海に恋した月の王子
家族への説教が終わると、エンデはアンベルに指示し、兵たちの宴会を終わらせた。
しかし二十日も酒に酔っていた兵たちは使い物にならず、三日ほど酔い覚めの休暇が与えられた。
家臣たちにも呼び出しの鳩を飛ばすと、エンデは疲れ切り、ローゼリアの肩で軽く仮眠をとった。
(お疲れさまでしたわ、ゆっくりお休みになって……)
エンデが目を覚ましたのは、日が沈む頃だった。慌てて厨房へ行こうとするエンデをリーゼルトが止める。もうすでにテーブルには豪勢なご馳走が並んでいた。
(……二十日も機能が止まっていて、どこにこんな豪勢な食事を用意できる準備があったのかしら……)
ローゼリアはアンベルと横目で見る。そこには詮索は不要、と言ったアンベルの底知れぬ笑顔があった。
夕食を終え、部屋に戻ったローゼリアは、明かりも付けず、海に面したバルコニーへ出る。
海に浮かぶ月は、海の水面に反射して、母国よりも大きく見えた。
「潮風にあたるのは体に悪いですよ」
エンデが夜着を持って部屋へ入ってくると、ローゼリアは髪を耳にかけた。
「あらエンデ、家族会議は終わったの?」
「会議なんてもんじゃありませんよ。ひたすら質問攻めにあうだけの空間です。全くお喋りが好きな人たちです」
「エンデと血がつながっているのは面白い所だわ」
「やめてください。汚点ですよ」
深いため息をつくと、エンデはベッドの上に夜着を置き、バルコニーに出てくる。
ローゼリアの横に並ぶと、恥ずかしそうな顔をしてローゼリアを見つめた。
「お恥ずかしい姿を見せました」
「何のこと?」
「……いえ、わからないのならいいです」
「あんなに家族と素直に言い合えるなんて羨ましいわ」
「……わかってるじゃないですか」
「あら何のことかしら」
ローゼリアがくすくす笑うと、エンデは恥ずかしそうにバルコニーの手すりに顔を埋めた。
「それにしても、海に浮かぶ月というのは綺麗なものね。エンデは素敵な国に生まれたわ」
「ありがとう……ございます」
「それに、海が月に照らされて、夜の闇と深い青色が混ざって幻想的ね。まるでエンデの髪色と目の色みたい」
海を指差し、ローゼリアが笑うと、エンデは少し驚いた表情を浮かべ、恥ずかしそうに顔を背けた。
「お嬢様は、初めて会った時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「ええ……ついこの間、夢にも見たわ」
「夢に……!?」
「そう。私が我儘で引きこもって、あなたは嘘をついてくれたのよね」
「ああ、うん……まぁ、そうなんですが。……それ以外は?」
「あなたの目を見て、蒼玉みたいだと言ったわ。今思えば、蒼玉というより、サイディリアの海の色だったのかもしれないわね。私、やっぱり、あなたの目が好きだわ」
そう笑いかけると、エンデは手すりを強く握り、額をこすりつけた。
(ど、どうしたのかしら……家族会議で頭がおかしくなった……?)
エンデは手すりにもたれかかると、拗ねたようにローゼリアの方を見る。
幼いその表情に、思わずローゼリアは目を閉じ悶絶した。
「お嬢様は、サイディリア王国に伝わるおとぎ話をご存じですか?」
「お伽話?」
「月に住む王子は、地上の海の美しさに恋をして、海の底を覗いているうちに地上に落ちてしまった。それ故、サイディリアの海は月の光が大きく反射するほど美しい、という話です」
「随分とロマンティックね」
「その王子の名前がエンディミオンといいます。私の名前の由来です」
「月の王子……素敵じゃない」
「素敵じゃありません。私の兄たちと父を見たでしょう。サイディリア王家は代々、青い髪に黒い瞳と決まっているのです。けど、私はその逆。生まれた当時、縁起が悪いからこの子は王家から追い出さなければならないと言われ、私は他国へ渡りました。サイディリアの王子であることを忘れないように、と、エンディミオンなどとつけられてしまったのです」
(そうか……エンデは最初からこの国を追われる運命でしたのね……)
「……素敵な御両親をお持ちになられましたね」
「いえ、名づけはあの長兄です。当時読んでいた絵本がその物語だったのでただの気まぐれなのでしょうが、両親はそれはいいと同意し、こんな名前になりました」
(リーゼルト様……昔からあの調子なのですね……)
「……そして、あなたと出会った」
水面に反射する月の光がエンデの髪と目に映る。
「綺麗ですわね」
「何がですか」
「あなたの髪と目がよ。やはりあなたはサイディリアの生まれで、この国の者なのだと……思ってしまったわ」
(何でかしら、こんなに綺麗なのに、寂しく思ってしまうわ)
ローゼリアは目を伏せ、穏やかなさざ波の音に耳を澄ませる。
すると、エンデはローゼリアを後ろから抱きしめた。
「エ、エンデ!?」
「言ったでしょう。潮風に当たるのは体に良くないと」
「……だからと言って……」
恥ずかしそうに頬を染めると、エンデはローゼリアの首を抱きしめるように覆いかぶさる。
背中に伝わる温もりに、心臓が跳ね上がる。
「……俺は、この国で異物扱いされてきました。家族はあんなんだから俺を差別したりはしませんでしたが、家臣の中には、不吉だと避ける者もいました。そんな時、レーゼンベルク王国へ身柄を移され、アレクシュタイン家に養子として入った」
ローゼリアの襟元を握る指に、手のひらを重ねる。
そんな心細い状態のエンデに、自分はなんという仕打ちをしたのだろう、と。
「……そこで出会ったあなたは、不吉の証であるこの目を、綺麗だと言ってくれた。それに、俺は……救われたんです」
耳元で囁くエンデの声は、か細く、震えているように聞こえた。
「お嬢様……俺は……」
「エンディミオン!久しぶりに夜の探検に出ようではないか!……ん?お邪魔だったか……?」
リーゼルトが上の階のバルコニーから逆さになって姿を現すと、ローゼリアは海を引き裂くような悲鳴を上げた。
「……リーゼルト……」
「あ!またお兄様が抜けているぞ。リーゼルトお兄……さ……」
エンデは部屋の中にたてかけてある箒を持ち出しリーゼルトの首をめがけて殴りかかる。
「リーゼルト!」
エンデが再び声をかける頃にはリーゼルトは姿を消していた。
(本当、家族仲がよろしくて羨ましいですわね)
リーゼルト相手に本気になるエンデを微笑ましく思いながらも、ローゼリアは背中に残るぬくもりに心臓を焦がした。
鎮まるようにしゃがみ込むと、「お嬢様!?具合が悪いのですか」と駆け寄ってくるエンデにそっぽを向き、そのままベッドへもぐりこんだ。




