エ、エンディミオン……?
(何だか大変なことに巻き込まれてしまいましたわ……)
揺れる馬車の中、続く森の中の景色をローゼリアは窓から眺める。
「……お嬢様、巻き込んでしまい申し訳ございません……」
「エンデが謝ることはなくってよ。隣国の視察だと思えばいいのよ」
「そう言っていただけるとありがたいです……」
エンデはいつもの執事服ではなく、武闘大会で着ていた騎士服を着て、髪も綺麗に整えられていた。
(本当に王子様みたいですわ……まぁ、本当に王子様なのですけれども)
「どうされましたか」
「いえ、本当に王子様でしたのね、と実感していたのですわ」
「……そうですか」
恥ずかしそうに顔を背けるエンデを見て、ローゼリアは心が跳ね上がる。
(か、可愛いですわー……!)
人は見た目によってこれほど印象が変わるのだとローゼリアは感心した。
「エンディミオンを見たら、父上は感激して寝込んでしまうかもしれないな」
「そうですわよ、是非エンディミオン様を国王に、そして元婚約者の私を王妃に、とおっしゃるかもしれませんわぁ~」
正面にいるリーゼルトとリンデールをうんざりした目で眺めると、ローゼリアはため息をついた。
(はぁ……この方々も一緒なのでした……)
ローゼリアはエンデの腕を摘まむ。するとエンデは腰を浮かし、ローゼリアとの距離を詰めた。
「何だか空気が変わって参りましたわよね」
「そうですわね、そろそろサイディリア王国に着きますわ。窓をご覧ください」
一斉に窓へ視線が集まる。
一面緑に染まっていた窓が、きらめきを放つ青い海に染まっていく。
「海、ですか」
「ええ。サイディリア王国は海岸を沿うように国土が広がっております。そしてその背部は山。難攻不落な地形をしていますわ。気候も温暖で資源も潤沢ですから、戦も少なく、国民は自由気ままに過ごしております」
(なるほど、変な人が多いのはそういう理由だったんですのね……)
レーゼンベルク王国には海がない。ローゼリアは今世で初めて見る海に目を輝かせる。
するとエンデは窓を覗き込むローゼリアの肩に顔を乗せる。
「お嬢様、海は初めてですか」
「いいえ、でもこちらの海はものすごく綺麗ですわ」
「……こちらの……?お嬢様は今まで国外へお出かけになったことがなかったのでは……?それとも幼少期にお出かけに……?」
「あっ、そそそ、そうですわ!エンデと出会う前の話です!」
(転生のことをまだ説明していないんでした……!)
「ローゼリア様?サイディリア王国では私の方が位が上ですからお気をつけなさって。私はエンディミオン様の元婚約者なのですからね」
「あっ……ええ、そうですね」
「他国であれだけ傍若無人に振舞っておいて何をおっしゃっているのですか」
「傍若無人?私は普通に振舞っただけでしてよエンディミオン様」
「この国では、ということをおっしゃるのであれば、私はこの国では元王族なのですから、発言にはお気を付け下さいね」
エンデがそうぴしゃりと釘を刺すと、リンデールは拗ねて口を閉ざした。
(そういえば、ずっとエンデと呼んでいましたが……この国では元王子様なのですから、エンディミオン様とお呼びした方がよろしいのかしら……)
「エンディミオン様……?」
ローゼリアがそう小さく呼ぶと、エンデは大げさに体をこちらに向けて、目を見開いた。
「お嬢様……今、何と」
「エ、エンディミオン様、と……」
「どうされたのですか!?具合が悪いのですか!?何かおかしなものでも召し上がりました!?」
「なにもおかしくはないわ、この国ではあなたは私の執事ではなく王子様なんですもの……ちゃんとした名前で呼ばなければ不敬に当たるでしょう?いくら我が家の養子とはいえ、所変われば礼儀も変わりますわ」
エンデは手のひらを顔面に当てると、天を仰ぎ、唸り声を上げる。
「……お嬢様……もう一度、言っていただけますか……?」
「エ……エンディミオン様」
「呼び捨てで読んでいただくことは可能ですか……」
「エ……エンディミオン?」
両手で頭を抱えると、エンデは前かがみに上体を倒した。
(わ、私、何かおかしなことを言ってしまったかしら……?)
「リンデール嬢、今ちゃちゃを入れたらエンディミオンに殺されてしまうぞ」
「私、リーゼルト様と違って空気が読めましてよ」
「二人ともうるさいですよ……」
殺気が満ちたエンデの視線が対面の二人に向くと、二人は一斉に背中合わせに体を背け、唇を尖らせた。
(こんな方々がまだたくさんいるんですわよね……私、ちょっと心配ですわ……)




