あなた、私の執事なのですよね……
「ア、アイレリアは確かに庶民ですが、下品呼ばわりは耳に余りますわね。お取消しください、あなたも貴族の端くれでしょう」
「私は隣国の公爵令嬢ですもの、この国の庶民など私には関係ありませんわー!」
甲高い笑い声が廊下に木霊すると、ローゼリアはこみ上げる吐き気を押さえながら顔色を青くした。
「あなた、エンデ様の元婚約者だからってローゼリア様に迷惑をかけるなんて許されませんよ!」
そうアイレリアが声をかけた瞬間だった。
「「「「エンデ様の元婚約者!!!!??」」」」
廊下が揺れるほど令嬢たちの声が一斉に轟くと、ローゼリアはその大声に身を震わせる。
「あのご令嬢がエンデ様の元婚約者ですって!?」
「どこからどう見てもエンデ様とは似合いませんわ!」
「ローゼリア様よりも悪役令嬢みたいではありませんか!」
令嬢たちは遠巻きからも聞こえるほどの声でリンデールを罵倒する。
するとリンデールは小刻みに震え、令嬢たちを睨みつける。
「誰が何と言おうと私はエンデ様の婚約者ですわー!っていうか悪役令嬢ってなんですのー!」
矢のように飛んで行ったリンデールの叫び声は令嬢たちを射抜き、令嬢たちはくもの子を散らすように逃げて行った。
「全く。この国のご令嬢はしつけがなっていませんわ!」
「しつけがなっていないのはどっちですか……」
うんざりとした声が聞こえたと思ったら、急に体を抱きかかえられ、叫び声をあげる。
「騒がしいと思えば、なんでリンデール様が学園にいるんですか。お嬢様も」
「エンデ……!」
エンデはローゼリアを抱きかかえると、リンデールを無視して歩き出す。
それにアイレリアが付いていくと、リンデールはわなわなとまた震え始めた。
「エンディミオン様!私も何だか意識が遠のいていきますわ……!先ほどの令嬢たちに悪役令嬢などと意味の分からない、謂れのないことを言われて気分が……」
「そうですか、では隣国へお帰り下さいませ」
追いかけてくるリンデールを一刀両断すると、エンデは足を止めて振り返る。
「それと……二度とご自身のことを悪役令嬢などとおっしゃらないでください。悪役令嬢はお嬢様が大切にしている言葉ですので、あなたのような方に使っていただきたくありません」
強い嫌悪をリンデールに突き刺すと、エンデはローゼリアに優しく微笑み、歩く速度を速めた。
「な、何なんですのあの女……!婚約者でもないくせに……!」
(何だかややこしいことになっていそうですが、まぁいいですわ……)
*****
「全く……何でお嬢様までこんなところに来ているんですか」
「そ……それは、リンデール様がお屋敷から出て行ってしまったのに気づきまして……」
「でしたら誰かしら使用人を伴って登校してください。こんな体調で一人で行動するなど……」
「わかってますわ!でも、早くしないと、あなたに迷惑がかかると思ったのよ……」
ローゼリアは布団で顔を隠すと、体を丸める。
リンデールがいなくなった瞬間、最初に思い浮かんだのはエンデに付きまとうリンデールの姿だった。
(別に……元婚約者なのですし、それに、エンデはただの執事なのですから……別に私なんかが二人の仲を気にするなど…お門違いですわ)
布団の向こう側から、ローゼリアの頭を撫でる優しい感触が伝わる。
(そんな優しくされたら……勘違いしてしまいますわ……)
ローゼリアは心をしぼませながら眠りにつく。
ふと、エンデとの初めての出会いを思い出した。
あれはローゼリアがまだ幼い頃。同じ年ごろの男の子を我が家に迎えると両親から聞かされたローゼリアは、両親の寵愛を取られると思い、まだ出会ってもいないエンデを激しく拒絶し、部屋に引きこもった。
両親が何度呼んでもベッドから出てこず、皆、手を焼いていた。そんな時……
「ローゼリア様、初にお目にかかります、エンディミオン・サイディリアでございます」
エンデは部屋の向こう側から大声で挨拶するが、ローゼリアは聞こえなかったふりをした。
すると扉がゆっくりと開いていく。慌ててベッドに潜り込むと、頭まで布団をかぶって全てを遮断した。
「ローゼリア様、初めまして、エンディミオン・サイディリアでございます。私のせいでこの度は心を痛ませてしまい、もうしわけございません」
エンデが何か言っているが、ローゼリアはますます拒絶が強くなり、「会いたくない!あっち行って!」と泣きじゃくっていた。
するとエンデはベッドの横まで歩いてくると、静かに告げた。
「私は執事です。あなたの執事になるため、このアレクシュタイン家に参りました」
その言葉にローゼリアは泣き声を止め、恐る恐る布団の隙間からエンデの姿を見る。
艶やかな黒髪、透き通るような美しい肌、そして海よりも深い青い瞳……
「綺麗……」
この国では珍しい黒髪よりも、その青く深い瞳に吸い込まれ、ローゼリアは布団の中から姿を現す。
「綺麗?」
「あなたの髪も瞳も……とっても綺麗!瞳なんてまるで蒼玉みたい!」
ローゼリアはエンデの瞳に釘付けになり、その瞳に映る自分の姿を見て、少し恥ずかしくなった。
エンデは少しはにかみながら「ありがとう……ございます」と感謝の言葉を述べる。
(そういえば、あの時エンデは何故あんな表情をしていたのかしら……)
エンデのはにかむ笑顔を残像に残しながら、ローゼリアは目を覚ました。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
私事ながら、来週から毎週水曜日は定休日といたします。
それ以外は出来るだけ更新したいと考えているので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。




