あー!なぜ私は王子様と婚約してしまったんでしょう!
ため息がアレクシュタイン家の園庭に積みあがる。
稽古見学後、ローゼリアの表情は日々陰りを見せていた。
「お嬢様、そろそろお嬢様のため息で園庭の花が枯れてしまいますよ」
「そうは言っても……はぁ……」
ローゼリアは園庭のテーブルに飾られたフリージアの花に触れる。
あの時のアレクシアの演技、王子への激情、気高い精神を感じる表情、凛々しい姿。全てがローゼリアの理想の悪役令嬢だった。
「ねぇエンデ、私、立派な悪役令嬢になれているかしら」
「さぁ、私は悪役令嬢というものをあの御本でしか知りませんから……」
エンデは軽く流すとローゼリアの横に座る。
正体がバレてからもエンデは執事として演じているものの、距離感が気安くなったように感じる。
「アレクシア様、素敵でしたわよね……凛としていて、気高くて」
「そうですか?ただ性格がきついだけのように見えましたが」
「悪役令嬢というものは、弱みは見せてはならないものなのです」
「はいはい、わかりましたよ」
ローゼリアがそっぽを向くと、エンデはフリージアの花を花瓶から一輪抜き取ると、ローゼリアの髪に差した。
「お嬢様が悪役令嬢になりたいのは承知しております。しかし、他人と比べて落ち込むようなものなのですか、お嬢様の悪役令嬢とやらは。お嬢様はお嬢様の悪役令嬢を貫けばよろしいではありませんか」
ローゼリアはエンデを見上げ、蒼色の瞳に自分を映す。
風に金髪の巻き髪を揺らすと、唇を曲げ、まつげを伏せた。
「それはそうなのですが……」
(私の目指す悪役令嬢が、アレクシア様そのものなのだから困っているのですよ……)
*****
「ローゼリア、いるか」
教室で魔術書を読んでいると、廊下からラスティに声をかけられる。
廊下へ出ると、好意が前面に溢れている様子のラスティの微笑みに、ローゼリアは気圧されそうになる。
「あらラスティ様、いかがなさいました?」
「アレクシア嬢が次の舞踏会で登城するらしい。ローゼリア、君はアレクシア嬢に興味を持っていただろう」
「え、ええ……まぁ……」
「君も次の舞踏会に参加するだろう?なんならアイレリア嬢も誘うといい」
「そ、そうですか……」
「何だ、気乗りしない様子だな」
「そ、そんなことありませんわ……」
(今アレクシア様にお会いしたら、私、恥ずかしくて小さくなってしまいますわ……)
「そうだ、君は聞いているか?」
「何をですの」
「君と私の婚約を正式なものとして発表し、婚姻の手続きを進めようと思うのだが、次の舞踏会でその発表を行う予定なのだが……」
「へっ?」
「聞いていないのか」
「聞いていないも何も……」
(あなたとの婚約は破棄する予定ですので……なんて言えませんわー!)
「はい、ラスティ様。お嬢様の頭がパンクしてしまいますのでこのあたりで」
エンデは二人の間に割り込むと、ローゼリアの肩を抱く。
ラスティは不満げに頬を膨らませるとエンデを睨む。
「エンデ、お前、いくらローゼリア嬢の義兄とはいえ、婚約者の私より距離が近いのではないか」
「義兄ではなく、婿養子ですから」
「……私との婚約で上塗りされた婿養子がよく言うな」
「ラスティ様こそ、そんなことを言っていられるのも今の内ですよ」
(な、何なんですのこの修羅場は……)
ローゼリアは少しづつ後退りするも、背中に回されたエンデの腕により逃げ場を失い、震えていた。
*****
「はぁ……困りましたわ」
「何がですか」
何事もなかったかのように素っ頓狂な表情をするエンデに、ローゼリアは頬を膨らませる。
ローゼリアは部屋の窓から月を眺め、ため息を重ねる。
「私、婚約破棄イベントを起こしたいと言っているでしょう?でもあれって、私が悪役令嬢だからこそ起こせるイベントなのですわ。つまり、私が悪役令嬢でなければ……」
「お嬢様は自称、悪役令嬢なのでしょう?気にせず起こせばよろしいではありませんか」
「悪役令嬢は、ヒロインを虐めたり、周りに傍若無人な悪逆非道をしたからこそ婚約破棄されるものですわ。私の目指す悪役令嬢とは少し違うのです……つまり私はこのままではラスティ様と……」
(あー、何故私ラスティ様と婚約してしまったのでしょう……!)
頭を抱え、地団駄を踏む。
すると、エンデはローゼリアを後ろから抱きしめ、耳元で囁く。
「そうなったら、私と隣国へ一緒に逃げましょう。私はもう王籍ではございませんが、お嬢様を養うほどの甲斐性はございます」
「あ、あなたっ、外でそんなことを言ったら不敬にあたりますわよ!」
「二人きりですから言っております。あなただけに」
(ラスティ様もエンデもなんなんですのー!?私は悪役令嬢になりたいだけですのに!)




