六節
これは……一体どういう状況だ。
目の前で座っているのは、電脳の少女。
その手に抱かれ、頭を撫でれているのはシャドウドラゴン。あいりんから強奪し、今は俺の所有物となったモンスター。
テイム時のLV不足により、やつは俺を敵視していた。だが。
──もしかして、心層支配ができたのか?
それなら納得だ。
急に館から出てきたのも、俺への熱い忠誠心から自主的に戦闘に参加しようとしたに違いない。
何だそうか。それなら俺も撫でてやろう。
太陽の光を反射する黒い鱗へ触れ──
「シャー!!!!」
威嚇された。
……。
「おいこのトカゲ野郎!
どう言う意図でミラに鼻の下伸ばしてやがる!」
「シャー!!!!」
“黙れ小童。貴様には関係のない事だ。”
そう言っている様に見えた。
いや、そう言っていると確信できた。
「お前なぁ……。立場をわきまえろよ」
あのドラゴンは俺の所有物だ。それが主人以外の人間に尻尾を振り、あまつさえ反抗しいていると来た。
許せない。
許せないぞ。
「俺がその気になりゃ、テメエをテイム画面から削除する事だって出来るんだぞ!」
「シャー!!!!」
“ならばして見せよ。貴様の様な下賎な輩に支配されるくらいなら、この命絶って見せようぞ。”
「んだと!!
良いんだな。やってやるからな!」
目が血走り、呼吸が荒くなる。
怒りに任せてテイム画面を開いた俺。それを静止するようにコメントが走る。
『待てチリアクタ』
『良いのか、苦労して捕まえたのに!』
『しばらくドラゴンは捕まえないんだろ!』
加えてミラが言い放つ。
「オーナー・チリアクタ。実行を中止してください。当該個体の削除は、戦力的観点から非合理です。
現時点での損失は、獲得難度および将来的価値を大きく上回ります」
一拍置いて、ミラはシャドウドラゴンの頭を撫でる。
「……加えて、当該個体は完全な敵対状態ではありません。オーナーに対しては拒絶反応を示していますが──関係構築の未完了が要因であると判断します」
そして、ほんのわずかに視線をこちらへ向ける。
「破棄するのではなく、最適化してください」
ミラは影竜を手に抱き、俺の方へと向けた。
最適化、つまりは仲良くしろ、と。
……どう考えても無理だ。
ここまで反抗的なドラゴンが、頭を撫でる程度で懐く訳が無いだろう。
そう考えると同時に、目の前の少女は現実を正しく理解すべきだと思った。
「は、はは。ははっ! ……良いだろう。
分かった、やってやる……。やってるよ!」
『マジかw』
『やめとけってw』
「いんや、やるね。
AIってのは自分で出した演算に対して、失敗を経験しない限り同じ答えを繰り返す。ここで分からせてやるよ!」
明確な失敗を提示しなければ、ミラは似たような事を言い続けるだろう。ここで見せつけるしかない。
半ばやけで手を伸ばした。
シャドウドラゴンの目が俺を捉える。
その目は──明確な拒絶。
それでも、俺は触れた。
次の瞬間。
【シャドウブレスが発動しました】
龍の息吹が放たれ、視界は黒く染まった。
アビリティの仕様により、俺のHPに変化は無い。しかし、ブレスの勢いで俺は吹き度飛ばされた。
天地がぐるぐると廻る。
10mほど転がった後、ミラへと視線を向けた。
その膝にはシャドウドラゴン。
爬虫類特有の目はこちらに向いていない。
ミラの──空色の瞳を見つめるばかりだ。
『草』
『知ってた』
『NTRドラゴン』
ミラが静かに告げる。
「差異の要因は不明です。
ただし、当該個体はオーナーに対してのみ、強い拒絶反応を示しています」
一拍。
「現時点では、解決手段は提案できません」
そうだろう。
思い知ったか。
AIよ。
*****
俺たちはクラヨシの街に戻った。
俺は溜め息を吐いた後、ガシャガシャと音と立てて歩く少女に視線を向ける。
その腕の中では、真っ黒な竜が得意気な顔をしていた。
「俺に噛み付く、館にも戻らない。
オマケにミラから離れない。どうしろってんだ……」
『もうそのまま出しといたら?』
『そのうち懐くんじゃないかな』
『もう新しいドラゴン捕まえようぜ』
視聴者の意見にまとまりがないのは、第三者視点でも判断に困る問題なのだろう。
あいりんはどうやって──
そういえばあの竜、あいりんにも良く懐いていたな。
「AIフェチなのか……?」
そう呟いた瞬間。
シャドウドラゴンの口内が視界を覆った。
ガブリ。
続いて鋭利なモノが鼻に突き刺さる感覚。現実なら痛みで転げ回っている事だろう。
「やめろ! 離せ!」
顔にへばりつく竜を力任せに引き剥がす。
「お前良い加減にしろよ。AIにばっか懐きやがって……。
そういう態度なら、こっちにも考えがあるからな」
片手でドラゴンを持ちつつ、メニュー画面を操作。
テイムモンスターの名前へと手をかける。
【シャドウドラゴンの名前が変更されました】
【命名:ウナギ】
凛々しさをまとう竜の頭上に、新しい名前が表示された。
「ギャハハハハハハハ!!
