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2/10

ボロ屋敷と、虫が苦手な狐娘

 召喚を終えて疲れ果てた俺は、召喚所の近くの宿に宿泊していた。もみじも一緒だ。


 目を覚ますと、部屋の隅に小さな狐がいた。


「あれ、迷って入ってきたのかな?」


 人懐っこい様子で、するりと足元に体をすり寄せてくる。


 早く撫でろと言わんばかりに、ぐいぐい額を押し付けてきた。


 俺は、犬とか猫とか、昔からああいう生き物に弱かった。


「お〜、よしよし」


 思わず抱き上げる。ふわふわの毛並みが、想像以上に柔らかい。腕の中でくるりと丸まって、心地よさそうに目を細めた。


「やわっこくて、お前は可愛いな〜」


 そこから、喉の下、耳の後ろを撫でた。


「ほら、よしよ〜し」


 ――その体が、ふいに虹色の光に包まれた。


 部屋いっぱいに広がっていく。


 光が収まると。


 もみじになった。


 喜びながら身をすり寄せてくる。


「ま、まさか」


「タケル様ぁ。もっと撫でてください〜」


「え、いや! ちょっと!」


 俺は反射的に体を離した。


「ご、ごめん! 嫌だったよな?」


「嫌じゃないですよ? おかわりです!」


 全身を撫でくり回さなくて、本当に良かった。


「って!もみじ、変身できるのか?」


「はい、そうみたいです……自分でも、今初めて知りました」


 もみじはまだ少し頬を赤くしたまま、こくりと頷く。


 試しにもう一度、と促すと、もみじは小さく息を吸って集中するそぶりを見せた。目の前で淡く光り、また小さな狐に変わる。


「おお、本当だ」


 狐姿のもみじは、こてんと首を傾げてこちらを見上げてくる。仕草の一つ一つに、まだ人型の時の面影が残っていた。


 ステータスを開くと、表示が変わっている。


【フォックス(狐型)】


「考えられるのは、属性変化、か?」


 そういえば人型に変身とか書いてあった気がする。ここで言う「属性」って、火とか水とかだけじゃなくて、こういうことも含むのか――そう思いながら、詳しいステータスに目を通す。


【力:F】

【魔力:D(愛情値補正+2)】

【素早さ:F】

【ランク:D】


「え? Dランク?」


 昨日見た時は確かFランクだったはずだ。数字の並びを二度見して、俺は首をひねった。


 もみじも人の姿に戻り、覗き込むようにステータス画面を見つめる。


「上がってる、ということですよね?」


「だと思う。ん? 魔力のところ何か書いてある。愛情値補正?」


 そういえば昨日なんかアナウンスされた気がする。


 ぐうぅぅ。


 もみじがお腹をおさえて真っ赤な顔をしている。


「とりあえず、ご飯にしよっか」


「うぅぅ……はい」



  ※



 ご飯を食べて、俺たちは手配されたファーム(モンスター育成所)に向かう。


 物騒な名前の山が見えてきた。


「デストロイ・マウンテン、か……」


 マーガレットさんから渡された地図には、はっきりそう書いてある。


 ずいぶん直球な名前だ。


 その山のふもと。深い森の中に、俺たちが暮らすことになるファームはあった。


 ――見るからに、ボロボロだった。


「し、自然が豊かで、のんびりできそうなところですね!」


「あ、ああ! そうだな!」


 もみじは本当にいい子だと思う。


「じゃあ、まずは家の中を綺麗にしようか」


「はい! 任せてください! もみじ、頑張ります!」


 胸の前で両手を握り、もみじが元気よく答える。その頭上では、狐の耳もやる気に満ちた様子でぴんと立っていた。


「よし。それじゃあ、開けるぞ」


「はい!」


 俺は扉へ手をかけた。


 ギギギ、と不気味な音を立てながら、扉がゆっくり開いていく。


 家の中から無数の小さな影が、いっせいに飛び出してきた。


「きゃあああああーーっ!!!!」


「も、もみじ!?」


 振り向いた時には、もう遠くまで逃げていた。


「足、速いな……」


 俺は虫が飛び交う玄関の前で、しばらく立ち尽くした。


     ※


「さて、どうしたもんか」


 もみじを追いかけたいところだが、虫をどうにかしない限り、連れ戻しても同じことになる。


 俺は口元を袖で覆い、恐る恐る家の中をのぞき込んだ。


 机の上に置かれた一冊の本が目に留まった。


『デストロイファームの全て』


「山だけじゃなくて、ファームもデストロイなのかよ」


 本を開いてみるとなぜか読める。


 異世界転移の特典なのだろうか。


 目次から「むしよけ」の項目を探す。


 そこには、草の絵とともに対処法が書かれていた。


 ――虫が出たら、魔除け草を家の周りに置くべし。


 どうやら、この森に生えている草らしい。葉の形や色まで細かく描かれている。


「これなら、俺にも探せそうだな」


 本を片手に、俺は家の外へ出た。


 周囲の草むらを探すこと数分。


「あった。たぶん、これだ」


 本の絵と同じ、細長い紫色の葉を持つ草を見つけた。


「……よく分からないな」


 特別くさいわけではない。


 ただ、なぜか喉の奥が少しちくちくした。


 俺はいくつか摘み取り、本に書かれていたとおり、家の周囲へ並べていった。


 最後の一本を置いた、その直後。


 ブワッ、と空気が震えた。


「うわっ!」


 壁の隙間や屋根裏から、虫たちがいっせいに飛び出してくる。


「ひゃあああああああっ!!!!」


 遠くから、もみじの叫び声が響いた。


「よく効いたな……」


     ※


 虫がいなくなった家へ入り、俺は一人で掃除を始めた。


 窓を開け、床を掃き、古くなった家具を外へ運び出す。


 しばらくすると、玄関の陰から何かがこちらをのぞいていることに気づいた。


 茶色い髪。その上から、狐の耳が少しだけ見えている。


「もみじ?」


 声をかけると、耳がびくりと動いた。


 やがて、もみじがおそるおそる姿を現す。


 その表情は、ひどく申し訳なさそうだった。


「タケル様、ごめんなさい。わたし、タケル様のモンスターなのに、逃げてしまって……」


「苦手なんだろ? どうってことないさ」


 俺は箒を置き、もみじの方へ向き直った。


「それより、気分は大丈夫か?」


「タ、タケル様〜〜!」


「うわっ!」


 もみじが勢いよく駆け寄ってくる。


 どうにか受け止めると、もみじは俺の胸元へ顔を押しつけた。


 ――ピコン。


【もみじの愛情が1上昇しました】


 まただ。


 どうやら、俺の言動によってもみじが喜ぶと、愛情が上昇するらしい。


「よし。虫はもういないから、今度は一緒にやろう」


「はい! 今度こそ、もみじに任せてください!」


 立ち直るのも早かった。


 もみじは俺から箒を受け取ると、張り切って床を掃き始めた。


【個体名:もみじ】

【種族:フォックス(人型)】

【力:F】

【魔力:D(愛情値補正+2)】

【素早さ:D(愛情値補正+1)】

【ランク:D】


【もみじの愛情値が一定値を達成しました。 技:鬼火 を習得しました】

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