あなた……王子でしたの!?
乙女ゲームフィルターをかけても補正できないほど目の下に隈を作り、ローゼリアは真剣に本を読んでいた。
(完璧……完璧ですわ)
不敵な笑みを浮かべ、ローゼリアは本を閉じると同時に教室の机に突っ伏した。
「ロ、ローゼリア様!?どうされましたか」
アイレリアが声をかけるも、ローゼリアは静かに寝息を立てていた。
誰かに抱えられている温もりと、心地よい振動に意識を取り戻すと、目の前に見える男子用制服に驚き、一瞬暴れた。
「きゃああ!何ですの!」
「何ですの、じゃありませんよ。気絶したと聞いてきてみれば……はぁ、ただの寝不足じゃないですか」
エンデの呆れたため息がローゼリアの顔に落とされる。
腹のあたりに不思議な感覚を覚え、首を起こした。
「……昨日から部屋の明かりが灯りっぱなしだと思ったんです。しかし、夜更かしの理由が読書だとは……」
「し、仕方ありませんわ!素敵な御本をいただいたのですもの!」
エンデにそっぽを向くと、エンデの腕から逃れようと体を揺する。しかし逆にエンデはローゼリアの体を更に強く抱え、自らの身に寄せる。
「それは、宰相殿からいただいた御本だからですか」
ローゼリアの体を抱くエンデの指に力が入る。
その瞳から逃れられず、ローゼリアは言葉を詰まらせる。
「こ、これは……あ、悪役令嬢について描写がある小説だからですわ!宰相殿に書……探していただきましたの!」
あの密会後、ローゼリアはリシリューに悪役令嬢が出てくる小説を書いてもらった。何度もローゼリアが修正し、練りに練った作品のため、ローゼリアの好み通りに仕上がっているのは当然だった。
「それで、最近宰相殿と謎のやり取りをなされていたのですね」
エンデの厳しい視線にひゃっと体を縮こまらせる。
どうやらエンデはリシリューとローゼリアの密会を知っているようで、あの後何度もリシリューからの密便をこっそりチェックしているようだった。
救護室へ運ぶと、ベッドにローゼリアの体を下す。
気が高ぶって目が冴えてしまったと思っていたが、布団をかけられると自然と睡魔が襲ってくる。
「俺が、悪役令嬢とやらを知っていればよかったのに……」
瞼が完全に落ち、暗闇に思考を吸い取られる瞬間、エンデの声が夢で囁く。
頬に温かい感触を感じると、ローゼリアは意識をベッドに託した。
「……ゼリア様、ローゼリア様」
目を覚ますと、横にアイレリアが座っていた。
「アイレリア、どうなさったの……?エンデは」
「エンデ様はお帰りになりました。なんか、昼休みに、宰相閣下が訪れて……」
ローゼリアは驚き慌てて体を起こすとベッドから飛び降り、靴も履かずに教室へ走って行った。
「……ローゼリアお嬢様はここにはおりませんよ、宰相閣下」
「そうですか。では、あなたにお伺いいたします。いつまであの方の執事に甘んじているおつもりですか」
ローゼリアは教室に身を投げ入れる。
するとリシリューはそれを待っていたかのように口を開く。
「エンディミオン殿下」
その時、皆言葉を失い、教室を静寂が支配した。
「え……?殿、下……?」
(あれ、殿下って言いましたわよね……?)
「お嬢様……!」
エンデは駆け寄ると、ローゼリアの肩を掴み、教室の外へ案内する。
「早めに正体を明かした方が身のためですよ、エンディミオン殿下」
リシリューはダメ押しすると、エンデの舌打ちをももろともせず、不敵な笑みを浮かべた。
(エンディミオン殿下、エンディミオン殿下………?あっ)
隣国、サイディリア王国の第三王子の名がそんな名だったように感じる
(確か、公式の場に全く出てこないのよね、あの王子……けど、エンデがエンディオン殿下だとしたら、当たり前よね)
しかし、もし、エンデがエンディミオン殿下だとしたら、何故アレクシュタイン家の執事として勤めているのだろうか、何故ローゼリアの側にいるのだろうか。
ローゼリアはエンデに手を引かれ、裏庭へ連れていかれる。頭は混乱したまま、上手く整理がつかなかった。
「……ローゼリア様、先ほどの会話、どこから聞いていましたか」
「えっ!あ、ああ……エ、エンディミオン……殿下、と、あなたが呼ばれているところ、から……」
回らない舌でたどたどしく言葉を発すると、自分が口を滑らしたと気づき、慌てて口を塞ぐ。
エンデは大きなため息をつき、その場でしゃがみ込んだ。
「……あなたは……サイディリア王国第三王子、エンディミオン殿下ですの……?」
ローゼリアもしゃがみ込み、項垂れるエンデに顔を近づける。
するとエンデは小さく頷き、ローゼリアの手を掴む。
「……お嬢様の前では、ただの執事でいたかったんですけど、嘘はつけませんね」
エンデは顔を少しだけあげ、ローゼリアに向かって微笑む。
ささやかな風がエンデの黒髪を揺らす。蒼玉のような瞳に、再びローゼリアは心を奪われる。
「そうです。私はサイディリア王国第三王子、エンディミオン・サイディリアです。ローゼリア・アレクシュタイン公爵令嬢」
甘く囁かれる声に、ローゼリアは目を丸くした。
「え………えええええええええ!!!?」




