二十二節
夜叉マルと名乗った青年。
彼は俺に名前を告げると、槍を構えた。その後ろからきりんが話し始める。
「アンタも馬鹿よね。
私のシャドウドラゴンが目的なら、それを配信に載せるべきじゃ無かったわね」
「俺の配信を観てくれたんですね」
「私が? アンタの底辺配信なんか観ないわよ。
親切なリスナーさんが、教えてくれたんですぅ〜」
つまり鳩行為って事か。きりんリスナーの皆さん、それ配信業界じゃ犯罪ですからね。
ふざけんじゃねえ。マジふざけんじゃねえ!!
「はは。
優しいリスナーさんに囲まれて幸せそうですね」
どうあれ、先に片付けるべきはきりんでは無い。俺は視線を夜叉マルに戻す。
彼の持つ槍は、ハーヴグーヴァ討伐報酬でもらえる【霧掴の銛】で間違いない。
銛という名称だが、武器種は槍。
固有能力があり、敵の霧化を無効化する。
つまり。ハーヴグーヴァの物理無効という長所は、封じられた。
どう戦う? ーー無理だ。戦力差があり過ぎる。
逃げる? ーーこれも無理だ。そもそも逃してもらえるのか。
俺の思考に割り込むように、きりんは続ける。
「一つ提案ですぅ。
配信者らしく、私達とチリアクタさんで勝負しましょう〜。
私達が勝ったら、一生私のパーティーに入ってもらいますねぇ。チリアクタさんが勝ったら……」
彼女は下卑た笑いを浮かべる。
「まあご自由にどうぞぉ〜」
クソアマがぁあああ!!
そして彼女に便乗する様に、コメント欄も賑わいをまとう。
『勝ったらスパチャ投げるわw』
『むしろ大物配信者に飼われるなら良いんじゃねw』
『勝てたら1万くれてやるよ』
……俺に味方はいないのか。そっとコメント欄を非表示にした。今見ていても気が散るだけだ。
改めて槍兵の青年に向き直す。
すると瞬間、夜叉マルの姿がブレた。
「!?」
そう気付いた時には、槍の先端が目の前にあった。
夜叉マルは俺が瞬きする間よりも早く、距離を詰めたのだ。
これがステータスの差。
PvPに置いて、これは決定的に勝負を分ける。
俺は一瞬にして敗北を悟った。しかし。
「ウギャー!!」
俺と夜叉マルの合に、一つの背中が割り込む。
俺の唯一の味方。小さな騎士だ。
ゴブリンナイトは、大楯で夜叉マルの一撃を防いだ。
ただし勢いは殺しきれない。俺たち二人は団子になりながら、後方へと吹き飛ばされた。
「うわぁぁああああ!!!」
情けない悲鳴が、勝手に口から漏れる。
天地がぐるぐると回る。
背中に大きな衝撃を感じて、ようやく勢いは止まった。
【ゴブリンナイトのパッシブ:騎士の誇りが発動しました】
それはナイト系ジョブの能力の一つ。
HPが満タンの時、一撃でやられる攻撃を受けても、一度だけHP1で耐える。
つまり、あの強固な守りが、たった一度の攻撃で破られたのだ。
ゴブリンはもうこれ以上戦えない。
俺は誉高き騎士を館へ退避させた。
「凄いですねー。アレを防ぎますか。
一度デスポーンしてもらおうと思ったのに……。
さすがエクストラ」
夜叉マルが槍を振り回しながら歩いてくる。
まるで踊っているみたいだ。
槍の扱いがかなり上手い。
彼の強みはレベルの高さだけでは無いのだろう。
プレイヤーとしての熟練度が伺える。
やはり、正面から戦っても勝てない。
レベル的にも、スキル的にも、向こうが圧倒的に上だ。
ただ、あの人が来てくれれば、こちらに勝機がある。
今は時間稼ぎに徹するしかない。
俺は体を起こしながら、応える。
「それはどうも。
きりんさんとは随分仲が良いんですね」
「……いや、あのバカ姉は嫌いですよ。
ただ、噂のエクストラアビリティを見たかったんすよ」
「噂ですか」
「はい。今、RFOプレイヤーの間じゃ、ちょっとした都市伝説になってますよ。
モンスターを捕まえるプレイヤーが出たってね」
「へぇ……。じゃあ俺のリスナーも増えてくれれば嬉しいんですが」
俺は彼の足を止めるため、ハーヴグーヴァに指示を出す。
突っ込め!
思念伝達によって、俺の言葉が鯨達へと運ばれる。
空に漂う魚影が3つ、こちらに向かってやって来た。
「「「クォオオーン」」」
内、二体が夜叉マル目掛けて突進を行う。
残る一体は俺の元で静止。
俺はその背に飛び乗った。
時間を稼ぐなら、空へ逃げるのが一番だ。
離脱できる様なら、そのまま背を向けてしまうのも良いだろう。
そう言う考えだった。
俺を乗せたハーヴグーヴァは、地上から50mほど離れた上空へと駆け上る。
ーー安全圏だ。胸を撫で下ろしたその時。
キィィイイ!
