え?そんなの聞いていませんわよ!
(悩んでいたら夜が明けてしまいましたわ……)
ローゼリアは令嬢にあるまじき目の下のクマを携え、食卓に着く。休日の朝はゆっくり支度をするのだが、今日は珍しく予定があった。
「お嬢様、口にジャムが付いていますよ」
「……あら、ごめんなさい」
ローゼリアが謝る間もなく、エンデがジャムを拭きとる。
そのしたり顔に、ローゼリアは頬を染めながらそっぽを向く。
「……それで、今日は何の御用でお出かけされるんですかねぇ」
「えっ!?な、何のことですの」
「隠しても無駄ですよ。休日にこんな早く活動されているなんて珍しい。どなたかにお会いする予定でも?」
「だ、誰と会おうがあなたには関係ありませんわ!」
ローゼリアは立ち上がると、慌てて部屋を出て行った。
大きなカバンに庶民の服を押し込むとこっそり一階の部屋へ行き、窓を開ける。
「窓から盗み出ようなどと、はしたないですよ、お嬢様」
エンデに声をかけられ、体をびくつかせる。
「あ、あらまぁ。盗み出るなんて人聞きの悪い。ちょ、ちょっと園庭の花がね、気になって、つい……」
「園庭の花が気になって、つい、庶民の服を入れたバッグを携えて窓から逃走しようとしてしまったのですね、うーん、お嬢様は花がお好きですからねぇ」
この男には嘘は通用しないらしい。
(こうなったら仕方ありませんわ……)
「私、好意を寄せている殿方に会いに行きますの!邪魔をなさらないで!」
「だったら私もお会いしとうございます!私より家柄が良く頭も武芸も長けていて、なおかつ容姿のいい殿方なのでしょうね!」
エンデの堂々たる圧に、ローゼリアは恐怖を感じ、身を縮こまらせる。
「で、本当はどなたに会いに行かれるのですか」
「……リ、リシリュー様ですぅ……」
(な、何なんですのこの男……恐ろしいですわ……)
*****
「で、殿下も付いてきてしまったわけですか」
「……はい……」
劇場へ足を運ぶと、ホールの中にいる、演出で忙しいリシリューの手を止め、声をかける。
「私はもう王子ではございませんので、エンデ、とお呼びくださいとあれほど……」
「わかりました、申し訳ございませんでしたエンディミオン様」
エンデはたじろぎつつも「エンデ、でお願いしますよ……」と小さく呟いた。
(あら、エンデはもしかしてリシリュー様が苦手なのかしら?)
そう思った矢先だった。
「ちょっとあなた!一般庶民は立ち入り禁止でしてよ!」
筋の通った甲高い声が舞台の袖から飛んでくる。
「アレクシア嬢」
「アレクシア様……!」
「あら、あなたは……」
アレクシアはヒールの音をわざと鳴らすように舞台に響かせ、こちらへ近づいてくる。
「確か、ローゼリア・アレクシュタイン公爵令嬢、でしたわね」
「は、はい、そうです……」
アレクシアの菫色の瞳にじっと見つめられると、ローゼリアは息をのむ。
「この間は大変失礼いたしました。私はアレクシア・ヴァーガンディでございます」
フリージアの衣装を着て完璧なカーテンシーを披露する。その優雅さに、ローゼリアは溢れんばかりの興奮を胸に押し込めた。
(すっ……素晴らしすぎますわっ……!)
「確か、私のことを理想の悪役令嬢、とおっしゃっておりましたわね」
密やかな瞳がローゼリアに向けられる。美しいが恐ろしい。少しばかり気が引けるが、ローゼリアはかすれた声で「え、ええ……」と返した。
「ローゼリア嬢には『悪役令嬢に虐げられた私は王子様に溺愛される』の執筆協力をしていただいているのですよ、アレクシア嬢」
「……なるほど……」
アレクシアは冷静に受け止め、小さく頷いた。
「リ、リシリュー様!?執筆活動のことをアレクシア様に知られてよろしいでですか!?」
「ええ、このアレクシア嬢は知っていますから」
「はい、存じております」
「アレクシア嬢は私の婚約者ですから」
(……ん?今何か聞こえたような……?)
「いつまで婚約者気取りですの。早く婚約破棄してくださいませ」
「婚約破棄?する理由がないのに、何故?」
「ちょ、ちょっとお待ちになって……」
ローゼリアは頭を抱え、情報を整理する。
リシリューとアレクシアが婚約者……?婚約破棄を望んでいる……?
(えええええええ!!!!!??????)




