ハズレスキルと、狐の女の子
お読みいただきありがとうございます!
第1章まで書き終えたので投稿します。1章=10話予定です。
お付き合いいただけたら嬉しいです!
「――ご主人様!」
虹色の光の中から現れたのは、狐の耳と大きな尻尾を持つ、女の子だった。
その女性が、勢いよく俺に抱きついてくる。
「う、うわっ……!」
突然の出来事に、頭が真っ白になった。
目の前の鑑定機に表示されている種族名は、フォックス。
この世界で最も弱いとされる、最低ランクのモンスターだ。
それがなぜか、人の姿になっていた。
――どうして、こうなったのか。
話は、ほんの数時間前にさかのぼる。
※
「ハズレだな」
偉そうな男は、俺のステータスを一瞥するとそれだけ言って背を向けた。
「もういい。お前は代表候補から外れだ」
俺は三井健。
前の世界では教員をしていたが、ついさっき、この世界へ転移してきたばかりだ。
説明によれば、ここは「モンスターを育てて戦わせる世界」らしい。
人々はテイマーとしてモンスターを育て、各地で開かれる大会で戦わせている。
異世界から転移してきた者には、モンスターの育成に役立つ「ユニークスキル」が与えられる。この国は、そ
の力を見込んで俺たちを召喚したのだという。
目的は、俺たちを国の代表として大会へ出場させるため。
一緒に転移してきた奴らは、誰もが名前を聞いただけで強さが分かるような、ユニークスキルを持っていた。
一方、俺に与えられたのは――。
【愛情】
【モンスターから好かれやすくなります(極小)】
【属性変化】
【モンスターの属性を変化させます】
転移者がユニークスキルとして、この二つを与えられた例は初めてらしい。
ただし、同じ名前の通常スキルなら、この世界のテイマーは誰でも持っているそうだ。
つまり、国の代表候補として特別な価値はない。
そう判断され、俺は転移して早々に見放された。
※
「うおおお! 俺はサーベルタイガー、ランクEだぜ!」
「いいじゃねえか! 俺はフェンリルのランクEだ!」
周りから、次々と召喚を終えた転移者たちの声が聞こえてくる。
まだ召喚を終えていない俺のところへ、連中が集まってきた。
「はい、健さん。こちらに集中してくださいね」
声をかけてくれたのは、ギルドで召喚を担当しているというマーガレットさんだった。
穏やかな声に促され、目の前に置かれた水晶へ手を触れる。
「おい、あいつのモンスター、なんだと思う?」
「そりゃ、ネズミとかリスとかじゃねえの?」
「よっわ。何もできねえじゃん」
好き勝手なことを言われているが、今さら腹も立たなかった。
しばらくして水晶の光が消えると、マーガレットさんは手帳に視線を落とした。
「あなたの適性なら、フォックスを召喚できそうね」
「フォックスですか? なんか、かっこよさそうですね!」
「ええ。こんな子よ」
差し出された鑑定機の画面には、鋭い牙をむき出しにした、巨大な狐の姿が映っていた。
「うわぁ……」
「見た目は少し怖いけれど、賢くて懐きやすい子よ」
画面の端に表示されたモンスターランクは、最低のF。
それを見て、周りがどっと笑いに包まれた。
「F? 雑魚じゃん」
「やっぱりハズレはハズレだよな。行こーぜ」
なんとでも言えばいい。
代表候補から外れた時点で、もう関わることもない連中だ。
「ランクなんて気にしなくていいわ。この世界にいるモンスターの九割は、ランクFなんですから」
「はあ。そうなんですね」
「それじゃ、さっそく召喚してみましょうか」
マーガレットさんに促されるまま、部屋の中央に描かれた儀式の輪へ足を踏み入れる。
言われたとおりに目を閉じ、教わったばかりの詠唱をなぞっていく。
「こいこい、こいこい、ぽん、ちー、かん」
「そう。そのまま詠唱を続けて」
「はい! こいこい、こいこい……」
