本来の婚約者様の登場ですわー!?
アンネリーの淑女教育がアレクシュタイン家で始まって大分経つ。毎日ローゼリアがアンネリーを引きずって学園から連れ出す姿はご令嬢の間で噂になり、ひそひそと陰口を叩かれるようになりつつあった。
「ローゼリア様は聖女のような方だと思っていましたのに……」
「実はエンデ様とラスティ様で二股をかけていらっしゃるとも聞きますよ」
「そういえば昔、リシリュー様ともお話ししていた姿を見たことがありますわ」
などという男遊びに関する噂がローゼリアの耳に入るほどになっていた。
(これじゃ悪役令嬢ではなくて尻軽令嬢ですわ!)
「全く……男遊びなどしていないというのに、ご令嬢達は恋の噂話がお好きなのね」
「そりゃそうでしょう。よりにもよって、学園のご令嬢たちが憧れている方々が悉くあなたの周りにいるんですもの。ちょっとした綻びが見えたら攻撃したくなるものよ」
「別に私は殿方をとっかえひっかえしているわけではございませんわ!」
「でも周りから見たらそう見えるのよ。学園内にいるご令嬢たちは将来を誓った、自分の意思を伴わない婚約者がいて、恋することすら許されないというのに、王子様の婚約者のあなたの周りに男共が群がっていたらねぇ」
アンネリーはエンデに注いでもらった紅茶をうっとりと眺めると、そっとカップを手に取る。
香りを楽しむ姿はまるで他人事で、ローゼリアは唇を軽く噛んだ。
「で、どうするの?王子様と婚約破棄するの?するとしたら今はしないほうがいいわよ」
「……そうですわよね、今婚約破棄イベントを起こしたら大事になってしまいますわね」
「イベント……?あんたまた何かするつもりなの」
「ああいいいいえ、こちらの話ですわ、おほほほほ」
(いけないわ。アンネリー様が現実のオタクのようだからといって、転生者ではないのだから下手に用語を出してはいけませんわね)
「でも……もしあなたがエンデ様を本当にお好きなら、早めに決着した方がよろしいわよ」
「何をです?」
「エンデ様の母国で小さな内乱が起こったらしいの。そこで、エンデ様のお兄様方が王宮を追われたそうよ。で、王位継承者が今不在の状態なわけ。だから、もしかしたらエンデ様が母国に呼び出される可能性も……」
「ちょちょちょ、ちょっとお待ちになって、そんな大きな事件、何故アンネリー様が知ってらっしゃるの」
「え、エンデ様に聞いたから」
あっけらかんとした表情でアンネリーは紅茶に檸檬を入れながら答える。
ローゼリアはスプーンで混ぜる手を止め、水面はゆっくりと回転を止めた。
「てか、隣国で何かが起こっているくらいの情勢についてはみんな知ってるわよ」
「私は初めて聞きましたわ……」
「まぁ、おそらくエンデ様が情報を止めてらっしゃったんでしょうね。あんたに知られたら、また何かひと騒動起こしそうだもの」
(確かに……)
ローゼリアは何も言えず、目を閉じ、カップに口をつける。
「まぁ、情報が本当なら、近々動きがあるでしょ。あんたも覚悟しといたほうがいいわよ。あ、この情報は聞かなかったことにしなさいよ!エンデ様に嫌われたらあんたのせいだからね!」
「え、ええ……秘密は守りますわ……」
珍しく落ち込むローゼリアに、アンネリーは気が削がれ、紅茶を飲み干すと席を立つ。
「失礼しま……アンネリー様、もうお帰りですか」
「エンデ様……!ええ。学内でも意図しない噂が流れ始めてきておりますし、早めに退散いたしますわ」
「そうですか……お気をつけて」
「エンデ様も。どうか、ローゼリア様をよろしく頼みます」
アンネリーは上級貴族のご令嬢も目を見張るほど美しい挨拶をすると退室した。
エンデはローゼリアの元へ足を進めると、ティーポットを置く。
「お嬢様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「大丈夫ですわ。それより少し一人になりたいの。夕食まで部屋で休ませてもらいます」
部屋のベッドに背を預けると、天蓋を見つめる。
(エンデが隣国に戻るかもしれない、しかも王子様として……)
エンデがいなくなる、それはありえない話ではなかったのに、現実になるとどうしても受け止められず、心にしこりが残る。
「私、エンデのこと、どう思っているのかしら……」
ずっとエンデの好意を見て見ぬふりしてきた。しかし、面と向かうとそれを受け取る勇気が出ない。
(転生者であることも明かせていないのに、私なんて、エンデに愛される資格なんてありませんわ……)
胸に重いしこりを残したまま目を閉じる。意識はそのまま深い所へ落ち、朝までその眠りを妨げる者はいなかった。
朝目が覚めると、きちんとベッドに寝ている自分の姿に驚き、慌てて飛び起きる。
(……エンデ……)
エンデを思い、深いため息をつく。
すると、下の階から騒々しい音が聞こえ、部屋を出てこっそり階段手すりから下の様子を眺める。
エンデと、見たことのない派手なご令嬢が相対している。
「エンディミオン様、私と一緒に国にお帰り下さい!」
「嫌です。私はもうすでに王籍を離れております」
そう言って押し問答をしている。怪しげな召使たちがエンデを取り囲み、腕を引っ張る。
「エンデ!」
ローゼリアは飛び入り、エンデの腕を引き、召使から引きはがすと、エンデの前に立ち塞がった。
「あなた……何様ですの」
「私はエンデの主人、ローゼリア・アレクシュタインですわ!」
そう名乗ると、令嬢はローゼリアを頭のてっぺんからつま先まで眺め、つまらなさそうに見下す。
(な、何なんですのこの方……)
「あ、あなたこそ何様ですの。我が屋敷に誰の許可を取って入っていらっしゃるの」
令嬢は綺麗に巻かれた金髪の縦ロールを指でくるくると遊びながら、ローゼリアを鼻で笑った。
「私はリンデール・ミングスティン。エンディミオン様の本来の婚約者ですわ!」
(エンデの本来の婚約者……ってなんですのー!?)




