やっぱり文化の摂取は必須ですわー!
(何だかいろいろとうまくいかなさすぎますわ。もしかして、私ってキャラ適正が悪役令嬢じゃないのかしら)
ローゼリアは鏡で自分の姿を見る。長い金髪の巻き髪、やや吊り上がった碧眼。
(やっぱりどう見ても聖女やヒロインではありませんわ。私は悪役令嬢でしてよ)
自分の矜持を取り戻し、少し腹を立てながらベッドへ戻る。
*****
「ローゼリア、今度歌劇を見に行かないか」
ラスティの教室訪問はまだ続いていた。その度にアイレリアはラスティに突っかかり、ラスティの背後からはエンデがローゼリアを睨んでいた。
「いいですわよ、ただし!……アイレリアとエンデも一緒ならば、ですけれども」
ラスティは動物のように敵意をむき出しにするアイレリアを見ると無視する。
「……君と二人っきりではないというのが少し不満だが、致し方ない……」
ため息をつくと、制服のポケットから一冊のパンフレットを取り出した。
「聖女のため息、という演目だ。今、町で流行りの小説を原案にした歌劇らしい。どうだ、興味はあるか」
「……歌劇……」
前世ではよく漫画やアニメ原作のミュージカルをよく見に行っていた。この世界の歌劇とはおそらくオペラのことを指すのだろうが、町で流行りの小説が原案とあれば、きっとローゼリアも楽しめるだろう。
(……聖女、というのが今の私にはちょっと引っ掛かりますが……)
「ええ、喜んで」
言葉とは裏腹に、声は落ち着いていた。
ラスティとエンデが去ると、ローゼリアはパンフレットを机の上に広げる。
「わぁ、素敵なお話ですねぇ」
アイレリアは目を輝かせる。それもそうだ。この話は、庶民の女性が聖女の力に目覚め、王子に見初められる。という話だからだ。
(この子は、この聖女が自分のことだという自覚はないのかしら……)
ローゼリアはアイレリアを見つめて肘をつく。
「しかし、聖女なのにため息なんて、どういうことなのでしょう」
「……おおよそ、王子がろくでなしだったか、妃教育に耐えられないなどでしょう。現実はそう生易しいものではございませんことよ」
ローゼリアは自分の境遇に重ね、ため息をつく。早めに王子との婚約を解消しなければ、私もこの聖女のようにため息ばかりが募ることになってしまう。
「……はぁ、私が目指しているのは悪役令嬢だというのに」
*****
歌劇場は学園を出てすぐ、貴族の屋敷街と庶民街の間にあった。
外観はおおよそ庶民が立ち入れるようには見えないほど豪華であったが、ごく普通の一般庶民が中へ入っていく様子もちらほら見られた。
「……庶民の方も歌劇を楽しまれるのね」
「ええ、流石に貴族の方のようないい席ではありませんけど、端の方であれば、私のような貧しいものでも入れます。全ては宰相のリシリュー様のおかげです」
宰相リシリュー・リンクター。学園を飛び級で進学し、わずか2年ほどで宰相まで上り詰めた天才である。
「リシリュー様は芸術を広げる活動をされておりまして、今回の聖女のため息もリシリュー様が流通を手助けしたと言われているみたいですよ」
(そういえば前世でもいましたわね、布教に全力を出すオタク……リシリュー様、ちょっと会ってみたいですわ)
「お嬢様、こちらにお座りください」
エンデに席に案内される。するとローゼリアは一番端に座らされ、その隣にはエンデが座った。
「……エンデ、そこは私の席ではないか」
「いいえ、私の席です」
「ここではローゼリアと話が出来ないだろう」
「歌劇を見るのに何を話すことがあるのですか。お嬢様は観劇中に話しかけられるのはお嫌いですよ」
隣で火花を散らす二人の会話にローゼリアは全く興味を示さず、会場を見渡す。
(ここは一階バルコニー席……と言ったところですわね。できればアリーナが良かったですが、アリーナ前列は一般庶民の方の席のようですわね……まぁ、貴族という身を考えれば、関係者席が妥当ですわね)
「ローゼリア様、どうなさいましたか」
「いいえ、私の独り言よ」
もしこの演目を気に入ったら、一般庶民の格好をしてアリーナ最前に入ることは許されるのだろうか、などと考えていると、緞帳が上がる。
主人公アイリーンは幼少期から光魔法の能力に目覚め、学園に入学する。そこで様々な殿方と出会い、最終的には王子と結ばれるものの、実はアイリーンは王子の執事に恋しており、最後には執事と駆け落ちをする、と言った内容だった。
(何だか、途中まで乙女ゲームのテンプレみたいですわね)
ローゼリアは体がむず痒くなり、両腕を抑えた。
(しかし、執事と駆け落ち……ですか)
横にいるエンデの横顔を見上げる。もしエンデがこの執事であれば、聖女が駆け落ちしたくなる気持ちもわかる気がする。
(……もし、エンデがアイレリアと駆け落ち……いえっ、そんなことはありませんわ)
強く首を振ると、エンデがそっとローゼリアの手を握る。そっと顔を見上げると、エンデは穏やかな微笑みを向ける。
「本当の私を理解してくれていたのは、あなたなのです……!」
主人公の台詞が胸に響く。
歌劇は大団円を迎え、背後のオーケストラが華やかな音楽を奏でる。鳴りやまない拍手にカーテンコールで俳優たちが袖から登場すると、ローゼリアは立ち上がり拍手する。
「いい演目でしたねー」
アイレリアは大満足といった様子で両腕を広げ、ぐるぐると回っていた。
「……まさか、最後執事と結ばれるとは……」
悔しそうなラスティを横目に、エンデは満足げににやっと笑う。
「こんな歌劇を広げてくれたリシリュー様に感謝しなくては!」
そう言うとアイレリアは空に「リシリュー様ありがとうございますー!」と叫んだ。
すると、背後で一人の男性が倒れた音がして振り向く。
「大丈夫ですか」
そういってローゼリアが手を差し伸べると、その男性は着ていたローブで顔を隠し
「あっ、おうふっ……だ、大丈夫ですから……」
とその場を去った。
(おうふ……?まるで前世のテンプレオタクのような反応ですわ。それにあのローブの中……どう見ても聖女のため息に出てくる執事の服装に、色合いが似ているような……)
首を傾げていると、アイレリアが大きく手を振ってローゼリアを呼ぶ。
久しぶりに摂取した文化に、ローゼリアは満たされるのを感じた。