魔法陣から白い光が立ち昇り、その中心にフォックスらしき影が現れる。
鋭く尖った耳と、ふさふさした尻尾。
ただ、鑑定機で見た姿よりも、ずいぶん小さい。
そう思った瞬間――異変が起きた。
魔法陣から放たれていた光が、白から虹色へ変化する。
同時に、体の奥から何かが吸い出されていくような感覚に襲われた。
視界の端で、半透明の文字が点滅する。
【転移者による使用を確認しました】
【『属性変化』が更新されました】
【『属性変化+』が発動します】
「発動って、何が――」
光の中にいたフォックスの姿が変わっていく。
四本の脚が細く伸び、胴体がゆっくりと起き上がる。獣だった影が、少しずつ人の形へ近づいていった。
「女の子……?」
俺が呟いた直後、虹色の光が弾けた。
※
現れた女の子が俺から離れたのは、それから数秒後だった。
「――あ」
ぱっと身を離すと、彼女はみるみるうちに顔を赤くしていく。
「ご、ごめんなさい……! 思わず、体が勝手に……。あれ? わたし、体が?」
自分の手足を見下ろし、彼女は目を丸くした。
狐の耳は困ったように伏せられ、大きな尻尾が落ち着かなさそうに揺れていた。
「い、いや、俺の方こそ、その、変な声を出して悪かった」
「そんな、謝らないでください! わたしの方こそ、いきなり抱きついてしまって……」
二人して意味もなく謝り合っていると、マーガレットさんが口元を押さえて笑いを堪えているのが見えた。
「ふふ。ずいぶん仲のよい主従になりそうね」
「あ、うぅ……」
顔を赤くした彼女が、小さくなってしまう。
俺は自分のステータス画面を開いた。
先ほどまでとは、スキルの表示が変わっている。
【愛情+】
①モンスターから好かれやすくなります(極大)
②愛情値を獲得します。一定値に達すると、能力上昇や技の習得が発生します。
【以降の効果は、条件を満たすまで閲覧できません】
【属性変化+】
①モンスターを人型属性へ変化させます。
②能力が条件を満たすと、モンスターのランクが変化します。
【以降の効果は、条件を満たすまで閲覧できません】
「何だ、これ……」
読んではみたものの、いまひとつ意味が分からない。
難しいことを考えるのは、昔からあまり得意ではなかった。
「健くん、こちらも見てちょうだい」
マーガレットさんに呼ばれ、鑑定機をのぞき込む。
【個体名:もみじ】
【種族:フォックス(人型)】
【力:F】
【魔力:F】
【素早さ:F】
【ランク:F】
「マーガレットさん。フォックスには、こういう人型もいるんですか?」
「いいえ。聞いたことがないわ。フォックスは普通、完全な獣型のはずよ」
マーガレットさんは、何度も鑑定機と彼女を見比べている。
女の子がかしこまって、こちらに体を向けた。
「その……改めまして。もみじ、と申します。至らないところも多いと思いますが、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げるもみじに、俺も釣られて姿勢を正す。
「あ、ああ。俺は三井健。……こちらこそ、よろしく」
「はい。……タケル様」
もみじは、嬉しそうに俺を見上げた。
決めた。
俺はモンスターを、戦いの道具として扱わない。
この子と一緒に、この世界で静かに暮らしていくんだ。
前の世界では教員だった。
テイマーや戦いのことは何も分からないが、もしこの世界にも学校があるのなら、俺にだって何か教えられる
かもしれない。
そもそも、この世界に学校はあるんだろうか。
その時――。
――ピコン。
目の前に、半透明の文字が浮かび上がる。
【もみじの愛情値が2上昇しました】
【『属性変化+』の条件が満たされました】
【もみじのランクが変化します】
「……え?」
俺の呟きに、もみじが小さく首をかしげる。
その仕草に合わせて、狐の耳がぴょこりと動いた。




