あ、あなた……私を悪役令嬢と呼んで下さるのー!?
(アンネリー様のことも気になりますが、エンデにどう転生のことを説明すればよろしいかも悩みどころですわ……)
生徒たちの声が木霊する廊下を真剣な表情を浮かべてローゼリアは歩く。
何故アンネリーはあんなに自分やラスティに食って掛かったのか、エンデを避けようとしたのか……
「謎だらけですわ……」
眉をしかめると、外の騒めきに足を止める。窓の外へ視線を向けると、裏庭の大樹に女生徒がむらがっているのが見える。
「あれは……約束の大樹の」
学園の裏庭にある大樹は、聖女のため息にも、悪役令嬢に虐げられた私は王子様に溺愛される、にも登場するいわば聖地だ。前者では最後に執事と駆け落ちする際の待ち合わせ場所に、後者は断罪された悪役令嬢が最後悪役令嬢に想いを寄せていた他国の王子に告白されるシーンで登場する。
「随分と身近な聖地ですこと……」
(リシリュー様も結構視野が狭いですわ!)
あの大樹はリシリューとローゼリアにとって大切な大樹だった。時にあの大樹の元で語らい、妄想を捗らせた。
(……今となっては懐かしい思い出ですが、あんなに賑わっていらっしゃると嬉しいやら冷めてしまうやら……)
予想外の賑わいに、ローゼリアは疎外感を覚える。
すると、前方に同じように窓の外の大樹を眺める女生徒がいた。
(……あら、あれは)
「アンネリー……様?」
その目はとても恨みが籠っているように見えた。
アンネリーはローゼリアに気が付くとはっとして踵を返す。
(何故……あんなに憎い目をして……?)
ローゼリアはアンネリーを追おうとするが、大樹の元で悪役令嬢ごっこを始める女生徒の動向が気になり、窓から視線が外せなかった。
(わ、私も混ざりたいですわ~~~~~!)
*****
「お嬢様、お疲れのようですね」
エンデは部屋で脱力するローゼリアにハーブティーを差し出す。
いつもと違う匂いに、ローゼリアは体を起こす。
「……悪役令嬢が流行っているのはよろしいのですが、悪い意味で使われたり、かと思えば魅力的なキャラクターとして愛されていたり、キャラが独り歩きしている状態がしんどいのですわ」
「お嬢様は悪役令嬢という概念が流行って欲しかったのではないのですか」
「ええ!もちろんそうよ。……でも、私だってそんな単純に出来ていないのですわ……」
ティーカップに口をつけると、香りだけ楽しみ、カップを置く。
浮かない表情のローゼリアに、エンデは優しく肩を撫でる。
「今はやっている悪役令嬢と、お嬢様の目指している悪役令嬢は違うのでしょう?ならば気にしないほうがよろしいですよ」
「エンデ……」
「だって最初からお嬢様が目指しているのは悪役じゃない悪役令嬢なのですから」
(……なんだか改めて他人から言われると腹が立ちますわね……)
「そういえばアンネリー嬢を学内の庭園でお見かけしましたよ」
「あらまぁ。確かそこも作品の聖地として休み時間に人だかりが出来ている場所ですわね」
「そう、何やら青色の本を手に持っていたようですが、ベンチにむらがる令嬢たちを見て、人を殺めるのではないかという視線を向けていらっしゃいました」
「青色の本……」
青色の本と言えば、聖女のため息の原作本である。もしそれを手にしていたということは、アンネリーは原作ファンということだ。
(それにあの視線……もしかして)
ローゼリアはぬるくなったハーブティーを一気に飲み干すと、気合の入ったため息をつき、ぐっと両手を握った。
(アンネリー様に直接確かめなくては……!)
*****
アンネリーの教室はローゼリアの教室と大分離れている。それ故アンネリーの噂話はあまり聞こえてこない。
「アイレリア、あなた、アンネリー様のことをご存じで?」
「いえ。なんか知りませんけど、悪役令嬢と呼ばれているという風の噂だけは聞いたことがありますけれど」
「そうよねぇ、その程度ですわよねぇ……」
アンネリーの教室に取り込んでいっても多分真剣な話などできない。
彼女が一人になる機会があればいいのだが……
「聖女のため息……聖地……はっ!」
(あそこですわ……!!)
昼休みになると、ローゼリアは学園の別館に向かう。
あまり手入れのされていない薔薇のトンネルを抜けると、そこには古びた洋館があり、庭には美しい噴水が輝いていた。
ここは聖女のため息で王子に告白された聖女が、執事への思いを断ち切れず、思い悩む場所。つまり隠れた聖地なのだが、場所が場所なだけに生徒にはあまり知られていない。ローゼリアもリシリューに明かされるまでは別館の存在すらも知らなかった。
しかしアンネリーがもし原作ファンならばここにいるかもしれない。何故ならば、そのシーンは舞台版ではカットされているからだ。
(アンネリー様が原作ファンなら……きっと)
そう思い、足を進める。すると、噴水の淵に座り、読書を嗜むアンネリーの姿を見つけた。
(……お邪魔、しないほうがよろしいかしら……)
アンネリーの周りは静寂に包まれていた。ただ、水の音だけが響く。
ローゼリアはその姿をじっと見て立ち尽くす。するとアンネリーは本を閉じ、一息つくと同時に顔を上げ、ローゼリアの姿に気が付いた。
「あっ……あなたは!悪役令嬢ローゼリア……!あっ!」
「あ、悪役令嬢……ですって……」
(な、何故私が悪役令嬢と呼ばれたいことをご存じですのー!?)




