67話 ダンジョン産の花
「はは、これは本当にすごいな」
普段すごい勢いで話す研究者さんがそれ以上の言葉を出せずにいる。
とりあえず俺は今研究者さんが言った言葉をメモっておこう。
ええと、ካረጻ、መሦ、ኮቶባ、ኮኡካ、ጻንጂሾን、ኩኡኪ、ሔንካን、ኢሪሾኩ、ኮኤ、ሖሤኢだったよな?
たったの10単語だが、これがわかっただけでも大きい。
魔素……魔力と何が違うんだろう。
身体にも空気にも魔素という言葉がかかりそうだけど、これだけじゃやっぱりわからないな。
スキルを使う際にキーワードを言う必要があるが、言葉とか声ははそこらへんに関わってきそう。
効果はスキルの効果、威力は魔法の威力、補正は軌道の補正か?
ダンジョンはダンジョン内でスキルを使えるようにする為?いや、ダンジョン内でしか使えないようにする為か?
変換はなんだろう。魔素を変換、みたいな?
単語がわかっても、文章として成り立たない。
スキルをどうこうするにはまだまだ単語、できれば文になっているものを見つける必要がある。
やっぱり誰かに手伝って貰ってでも探すべきなのか……
「まっちー、この謎解き罠はどんな謎でも答えてくれるのか?」
「いえ。例えばダンジョンマスターの好きな食べ物は?みたいなどう考えても答えに辿り着けないような問題は無理ですし、宇宙はどうやって誕生したのか?みたいなまだ誰もわかっていない問題も設置できません。
あとは天の声の正体は?みたいなのも無理です。
意外なところだと、パンはパンでも食べられないパンは?というのも設置できませんでした。たぶん答えの候補がありすぎるのもダメなのかと」
「ふむ。意外と制限があるんだな。となると向こうの目的や情報を探るのは無理か。単語を謎として設置できたのなら、文法の正誤判定くらいはしてくれるだろが、まだ助詞や助動詞もわかっていない状況だ。やはりまだ文字が足りない」
そりゃ足りないと思うのは研究者さんも同じか。
「そうですね。結局そこに戻ってきてしまいます。研究者さんには引き続きスキル取得の際に見える単語を集めてもらってもいいですか?俺じゃ読み取れないので」
あれ見て単語抜き出すのは頭痛に耐える胆力とフラッシュ暗算みたいな才能が必要だと思う。一応もう一度読み取りチャレンジしてみたが、やっぱり痛みで覚えるどころじゃなく、俺にはできないと認識した。
だったらできる研究者さんに任せておいた方がいい。
「俺はネットで初めて声を聞いた時より前に情報が流れてなかったか探してみます。とりあえず1ヶ月ほど時間をください。それでなんの進展もなかったらもっと人手を増やしましょう」
「私はそれで構わない。実は海外で販売されているスキルの書を取り寄せているところなんだ。基本的にスキルは日本語で発動していたが、海外のスキルだとその国の言語での発動になるのか。今から楽しみで仕方がないよ。ただ取り寄せるのに少々強引な手を使ってね。届くまでもう少し時間がかかる。私としても1ヶ月後というのはありがたい」
「それならよかったです」
とりあえず協力者を作るか問題は1ヶ月後に先送りにできた。この1ヶ月でなんとか成果を出したいものだ。
「さて。文字とスキルの事はここで一旦終わりだろう。なら今度は私の要件を言ってもいいかね?」
「どうぞ」
「ダンジョンで出てくる装備、アイテム、素材は常々研究されている。君が関わっているのは特殊素材研究所だったね。当然他の場所でも研究は行われている。
特殊素材研究所は自分たちだけで研究を行っているが、他の研究所では国から指示を貰って内容を決めているところも多い。そちらの方がいろいろと融通が効くものでね。私の友人が勤めている研究所もズブズブとまでは行かないが、国からの依頼を受けている。
そこで聞いた話なのだが、最近ではダンジョン産と同じ効果を持つ異常状態回復薬の作成を急がれているとのことだ。君のダンジョン、あとは松戸、梅田、北九州市のダンジョンでごく稀にドロップする物と同じものをね。
どうやらこの異常状態回復薬は何かの中毒症状、依存症を改善するのに役立つらしい。ドラックから酒、タバコ、ギャンブルまでもだ。医学の発展によって本人の気持ちがあればそれなりに中毒症状は緩和できるようになったがそれでも絶対じゃない。
例えば酒なんかはせっかく依存症が治ってもたったの1滴で元に戻ってしまう事も多い。しかし異常状態回復薬を使えば本当に完治させられる。1滴飲んでも依存症には戻らない」
ここまでの説明だと異常状態回復薬って便利だなという感想しか抱けないのだが。
文字の件のついでに聞きたいことがあるとしか言われてないからまだ概要すら掴めてないんだよな。
「要するに異常状態回復薬は中毒症状・依存症に大変効果的だから研究を急がせる、と言うことなのだが、何か変だとは思わんかね?」
「変……というか、研究させるのはわかりますが、今の話だと急がせる理由がイマイチわからないです」
「そうだ、そこだ。何処のダンジョンからでも入手できる一般的な回復薬は怪我をしても外傷部分にかければ傷跡が残らないように完治する優れものだ。切断レベルになると流石にくっつける事はできないようだが、それでも外科手術にも使えるただの回復薬の方が汎用性は高い。なのになぜ異常状態回復薬の方を優先させるのか。
気になった私は調べることにした。
ダンジョンから排出されるアイテムの複製を求めていると言うことは、ダンジョン関係で何か起こっている可能性が高い。君と君の友人のところは何が起こっても自分達で解決するだろうから、それ以外のところだ。
初めて研究の依頼があったのは8月頃という事なので、新しくできたダンジョンも候補から外れる。私は残った9つのダンジョンを改めて探索して、そこの探索者達に聞き込みをした」
相変わらず行動力がすごい人だな。
新ダンジョンの話が入ってきたってことはここ1ヶ月の話だよな?