先刻も聞こえた甲高い音が聞こえた。
その方向に目を向ける。
夜叉マルが立っていた。
彼は焼け焦げた鯨を土台して立っていた。
周囲には小さな稲妻が走っている。
【ハーヴグーヴァLV35の魂が消失しました】
【ハーヴグーヴァLV36の魂が消失しました】
じ、時間稼ぎにもならなかった。
一応ダンジョンボスだよね。
思わず涙目になる。
俺の苦労は何だったのか。
そう考えた束の間。
夜叉マルは驚異的な跳躍力で、ハーヴグーヴァの背中へ飛び乗って来た。
「そのレベルまで行くと、人間辞めてますね。
アメリカンコミックにでも出演されたらいかがですか?」
「そのジョーク面白いっすね。マジウケます」
目が笑ってねえんだよ。
完全に獲物を狩る狼の目だ。彼から逃れるため、必死に思考を巡らせる。
何か無いか。何か無いか。何か……。
ーー自由落下。コレだ!!
俺は思念を通してハーヴグーヴァに上昇を命じる。
ただ、奴に勘付かれてはいけない。時間を稼がなくては。
俺はダガーを握りしめ、夜叉マルに対峙する。
「お、やっとやる気になりましたか?」
「最初から……コッチは必死だよ!」
夜叉マルに向かって駆け出す。彼に向かってダガーを振るう。
一度だけでは意味が無い。
二度、三度、四度。何度も何度も刃を振るう。
しかし、刃から手応えは返ってこない。ことごとく躱される。
「うーん。配信を軽く観たんで分かってましたが。
ドラゴンの加護が無いんで、全然っすね。
戦闘力は生産職並みっと」
値踏みするような言葉。
直後、彼の拳が俺の頬を捉えた。
その動作からはコツン、と軽い擬音を想像するようなもの。しかし俺は鯨の背中を転げ回る。
「な、なんつー威力」
思わず吐露する。
しかし、時間稼ぎにはちょうど良かった。
充分な高度になっただろう。
膝を着いたまま考えていた俺を見下すように、夜叉マルは立っていた。
「じゃ……。そろそろ終わりにしましょっか」
「うるせー。テメェ、敬語が下手クソなんだよ。
社会に出る前に、ちゃんとお姉ちゃんに教えてもらっとけよ」
俺はニヤリと笑う。
瞬間、足場が消失した。
ハーヴグーヴァを館に戻したのだ。
「ッ!」
急な浮遊感に驚いている。
はは、いい気味だ。
俺たち二人は物理法則に従い、地面を目掛けて落ちていった。
*****
俺は地面にぶつかるよりも早く、ハーヴグーヴァを再展開。それをクッション代わりに、ゆっくりと地面に足を下ろした。
このゲームでは、物理的なエネルギーはそのままダメージへと変換される。
さすがのLV75も、あの高さから落ちればひとたまりも無いだろう。
「おいおい。最前線プレイヤー倒しちゃったって……。
俺、天才かよ」
悦に浸る、とは正にこの事。
喜びホルモンがドバドバ出ているのを感じる。
しかし、またしても俺の期待は裏切られた。
目の前に夜叉マルが現れたのだ。
「……は?」
驚愕する俺に、種明かしと言わんばかりに彼は話し出す。
「【身代わり藁人形】一度だけ所持プレイヤーの死を無かった事にする……。
まさかこんなところで使う事になるなんてね」
「ふざけんな! お前の負けだ!
格下相手にそんなモン使って恥ずかしくねえのか!」
「PvPにそんなルール無いっすよ。
あるのは勝つか負けるか、それだけっす」
あー、爽やかマンは嫌いだ。
学生時代の記憶が蘇ってくる。
夜叉マルが槍を構える。そして。
「とりあえず、コレで手下は最後っすね」
蒼雷がほとばしる。
目を覆いたくなる、眩い光が空間を包む。
甲高い音が聞こえて、衝撃が走る。
キィィイイ。
槍が振るわれ、最後のハーヴグーヴァは倒された。
【ハーヴグーヴァLV37の魂が消失しました】
奴が振るった槍の余波で、俺は尻餅をつく。
立っている事すら、ままならなかった。
気付けば、俺の首に刃が当てられていた。
誰が当てているのかは考えるまでも無い。
「そのLVにしちゃ、頑張りましたね。
次に君が目覚めるのは、ハアイですか」
彼は見下しながら告げる。
お疲れ様、そう言いたげなトーンだった。
「姉はしばらく、貴方をリスキルする予定だそうです。
……嫌になったら、協力すると伝えてください。
あの人はそう言うのシツコイんで。
まあ、頑張ってください」
「…………」
俺は応え無い。
とっておきの秘策が、やって来たからだ。
夜叉マルは俺にトドメを刺さんと槍を持ち上げる。
絶体絶命のその時。
ーー紅蓮の炎が、視界を覆い尽くした。
【視聴者:86】




