置くべし。
どうやら、この森に生えている草らしい。葉の形や色まで細かく描かれている。
「これなら、俺にも探せそうだな」
本を片手に、俺は家の外へ出た。
周囲の草むらを探すこと数分。
「あった。たぶん、これだ」
本の絵と同じ、細長い紫色の葉を持つ草を見つけた。
「……よく分からないな」
特別くさいわけではない。
ただ、なぜか喉の奥が少しちくちくした。
俺はいくつか摘み取り、本に書かれていたとおり、家の周囲へ並べていった。
最後の一本を置いた、その直後。
ブワッ、と空気が震えた。
「うわっ!」
壁の隙間や屋根裏から、虫たちがいっせいに飛び出してくる。
「ひゃあああああああっ!!!!」
遠くから、もみじの叫び声が響いた。
「よく効いたな……」
※
虫がいなくなった家へ入り、俺は一人で掃除を始めた。
窓を開け、床を掃き、古くなった家具を外へ運び出す。
しばらくすると、玄関の陰から何かがこちらをのぞいていることに気づいた。
茶色い髪。その上から、狐の耳が少しだけ見えている。
「もみじ?」
声をかけると、耳がびくりと動いた。
やがて、もみじがおそるおそる姿を現す。
その表情は、ひどく申し訳なさそうだった。
「タケル様、ごめんなさい。わたし、タケル様のモンスターなのに、逃げてしまって……」
「苦手なんだろ? どうってことないさ」
俺は箒を置き、もみじの方へ向き直った。
「それより、気分は大丈夫か?」
「タ、タケル様〜〜!」
「うわっ!」
もみじが勢いよく駆け寄ってくる。
どうにか受け止めると、もみじは俺の胸元へ顔を押しつけた。
――ピコン。
【もみじの愛情が1上昇しました】
まただ。
どうやら、俺の言動によってもみじが喜ぶと、愛情が上昇するらしい。
「よし。虫はもういないから、今度は一緒にやろう」
「はい! 今度こそ、もみじに任せてください!」
立ち直るのも早かった。
もみじは俺から箒を受け取ると、張り切って床を掃き始めた。
【個体名:もみじ】
【種族:フォックス(人型)】
【力:F】
【魔力:D(愛情値補正+2)】
【素早さ:D(愛情値補正+1)】
【ランク:D】
【もみじの愛情値が一定値を達成しました。 技:鬼火 を習得しました】




