七節
鉄の森。
それは北欧神話において、一人の女巨人の住処とされている。名をアングルボザ。
戯神ロキの伴侶として知られる彼女だが、それ以上に大きな逸話を持つ事が有名である。
──フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル
神話で最も邪悪な魔獣を生み出した事だ。
ラグナロクにおいて多くの神を殺害した魔獣達。それを生み出した彼女は、この世界で最も罪深い存在だと言えるだろう。
*****
と、サイトウからもらったマップに書いてあった。
仰々しい文言が書かれているが、ゲームとしての世界観を構成する物に過ぎないだろう。
──現に、このダンジョンで巨人を見たと者はいない。
雑魚敵として、巨人の成り損ないを模したモンスターが出現するそうだが。そもそも、このゲームに巨人は存在するのか?
鉄の森を目指して歩きながら、そんな事を考えていた。優秀なAIに聞いてみるか。
「なあミラ、このゲームに巨人っているのか?」
「インターネットへ接続し、確認します。
──閲覧完了。現状、巨人に分類されるモンスターは“スカジ”のみ観測されています。先月開催されたワールドクエストにおいて、レイドボスとして登場し、ポップしてから3日後に討伐されています」
つまり、かなり貴重な存在であると。
「それなら、ただのダンジョンボスとして出てくる事はないか」
巨人、字面だけでもかなりの戦力になると感じる。テイムできるなら是非とも捕まえてみたいものだ。
ミラは解説を続ける。
「RFOはラグナロク後の世界観で構成されています。神々と巨人は両者共に甚大な損害を受けており、メジャーな存在はほとんど消滅したそうです」
甚大、損害、消滅。
彼女の言葉を反復する。しかし、難しい言葉の並びは俺には理解しきれなかった。
「……もっと簡単にお願い」
「神も巨人も、大昔の戦争でほとんど死んでしまいました」
「ああ、そう言う事ね」
「──ただ、こちらの情報リソースは公式から発表されている物では無く、考察サイトによって提供された物です。
そのため、公式見解では無い事にご注意ください」
話しながら道を歩いているうちに、エリアの表示が切り替わる。その変化に視聴者も気付いた。
『そろそろダンジョンだ』
『ここ、モンスターがグロいんだよな』
『ちょっとだけテイストが変わるよね』
同様に風景にも変化が現れる。道端に生えた草木が灰色になり、明らかに自然の物では無い雰囲気を纏い始めた。
触れてみると、それは鉄の様に硬い。
「オーナー・チリアクタ。どうやらここからダンジョンエリアとなっている様です。
我々は推奨LVに到達していませんが、探索を継続しますか?」
攻略のボーダーラインに届いていないのはよく分かっている。ただ、マイフレンド・サイトウが行けると言ったのだ。問題はないだろう。
「もちろん継続だ。サイトウさんからもらったマップで道は分かるから、最短ルートで駆け抜けるぞ。
無駄な戦闘をしてる余裕は無いだろうからな」
それに、勝算はある。
「承知しました。マップはメモリーに保存済みです。最短踏破を目標に、ルート案内を開始します」
ニョルズの石碑に触れて、ダンジョンの中へ足を踏み入れた。
ミラを先頭に、鉄に囲まれた道を歩いて行く。視界はあっという間に灰色一色に染まった。
「……なんか気持ち悪いな」
思わず漏れた。
シルエットはただの森なのに、色彩から生命力を感じない。元々ゲームではあるが別世界に来たようだ。
視界の端で、コメントが流れる。
『雰囲気やば』
『このダンジョンだけホラーっぽい』
『帰れ帰れ帰れ』
幽霊でも出てきそうな雰囲気に飲まれているようだ。いつもより活気があるように見える。盛り上がっている様で何よりだ。
俺の呟きを拾い、ミラは続ける。
「考察クランによると、檻の役割を果たしているそうです」
「檻? アングルボザはいないんじゃ無いのか」
「発見されていませんが、ダンジョン内に痕跡が──」
その刹那。
会話を遮り、何かが飛び出す。俺目掛けて一直線にやって来る。
「モンスターです!」
ミラが叫んだ。
俺は腰の刀を抜いて、飛び出したそれを弾き飛ばす。反応できたのは奇跡だった。
【デミジャイアントLV41】
それはゆっくりと起き上がり、赤い眼で俺を捉える。体長は1mほど。肉付きが良い分、ゴブリンよりも大きく見える。真っ黒なヘドロを被った赤ん坊が姿を現した。
──いや、被っているのでは無い。
内側から滲み出している。
どろり、と。表面がわずかに波打つ。
生理的な嫌悪感をなぞる姿形。
思わず眉が寄る。
「オ…カア………サ……タ……スケ」
『コイツだけはマジで無理』
『ワイは可愛いと思うで』
『あれ? なんか……』
リスナーの中には変わった趣向を持つ人間もいる様だ。
「悪趣味じゃないか……」
俺は呟きながら左手を払い、巻物を呼び出す。ミラから送られたメッセージを元に、スキルを発動させた。
【忍術:気配遮断が発動しました】
モンスターの視線は俺から外れる。それを合図に、俺とミラは動き出した。
ミラが剣を振るう。しかし。
──空を切った。
ずんぐりとした体型に見合わない素早い動き。甲冑の中から声が漏れる。
「回避パターン、予想外です──」
ミラが剣を戻す間に、デミジャイアントはその懐に入り込む。
「タス……タス、ケテェェェエエエ!」
その刹那。
「こい! スカーベア!」
ミラとモンスターの間が光った。
白く塗りつぶされた空間に鋭い爪が浮かび上がる。
真っ直ぐと伸びたそれは、ヘドロの真ん中に風穴を作った。
黒い赤子が地面を転がる。
その隙を見逃さず、俺はもう一度忍術を発動させた。
【忍術:一撃一閃が発動しました】
ガラ空きの頭部へとどめの刃を振り下ろす。それが致命傷となり、ヘドロの塊は一転。輝く粒子に姿を変えたのだった。
ポリゴンに変わる中、デミジャイアントがもがく。
その手は何かを掴もうとして、空を切った。
【デミジャイアントを倒しました】
【経験値2300を獲得しました】
【ドロップアイテム:欠陥の泥】
リザルト画面を見て胸を撫で下ろした。動きの速い、それに自分よりもLVの高い敵に驚いたが、倒せない事はないな。
急な出現に焦って倒してしまったが、次はテイムしよう。
そんな時。
『なんか、モンスター変じゃね?』
一つのコメントに視線が向かう。
「変って、何でですか?」
俺の言葉を皮切りに、リスナーの言葉が加速する。
『デミジャイアントってあんなに太ってたっけ?』
『言われたら……そうかも』
『なんか泥の量も多かったような』
『え、モンスターのデザインって変更されたっけ?』
『いつもより素早い気がする』
『……何か喋って無かった?』
『絶対おかしい』
……おいおい。ホラーな展開はやめてくれ。
【視聴者156】