文字の件もあった筈なのにその裏で全国各地のダンジョン巡りをしていたとは。
9つのダンジョンってことはそれぞれ3日も滞在できなかったんじゃないだろうか。
「話を聞いていくと、気になる噂があるダンジョンを見つけてね。広島の府中市にあるダンジョンだ。
そこではたまに花がドロップする。地球では見つかっていない品種で最初はそれなりに高値で売れたが、安定してドロップするものだから、現在では魔核よりも安い買取価格になっている。
せめて何か使い道が見つかればもう少し価格がつくだろうが、研究者達が研究分を確保した後は観賞用しか用途がないので、需要と供給のバランスが崩れて大幅に価値が下落したと言うわけだ。
そんな花を高値で買い取ってくれる人が居るという。全くもって怪しいじゃないか。私はもうこれだと思ったね」
府中ダンジョンで花がドロップすることは俺も知っている。そして、その花の研究がうまく進んでいないことことも。
なにしろドロップする花には根っこがないから植えられない。栄養のある水に生けても2週間ほどで萎れ、さらに数日経つと完全に枯れてしまうようだ。
せめて植えられる状態でドロップしていたら、と東畳さんが嘆いてた。
「丸一日ダンジョンに潜り、花集めをした私は高額で買い取ってくれる人を探した。花をいくつか持った状態なら向こうも警戒しないだろうと思ってね。
わざわざ花を見える状態でダンジョンで探索者に高額買取りの人を知らないかと声をかけていたところ、向こうから接触があった。高値で買い取る理由は特別な研究をしているからだと言っていたな。あとは特殊素材取扱ライセンスは持っていないから、その口止め料も含まれていると。
けれど、特殊素材取扱ライセンスは金さえ払えばどこの企業でもあっさり手に入るものだ。感覚的には古物商の資格と近い。取ろうと思えば個人でも取れる。
だから花を高値で買い取れる財力があるならライセンスを持っていないのはおかしいのだ。そいつに何かあると思った私は警察にいる友人を頼って男の素性を探ることにした」
……これ本当にここ1ヶ月以内の話だよな??
話進みすぎでは。
てか、薄々思っていたけどこの人“友人”が多いな。
「警察の似顔絵師に特徴を伝えて顔を再現してもらったら、すぐに身元がわかった。麻薬売買での逮捕歴があったからだ。過去に麻薬を売り捌いていた男が花を高額で買い取っている。そして、国は異常状態回復薬の開発を急いでいる。ここまでくればもうわかるのではないかね」
「花には麻薬と同じような依存効果がある。それを治せるのは異常状態回復薬だけ、とかですかね」
「正解だ。花びらを乾燥させ粉末状にしたものを燃やした煙を吸うとそれはそれは素晴らしい夢が見れるらしいぞ。そしてそれには強い依存性もある。
研究の段階で花びらを加工するとドラックになることはわかっていたが、こんな事実は公表できない。広まったら確実に手を出す人が居るからな。
だから秘匿するように国が圧力をかけていたのだが、どこからかドラックになることが漏れたのだろう。だから花を高額買取りして加工し、さらに高値売り捌く輩が出てきた。
残念ながら違法薬物扱いになっていないから売り捌いている奴らを簡単に逮捕することもできない。異常状態回復薬の研究を急がせているのは依存症の解決手段を手に入れてから、花の効果を公開して違法薬物指定するつもりなのだろうな」
「なるほど……府中ダンジョンの花にそんな効果があるとは知りませんでした。内装にもドロップアイテムにも花はありますが、なにしろ無駄に数が膨大で把握しきれてないんですよね」
「私が真識眼で見てもまずアルリア、その次に小さくて可愛い花と表示され、回復効果がわずかにある、依存性あり、というところまでしか見えなかった。これが花の現物なのだが、君はなにか情報を知らないか?
話を聞き出した研究者の友人からここまで話したんだから何か追加情報をもってこいと言われてしまってね」
研究者さんは鞄から黄色い花を取り出した。花が萎れないように茎の下の部分には湿った紙が巻き付いていて、その上から透明のフィルムが巻かれている。
真識眼って最初はすごいなと思ってたけどさ、本当に知りたいことは知れないから、なんだかんだで大切なところには役立たないよな。




