計画通り……じゃありませんですわー!
夕食を終え、食後の紅茶を一口飲むと、ローゼリアは小さくため息をついた。
「お嬢様がため息など珍しいですね、どうなさいましたか」
「……何だか私、理想の悪役令嬢から遠ざかっている気がして……」
学業も見た目も努力し、武闘大会でも優勝を果たした。婚約者は王子だし、王子もローゼリアには興味を持っていないはずだった。しかしヒロインには聖女と呼ばれ、王子は自分に興味を持ち、そしてヒロインと王子は喧嘩という最悪の形で邂逅を果たした。
「……うまくいかないものね」
ローゼリアは小さくうなると目を閉じた。するとエンデはローゼリアのティーカップにつぎ足すと、砂糖とミルクを追加した。
「だから言ったでしょう、悪事を働かない悪役令嬢など、本当に悪役令嬢と言えるのですか、と」
「だって、ヒロインに悪事を働くなんて、私の理想に反するんですもの」
「でも、そしたらただのご令嬢になりますよ、ちょっとくらい、悪事を働いてみたら、お嬢様の言うるーととやらが変わるのではありませんか」
(……確かに、悪事を働かなければ、悪役令嬢としてのルートに乗れない……そうかもしれませんわ)
「エンデ、ヒロインにどのような悪事を働けばよろしいと思いますか、できれば、ヒロインにダメージの少ないものが良いのですが」
ローゼリアがそういうと、エンデは驚きながらも微笑んで
「さぁ、私は悪役令嬢というものを知りませんので」
と素知らぬ顔をした。
「そうよね、こちらには悪役令嬢が存在しませんからね」
「こちら……?」
「あっいえ、こちらの話ですわ」
エンデにはここが乙女ゲームの世界だと告げてはいるものの、自分が転生者であることは告げていない。
(もし私はローゼリアの前に前世があると知ったら、どんな表情をするかしら)
ローゼリアはミルクティーになった紅茶の湖面を眺めると、ため息を注ぐ。
「……参考までに、そのヒロインというのはアイレリア様のことですよね。アイレリア様は何がお好きなのでしょうか」
「……食べること、ですわね」
「ならば簡単です。食べるのを禁止すればよろしいのでは」
「いけませんわ。アイレリアは食べることがこの世で一番好きなはず。それを禁止するなど、重篤な人権無視ですわよ!」
ローゼリアはふくれっ面でエンデを見上げると、エンデは呆れた表情で首を鳴らす。
「そうではなくて、ですね。まずい食べ物を差し入れる、ですとか」
妥協案を提示した、と言った様子でエンデはローゼリアの肩にショールをかける。
「そうね、例えば、あの子はもう最高級のパンに慣れてしまった頃……もう庶民の食べ物は口に合わないでしょう……そうね、あなたには庶民の食べ物がお似合いですわ!などと言って、庶民の食べ物を差し入れて差し上げましょう。そうとなれば、早速下町の食堂のシェフを呼び寄せるわよ。エンデ、準備はいいかしら」
急にやる気を取り戻したローゼリアの様子に、エンデは鼻を鳴らして「仰せのままに」と笑いながら言った。
ローゼリアの自信ありげな高笑いが屋敷中に響いた。
*****
「これが、庶民が普段食べているものですか」
エンデは食卓に広げられた庶民の食べ物を興味津々と覗く。
(そうよね、小さい頃にわがアレクシュタイン家にいらっしゃったのだもの、庶民の食べ物など忘れてしまいましたわよね)
ローゼリアが目を潤ませながらエンデを見つめると、エンデは不思議そうにローゼリアを見た。
「豆のスープ……まぁなんて硬い豆なのでしょう。そして雑穀パン……これも固いですわ、それに甘みが感じられませんし、苦みもありますわ、舌触りもよくない。庶民は普段、こんなものを食べているのね……」
ローゼリアは食事を口にすると、おいおいと泣きながら飲み込んだ。
「われら貴族は、本当に身に余る生活をさせていただいているのね……」
下を向き、再びパンを嚙み締める。
(それにしても、あの子はこんなものを普段食べていたとしたら、最高級のパンを食べたとき、どんな気持ちだったのかしら……)
ローゼリアのことを聖女と呼んだアイレリアの気持ちが、少しだけわかった気がした。
*****
翌日、ローゼリアは自宅にアイレリアを招待した。
「ローゼリア様、この度はお屋敷にお招きくださり、誠にありがとうございます」
アイレリアは行儀よく挨拶をすると、ローゼリアは手を叩き「お入りなさい!」と廊下にいる使用人を呼んだ。
「えっ、えっ、なんですかこれは……」
使用人たちは銀色のクロッシュが被せられた食べ物を次々と運んできた。アイレリアは目を輝かせており
(予想以上に喜んでいますわ……!)
とローゼリアは内心、しめしめ、と笑いながら良心を痛めていた。
食卓に大量の食べ物が並ぶと、使用人たちは一列に並ぶ。
「ローゼリア様、もしかしてこれって……ご馳……」
「さあ、一斉に蓋をお開けなさい!」
ローゼリアがそう命令すると、使用人たちは一斉にクロッシュを開ける。するとそこには、豆のスープ、雑穀パン、マッシュポテト、肉の串焼きなど、素朴な料理が一堂に並んだ。
「こ、これは……」
先ほどまで輝きを見せていたアイレリアの目が突如光を失い、呆然と立ち尽くした。
(うっ、く、苦しい……でも、悪事のため、悪役令嬢になるためには仕方のないことですわ……)
ローゼリアは目を閉じ、自らの悪事に心を痛める。
「さ、さぁ、思う存分召し上がるがよいわ。あなたに相応しい、庶民の料理でしてよ!」
ローゼリアは半べそをかきながらアイレリアから顔を逸らし、カトラリーを渡す。すると、アイレリアはカトラリーを震えた手で受け取る。
(や、やはり……私の悪事に心を痛めて……)
「ローゼリア様……私がホームシックになっているのを、ご存じだったのですか……」
驚き振り向くと、そこには泣きながら雑穀パンを食べながら豆のスープをかっ込み、肉に串焼きを五本一気に食べるアイレリアがいた。
「最近……お上品な食べ物ばかり食べていて……美味しいのですが、なんだかさみしくなってきてしまって……ですから、ローゼリア様がこのようなお気遣いをして下さったのが、本当に……」
広い食卓に並んでいた食事の半数はもうすでに平らげられており、ローゼリアは言葉を失ったまま、ただアイレリアの食べっぷりに感服していた。
「ありがとうございますローゼリア様!本当に、本当にローゼリア様は聖女様のようなお方です!」
泣きながら感謝の言葉を叫ぶアイレリアに、悪意は一切なく、ローゼリアは直立したまま気を失った。
「どうしてこうなっちゃうんですかねぇ」
エンデはローゼリアの体を優しく抱きかかえると、そのまま部屋へ運んだ。




