え……まさか、オタ……オタクですわー!?
屋敷に戻ると、ローゼリアは部屋に籠り、歌劇のパンフレットを眺める。
(このパンフレットも、どこか乙女ゲームの説明書に画面構成が似ているのよね……)
しかし聖女のため息などというタイトルはまるで普通の小説で、エンディングも王子とのハッピーエンドではなく、まさかの執事との駆け落ちエンド……
(これは普通の小説か少女漫画の展開ですわ)
ローゼリアはうんうん唸りながらパンフレットを進める。
すると、最後のページに記載された名前に目を止める。
「後援、リシリュー・リンクター……宰相様ですわ」
学園を飛び級で卒業し、わずか二年で宰相に上り詰めた天才宰相。仕事も忙しいだろうに、このような芸術活動にも目を配っている。
(現世だと、総理大臣がオタク活動をしている、みたいな感じかしら……)
そんな不敬な考えを思いついて、いやいや、と否定した。
リシリューとは舞踏会で何度か見かけたことがある。艶のある銀髪に涼やかな表情、そしてローゼリアが首を痛めるほどの高身長。
(どっからどう見てもオタクではありませんわね!)
ローゼリアのオタク像は強い偏見で歪んでいた。
*****
「ローゼリア様、また歌劇を見に行きませんか?」
教室でアイレリアに誘われると、ローゼリアはパンフレットをめくる手を止めた。
「そうね、もう一度見に行きたいのは山々だけれども、ちょっと一人で見に行ってみたいのよね……」
この世界は乙女ゲームの世界、その世界の中にある乙女ゲームのような小説を原作とした歌劇……
「何だか、臭いますの……」
「えっ、私臭いですか!?」
「あ、あなたではありませんわ……」
(それに、元から趣味はおひとり様の方が動きやすいのよね)
*****
ローゼリアは屋敷に戻ると、白を基調としたワンピースに水色のコサージュ、といった聖女のため息に出てくる主人公に似せた庶民の服に着替える。
(聖女概念コーデ……なかなか良い出来ではありませんか。……って、私が目指しているのは悪役令嬢ですけれども!)
鏡の前であたふたしていると、ドアを叩く音がして声を裏返らせる。
「お嬢様、何ですかその庶民の服は」
「エンデには関係ないことでしょう!」
「……その服装、この間の歌劇の主人公に似ていますね」
「き、気のせいですわ!」
ローゼリアはバッグを小脇に抱えると、エンデを無視して外へ出ていく。
「お嬢様、私も一緒に参りま……」
「あなたはついてこないで頂戴!貴族街にも近い場所ですから、危なくないですわ!」
「……歌劇を見に行く、ってことですね」
ドアを強く締めると、ローゼリアは息を切らせながら屋敷を飛び出す。
(はぁ、はぁ、エンデにバレるところでしたわ……)
せっかくの久々のオタ活がエンデにバレたら楽しめない。オタ活現場に兄弟と行くようなものだ。
(絶っ対に邪魔されませんわよ……!)
ローゼリアは激しい足音を立て、歌劇場へ向かう。
*****
歌劇場に入ると、当日券を購入しようと発券場へ向かう。
「……貴族の方ですよね、貴族の方はバルコニー席へご案内しておりますので最前列はお選びできないこととなっています」
券売り場の職員にそう告げられると、ローゼリアは激しく衝撃を受け、気を失いそうになった。
(さ、最前に……入れないですって……!?)
隠しきれないローゼリアの貴族オーラが、聖女概念コーデを貫通した事実に立ち尽くす。
「そ、そこを……何とか……!」
「いけません貴族様。この歌劇場は庶民が優先に入れる仕組みとなっております」
一階アリーナの料金は少し高い。庶民の中でも裕福な家の者にしか入れないだろう。
「わ、私、庶民ですわ!家業が少しばかり儲かっていて、ですから」
「自分のことを庶民などという庶民は存じ上げません。ご了承ください」
全く動じない職員に、ローゼリアは俯き、絶望に打ちひしがれる。
すると、ローゼリアの横に、前回会った、執事の概念コーデをしたローブの男が現れる。
「この人は庶民だよ、俺の知り合い。券売ってあげてくんない」
男がそう声をかけると、職員は顔をほころばせて「あんたがそういうなら、あいよ!」と最前のチケットをローゼリアに差し出した。
「せっかく宰相様が庶民にも芸術をってんで広めてくれた歌劇だからさ、貴族には貴族席しか案内しないことになってんだよ。ごめんねお嬢さん。ちょっとあんたがあまりにも品がよさそうだったからねぇ」
職員は軽快に話すと、手を振って二人を見送った。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ、別に」
ローブの男を見上げると、男の瞳が見える。まるで空のような水色の瞳が印象的だ。
(あれ……どこかで見たことがあるような)
ローゼリアがじっとフードに隠れた顔を見つめると、男はフードを目深にかぶりなおす。
「さ、早く入りましょう。そろそろ開園時間です」
開園のブザーが鳴る。二人は慌てて中に入り、最前席へ座ると、じっと間近の舞台を見上げる。
隣に座る男の動作は一切視界に映らないほど集中していた。
バルコニー席からは全く感じなかった躍動感や役者の熱、表情、全てが眩しかった。
(キ、キラキラを……浴びてますわ、私……!)
久しぶりに浴びるオタ活の輝きにローゼリアは召されそうになった。
*****
「ありがとうございます。あなたのおかげで、素晴らしい観劇ができましたわ……」
「いや、俺はこの劇を愛してくれる人は等しく囲いたいから……」
(ん?囲いたい……?)
ローゼリアが首を傾げると、男は大げさに咳き込み後ろを向く。
(あれ、この後ろ姿……どこかで……)
見上げるほどの背丈、丸まった背中、彼はもしかして……
ローゼリアは飛び上がり、彼のフードを外した。するとそこから美しい銀髪が流れ出す。
「うわあああ何をするんだ!」
「やっぱり……あなたは」
振り返った男は、天才宰相リシリュー・リンクター、その人だった。




