いつの間にか悪役令嬢が下町で流行っていましたわ!
夕食を終え、ローゼリアは部屋でエンデの入れたミルクティーを嗜む。
それにしても王子だというのになぜこれほどまでに執事スキルが高いのか、ローゼリアはエンデを見上げる。
「どうなさいましたか、お嬢様」
エンデは微笑み、ローゼリアを覗き込む。
見慣れた執事服はローゼリアに疑う隙を与えないほど似合っており、所作、佇まい、どれをとっても一流の執事にしか見えない。
(こんなの疑えというのが無理ですわ)
ローゼリアはティーカップを置くと、眠そうに眼を半分閉じた。
「それで?お嬢様の理想の婚約破棄イベントはどんな感じなんですか」
「そうね、やっぱり卒業式後のパーティーなどが定番ですわね」
「ですと、私達の卒業式が決戦の時、ということですね」
そういえば、自己研鑽に励むあまり、物語としての悪役令嬢としての立ち位置を忘れていた、とローゼリアは反省した。
「できれば、ロマンチックに、劇的に、ゴージャスに、ド派手に演出したいものですわ……」
「欲張りすぎです。せめてどれか一つに絞ってください」
エンデにため息をつかれると、ローゼリアは再び悩む。
するとエンデはこっそり耳打ちする。
「ところで、婚約破棄された場合、お嬢様は私がもらい受けるということでよろしいですよね」
鼓膜を揺らす甘い声に頬を染めると、エンデは満足げに微笑む。
「そ、それは……」
「だって、本ですと、婚約破棄を言い渡された悪役令嬢のことをずっと思い続けている別の男性が……」
「そ、その本はあくまでテンプレ作品よ!べ、別に私の理想というわけではありませんわ!」
「でも、もしラスティ様に婚約破棄を言い渡された場合、お嬢様もフリーというわけにもございませんし、アレクシュタイン家に養子として迎え入れていただいた私の立場もございますので」
エンデの立場、と言われると、途端にローゼリアはたじろぐ。
自分のせいでエンデは、王子という身分も、自分の婿候補ということも隠して今まで接してくれたのだ、と思うと何も言えなくなった。
「……というか、私の婿候補というのはわかりましたけれど、あなた、私に他に想い人はおりませんの……?もしいらっしゃるのならば、そんな無理をして私に付き合わなくとも」
「私の想い人は、このお屋敷に来た時からずっとあなた様だけですよ、ローゼリア様」
真顔で言うものだから、ローゼリアもこれ以上否定するまい、と思った。
(私のことが好きだなんて、なんて可哀そうな男なんでしょう……)
「でも、そうね……理想の婚約破棄イベント……考えねばなりませんわ」
*****
婚約破棄イベント婚約破棄イベント婚約破棄………
「もう!頭が痛いですわ!」
金色の巻き髪を掻きまわすと、ローゼリアは深いため息をついた。
(もう……これではエンデになってしまいますわ)
最近リシリューが忙しいのか、お茶会という名のオタ活もできておらず、ローゼリアは一人でずっと婚約破棄イベントのシチュエーションを悩んでいた。
学園の園庭を眺め、悪役令嬢の本の設定を練り上げていたあの時を思い、またため息をつく。
(リシリュー様さえいてくだされば、いい案がいただけるかもしれませんのに……)
そう思ってもリシリューはいない。あまりにも切なく、つい手紙を書いたが、エンデに苦い顔をされたため、断念をした。
(どこかにオタ友はいらっしゃらないかしら……)
悪役令嬢の概念についてはエンデも知っているものの、どうやらエンデはオタクの才能がなさそうだった。
「ローゼリア様、少々よろしいですか?」
アイレリアがおずおずと声をかけてくる。
「あら、どうなされたのアイレリア……」
「実は、その……ローゼリア様は、このような、下町で流行りの本などはお読みになりませんよね……?」
そう言ってアイレリアは、美しい金の箔押しをされた赤い本を差し出す。
「下町で流行りの……?聖女のため息かしら」
「いいえ、さらに最新の流行りです!なんと……悪役令嬢というご令嬢にいじめられた主人公が王子と結婚するというお話なのです」
(……あら、私、聞き間違えたかしら……?)
「悪役、令嬢……?」
「ええ、王子様の婚約者で、才色兼備のご令嬢なのですが、主人公に嫉妬して嫌がらせをしてくるのですわ。しかし、その嫌がらせを乗り越えてこそ、ラストがものすごくすっきりするんです……!」
「それが?流行って?」
「ええ!今度舞台化されるとの話ですよ」
(悪役令嬢が?舞台化で?リシリュー様は忙しくて私に会えないほど……)
「えええええええ!!!????」




