61話 瑛士の家へ
瑛士の家に着く頃には日が沈み始め、空がオレンジ色になっていた。
ここに来るのはいつぶりだろうか。少なくとも最後に来たのは高校生の頃なので、だいぶ久しぶりなのは間違いない。
インターホンを押すと、女性の声が聞こえてきた。
『はーい』
「若島です。瑛士に呼ばれて来ました」
『あら、わかちゃん!ひさびさねぇ。今えいちゃん呼んでくるから待ってて』
俺のことをわかちゃんなんて呼ぶのは瑛士の母親である紬さんだけだ。
そのまま待っていると、中から何やらドタバタした音が聞こえ、数秒後バンっと大きな音を立てて玄関のドアが開いた。
「待ってた!中入って!」
瑛士に言われるがままついていく。
リビングを通ると紬さんが晩御飯を作っていた。
「こんな時間にすみません。お邪魔します」
「いいのよ。どうせえいちゃんが呼んだんでしょ?せっかくなら晩御飯食べてく?」
「あ、いえ。お構いなく。少ししたら帰るので」
人の家の夕飯に同伴とか気まずすぎる。
あいつらが一緒ならともかく今日は俺しかいないって言うのが特に気まずい。
「えー!いいじゃん。今日来てくれたお礼に食べてってよ!」
「そうそう。わかちゃん今一人暮らししてるんでしょ?ご飯作るの大変じゃない?遠慮しなくていいから今日くらいはうちでゆっくりしていきなさいな」
……うん。これは断れないな。
まぁいいか。紬さんのご飯美味しいし。
「ありがとうございます。ではぜひ」
「わーい」
そんなに喜ぶことでもないと思うんだけどな。
今すぐ夕飯、という訳ではないので当初の目的であった瑛士からの相談を聞くために部屋に向かう。
「で?相談ってなんなんだよ」
「見ればわかる!」
なぜだろう。嫌な予感しかしない。
瑛士が部屋のドアを開ける。
その瞬間、丸い物体が飛んできた。
「は?」
「待って!スラ太郎!」
その声と共にまるで急ブレーキがかかったように物体が空中で止まり、ぼとりと床に落ちた。
いやいやいや。あり得ないだろ。物理法則もそうだけど、その存在が。
ダンジョンマスターは許可なくダンジョンの外にモンスターを出すことはできないってAIが言ってたんだぞ。
それなのに。
「なんでスライムがここに……?」
「え?普通に出しただけだけど?」
いや普通にってなんだよ。
一旦いいや。先に相談内容を聞いてから詳しく詰めよう。
「わかった。後で聞く。結局お前の相談はこのスライムに関わることか?」
「うん。とりあえず座ってて。相談の前に俺飲み物とってくる」
別に要らないって言う前に瑛士は階段を駆け降りて行った。
部屋には俺とスライムが取り残される。
いくらマスターから静止の命令がかかっているからといって、他ダンジョンのモンスターは明確に敵なんだけど、アイツわかってんのかな。わかってないんだろうな。
……勝手に殺したら流石に怒られるよなぁ。
大人しく座って待っていると、バタバタと足音を立たせながらすぐに戻ってきた。
「お待たせ!蒼斗ってジュースとかよりお茶派だったよね?」
「そうだけど、そういうのって普通先に聞かない?」
「冷蔵庫の前で気づいたんだもん。あってたならよかった!」
「別にジュースでも文句言わないけどな。まぁありがとう」
「それでね、相談なんだけど……最近スラ太郎の元気がないんだ。どうしてだと思う?」
知らねーよ。
俺じゃなくてモンスター研究してる人に聞け。
って言いたくなるのをなんとか抑えた。本当にそれで聞きに行かれても困るし。
とりあえず相談内容はわかった。電話やSNSで詳しく言えなかったもの、流石にモンスターはダンジョン関連だと認識してたからだろう。
「まずスラ太郎を飼うことになった経緯を教えてくんない?」
「俺ずっと昔からペット飼いたくてさ。でも母さん重度の動物アレルギーだから犬とか猫は飼えなくて。トカゲとか蛇も母さんが苦手で無理だし、魚とかは直接触れないからなんか違うじゃん?」
「あー、そうだったな」
高校生時代にこの話は何回か聞いたことある。
それ聞いて男子4人で豆柴カフェ行ったのが懐かしい。
「だからスライムならいいかなって!」
話飛躍しすぎでは……?
「たくさんモンスターいるのになんでスライム選んだんだ」
「スライムなら可愛いし、アレルギーは出ないと思ったから?」
そりゃアレルギーは出ないだろうな。だって毛が無い以前にモンスターだから。そういう話聞いたことないしモンスターはアレルゲンとか持ってないだろ。
「あくまでもスライムはモンスターなんだけどわかってる?スラ太郎のこと紬さん知ってんの?」
「うん。知ってるというかバレたというか……でも攻撃しないよう命令してるし、危なくないよ!」
そうだな。スライムなら危なくないな。それで済んだらいいんだけどさ。
「スラ太郎を出した手順を1から教えてくれない?」
「えっとね、まず画面開くじゃん?それで、スライムのところまでいって、画面の外にポイってやって終わり!」
つまり普通にアイテム出す時の手段と同じってことか。
試しに自分でもスライムを出してみる。
……本当に出せちゃったな。
「窓タッチして戻ってきて」
ぴょんぴょんと跳ねて移動して、俺の言う通りに窓を軽くアタックして俺の元に帰ってきた。
命令も問題なく聞くようだ。
よくよく考えてみれば、ドロップアイテムも内装アイテムも手元に出せるんだから、モンスターだけ出せないのはおかしい。
AIのあの許可が無いと無理って言葉なんだったのか。
「瑛士ちょっと自分のAIに内装アイテムをダンジョンの外に配置することはできるか聞いて見てくれない?」
「え?うん」
どう考えてもスライムには関係ないことだが、瑛士は素直にAIに聞いてくれている。
「無理だってさ!」
「手元にアイテム出せるのに?」
「あれ?たしかに」
聞いてはいないけど俺のAIも同じ質問したら不可能です、とか言うんだろうな。
もともとこのやり方は小嵜が見つけていた。
小嵜はステータスをバグみたいな方法で取得してたけど、これは俺らでもできる。
つまりそういう仕様ってことだ。
それらしい理由を考えるなら、ダンジョンとダンジョンマスターの命は一心同体である。だからダンジョン=ダンジョンマスターになり、ダンジョンマスターはダンジョンと同じ扱いを受ける、といったところだろうか。
だとしたらガバガバシステムすぎるけど。
でももし本当にこのシステムを作った奴がダンジョン=ダンジョンマスターと認識しているなら、ダンジョン内でしか使えないスキルも手元に発生させるというイメージで出せば、使えるんじゃないだろうか。
「“風牙”」
初級の風魔法は間違いなく出て、手元にいたスライムを真っ二つにして消えた。




