王子の休日
(……はぁはぁ、ようやく学園の外までたどり着きましたわ……)
門の外へ着くと、ラスティをおろす。
ラスティは息切れするローゼリアを見つめたまま動かなかった。
「あ、あのラスティ様、私の顔に何か」
「いや、ローゼリアの凛々しい姿に見とれていた……」
(何を言っているのかしらこの王子は)
「で、ラスティ様、これからどうされるおつもりですか?」
「……正直言って、興奮している」
「へ?」
「授業を抜け出したことも、ロープを使って壁を伝ったことも、ローゼリアに抱えられたことも、全部初めてだ……私は、頑張ればこんなことも出来るんだな……」
ラスティは自分の手のひらを眺め、感嘆する。
その傷一つない手のひらを、ローゼリアは覗き込む。
(……ラスティ様は、王宮の中で蝶よ花よと育てられたのでしょうね。そのおかげで穏やかな性格になられた……まぁちょっと天然ですけれども)
「ラスティ様、私と市街へ出かけませんか?」
「市街へ……?なるほど、リシリュー宰相の話に出てくるデートとやらだな。で、市街で何をするんだ」
「市街をぶらぶらするのです。さぁ、行きますよ」
ローゼリアはラスティの手を引き、市街へと歩き出した。
ラスティの指は、握ると潰れてしまいそうなほど繊細で、ローゼリアは出来るだけ優しく包み込むように握った。
「……本当に、リシリュー宰相の小説に出てくる恋人たちのようだな」
「何を言ってらっしゃるのです?私たちは婚約者ですわよ」
「婚約者……そうだな……!」
ラスティは表情を明るくすると、ローゼリアの横に並ぶ。
貴族街を抜けると長い街路樹が続く。
足を踏み入れると、ラスティは目を輝かせて街並みを見上げた。
「ローゼリア!いい匂いがするぞ」
「ああ、そこは焼き菓子屋ですね」
「そうなのか。私はあれを食べてみたいぞ。王宮へ持ってこさせよう」
「え、ラスティ様、ちょっ」
制止するローゼリアをよそに、ラスティは店へ入っていく。
「いらっしゃいま……その制服にその顔は……ラ、ラスティ王子……?」
「いかにも。この店の商品を全て包んで王宮へ運んでほしい。こんな商品初めて見た。全て食べ比べてみたい。私は甘いものが好きなんだ」
「ちょっ、ラスティ様、おやめください」
店主に頭を何度も下げるローゼリアと、首を傾げるラスティ。
(この方、本当に城の外のことを知らないのね……デートというか庶民の生活見学みたいですわ)
ローゼリアはクッキーの包みを一つ買うと、店の外で袋を開け、一枚ラスティの口に突っ込んだ。
「は、はにをふうんだ」
「ラスティ様が食べたいとおっしゃったので」
「こんな場所で立ったままとはお行儀が悪いだろう」
「でも、それが庶民の生活というものです」
「……庶民の……」
「もし気に入ったら、王宮でお引き立てなさったらよろしいのではないでしょうか」
ローゼリアもクッキーを口にすると、ラスティはその姿をじっと見つめる。
(……まるで、親を見て行動を学ぶ子供みたいで可愛いですわ……)
クッキーを一つ食べ終わると、ラスティはローゼリアが持つ袋の中からクッキーをもう一つ取り出す。
「……美味しいな。美味しいものは全て王宮の中にあると思っていた」
「味だけではなく、環境や状況、一緒に食べる人なども、おいしい食事の要因となるのですよ」
そう微笑むと、ラスティはクッキーを無邪気に食べるローゼリアを見つめ、呟いた。
「……だったら、今このクッキーが美味しいのは……ローゼリア、君がそばにいるからだな」
(……え?)
「この、初めて見る美しい街並みも、王宮内では感じることのない風も、大勢の人の声も、全てがこのクッキーを美味しくしている。……でもきっと、一番の要因は、君が隣にいて、同じものを食べている。……それだ」
「そ……そうですか……」
(突然何を言い出しますのこの王子ーーーー!!!??)
「君がいるから街並みも美しく見える。人のさざめきも宮廷オーケストラのように聞こえる。……きっと、そういうことなんだ」
「ちょ、ちょっと言い過ぎではありませんかね」
「言いすぎじゃない。私はずっと君を見てきた。君がいれば世界は輝いて見える」
ラスティは穏やかな表情を向け、ローゼリアの手を握った。
「ローゼリア、やはり私は君の婚約を破棄する気にはなれない」
(え……)
「良い雰囲気のところ申し訳ありませんけど、ここは市街地ですのでプロポーズはお控えくださいませんかね」
「エンデ!?」
突然、向き合う二人の横にエンデが現れる。
ローゼリアは驚き、急ぎ後退した。
「はぁ……私が先生に呼び出されているうちにいなくなるとは……」
「……よく私たちの居場所がわかりましたわね」
「わかりますよ、お嬢様の居場所なんて簡単に」
(この男……末恐ろしい通り越してやや気持ち悪いですわ……)
ローゼリアはラスティの顔を見る。
エンデの登場に全く驚いていないどころか、まったく気圧されることなく、じっとエンデを見つめていた。
「エンディミオン、私はお前にローゼリアを譲る気はない」
「やっと気持ちが定まったんですか、全くもう。手がかかる従兄弟ですねあなたは」
(……何だかよくわかりませんが、二人の仲も深まったようで良かっ……あれ)
「というわけで、これから結婚まで事を進めるぞ、ローゼリア」
「何を言っているんだ。お嬢様がお前を選ぶなんて一言も言っていないぞラスティ」
(私がこのお二人の内どちらかを選ばないと、この戦いは終わらないということですわね……)