ウナギ! 今日からお前はウナギだ!!
俺に従え、ウナギ!!」
「シャー!!!」
“この不名誉な名前を取り消せ!!”
反抗的な目つきは焦りを帯びる。
プライドが高そうな性格をしているから、効果は的面だろう。
『草』『草』
『大草原』
『何食ったらそんな突き刺さる名前考えられるんだ』
ミラがジッとやりとりを見つている。
「その行為は関係の適正化に、最も遠い行為であると警告します……」
聞こえないね。
俺は暴れる爬虫類をミラの方へ放り投げ、先を歩き出す。
すると後ろから話し声が聞こえ出した。
「ウナギ、貴方にも問題があります。関係構築には両者の歩み寄りが不可欠であり──」
あのウナギ呼びは他意など無く、素で言っているのだろう。
…….あいつもAIに呼ばれるなら本望か。
ざまあみろ。
*****
さて、こうして町へ戻ってきたのには目的がある。
俺は人をかき分けて歩いていく。着いたのは何処にでもある普通の喫茶店だ。
中に入ると、見覚えのある顔を見つけた。
「お待たせしました。サイトウさん」
「いや、待ってなどいないさ」
サイトウの向かいの席へ。
ミラは俺の後ろへ回ろうとする。どうやら立っているつもりのようだ。
「ミラも座りなよ」
「……良いのですか」
「え、何で?」
「……承知いたしました」
全員が卓に着く。俺とミラの飲み物を頼んでから、サイトウは話し出す。
「アクタ、クラヨシを出た後はヨナゴを目指すと言っていたな」
「はい。海沿いの正規ルートで進もうかと」
ヨナゴはクラヨシから見て、西から4つの街を挟んだ位置にある。かなり遠い街だが、街の規模はかなり大きい。
日本で言うところの大阪府に近いイメージだ。
「ヨナゴへの道のりは長いぞ。それに短調だ。海アップデートも間近だから、ヨナゴには最短距離で行くのが良いだろう」
「──確かに」
「ここを通るといい」
そう言って、彼は一つの紙を差し出してきた。それは地図ではあるが、地形を描いたものでは無い。
「ダンジョンですか?」
ダンジョンを記した地図を受け取る。
──ダンジョンマップには自分で開拓するものと、プレイヤー間での取り引きによって流通しているものの2種類がある。
「クラヨシ南西に向かった所にある”鉄の森”というダンジョンだ。
ここを抜ければダイセンと言う山に出る。そこを降ればヨナゴだ」
「ほう……。かなりショートカットできますね」
確かにこのルートなら街を経由するよりも早い。ダンジョンボスを倒せるなら、文字通り最短だろう。
「推奨LVは43ですか。
俺とミラなら行けない事は無いですね。……サイトウさんも一緒に行かれますか?」
「すまんな、俺は野暮用があってしばらくクラヨシから出られそうに無い。
まあ攻略に困ったら気軽に連絡するといい」
「いやいや、そこまでおんぶに抱っこは心苦しいですよ。
自分で攻略して見せます」
自分の力を試したい、と言う気持ちもある。このゲームで初めてのダンジョンだ。腕が鳴る。
ためしと海辺はカウントに入れてない。
こうして、俺達の行き先が決まった。
【視聴者:155】




