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第二十七話:凶星

『超重力』で叩きつけられた時のダメージがまだ残っている。

 対して、あちらはダメージを負っても無に帰す手段がある以上、どれほど立ち回りで上回っていても万が一があったかもしれない。


 ――『魔族を狩る魔族』。


 そんな触れ込みで始まった彼との邂逅は、結局のところ成果らしい成果を生まず、現在僕は圭の邸宅へ向かう帰路についているところだった。


 溜め息を吐くと、白い煙となってふわりと昇っていく。

 遠くでは魔縁事件発生のサイレンの音が未だになり続けている。既に奴らは討伐……いや、狩りの餌食となったというのに。


「……結局、タダ働きになっちゃったな」


 僕の目的となる〝灼呪の大魔〟や名も在り方も知らぬ虚津神とは直接的な関係はなかったため、目に見える成果はなくタダ働きという表現をしたが、別に何の情報も得られなかったわけではない。

 

〝魔縁狩り〟の正体は、魔力への特異な体質を持ったニンゲン……それも虚津神の神徒だった。

〝灼呪〟に関してはもしかしたらどこかで関わりがあったのかもしれないが、彼の肉体は魔素ではないため記憶は人間と同じく脳に刻まれているはずで、あの場において知る術はなかった。

 また、彼の発する神通力や能力に触れたことで、楓眞の魂を攫った時に感じた虚津神の干渉との照合を記憶を頼りに行い、違うことはわかった。


 元より、この外法師活動において目的への手がかりを探るというのは、僅かな可能性が灯ったところへ闇雲に手を伸ばすようなものだ。

 しらみ潰しで高位魔族の討伐を行なっているほどに、手段が明確になっていない。


 今回はそこにさらに、全く稼ぎが生まれなかったというだけの話。

 

「話を聞いた時は、まさかとは思ったけど……まぁ、やっぱり彼らにそんな機能はないよね」


 つくづく、人の伝聞を介した噂というのは当てにならない。……前評判に踊らされた身で言うことではないかもしれないが。


 とはいえ、今回はそれが良い方向に働いたところもある。


 魔縁に反旗を翻す魔族なんてものが、長年魔縁陣営に野放しにされている訳がない。ゆえに圭から話を聞いた当初、その個体は発生して間もなく、コミュニケーションすら取れるか怪しいとすら思っていた。

 正直なところ興味と期待半分、蓋を開けてみれば詰まらない内容で取り越し苦労に終わるだろうという諦観半分であった。


 案の定、魔族自体にはやはりプログラムされた本能以上のものはなく、魔縁に反旗を翻しているわけではなかった。


「……ふっ、ふふっ、あははッ!いや、もはやそんな題目なんてどうでも良いや」


 だが、後者の諦観を打ち破られたのは彼と拳を交えてから。





 ――前世と今世を界渡りし、楓眞の中に宿る魂として過ごした経験と、それを為したあらゆるものを繋ぐ『門』という能力の性質上、僕は実態のない人間の魂というものを感じ取ることができる。





 魔縁の存在に本当の意味での主体性はなく、ただひたすらに命令されるがまま人の世に災禍を齎すため蠢く彼らの魂の輝きは澱みくすんでいる。あるいは肉や骨だけでなく、その魂までもが空っぽな存在か。

 彼らは須らく、本来この世に存在してはいけない異物でしかなく、闘争の中でも禍いの気配しか漂ってこない。


 対して、『人』には千差万別、十人十色の在り方が存在して、その魂の輝きがどんな色を放つのか、覗くだけでも心躍る。


 中でも、最もそれが美しく僕の瞳を焼き付いて離さないのが、その『人』が人生と矜持を賭けて闘うとき。

 超常に溢れたこの世界で『闘い』とは言葉の意味通りでもあるし、勉学や仕事をはじめとした日々の営みの中で多々発生するしのぎの削り合いを指す意味でもある。


「嗚呼……名前ぐらい、聞いとけばよかったなぁ」


『冥墓』の神徒であり、魔によってその在り方を狂わされてしまったのだろう彼からは、一等星の如きドス黒い輝きを感じた。

 その果てしない引力で深い闇に引き摺り込まれるような彼の魂の輝きに、僕は強く惹かれてしまった。


 好奇心と、『人』へと近づいたからこそ余計に強くなる羨望が僕の身を焦がす。

 一体何が彼をあのようにしてしまったのか、今の彼は何に突き動かされて魔族を狩るなんてことをしているのか――。


「ふむ……キーになるのはやっぱり魔力との『同化』、【神魔戴天】……それから魔族との追い・追われる関係性かな」


 魔力と肉体の『同化』なぞ、自然発生するものとは考え難い。


 例えると、我々や地上の生物は電力というエネルギーを生み出すことや帯電することはできる。

 しかし、だからといってそのエネルギーで肉体の一部が構成されるかと問われれば、およそ不可能と言えるだろう。

 隣人にはなれても、同一人物にはなれないのだ。


 だがまぁ、魔力という本来のこの世の原理原則から逸脱したエネルギーであり、僕がこうして机上の空論とはいえ考えつくことができる以上、枕詞に絶対と付けるほど不可能といえるものでもない。

 指向性を持って取り組み、悍ましい数のトライアンドエラーを繰り返した果てには、もしかしたら辿り着ける領域なのかもしれない。

 ふと溢した、彼の『識別記号』という発言もそれを匂わせる。


 ――彼は、魔族に追われている様子だった。


 実験施設から逃げ出したモルモット……魔に寄った彼を魔縁陣営が必死な顔して追いかける。

 それほどに価値があるものを彼が持っているのか、彼という存在そのものが魔縁のウィークポイントになり得るため隠蔽に動いているのか。

 どちらにせよ、実に想像しやすい構成ではないか。


 であるならば、その実験が誰の下どんな名目で行われたかに限らず、このまま魔縁陣営に捕られるのは面白くない。


「……かといって、このまま素直に退魔師の手に渡るのも勿体無いと思っちゃってるんだよなぁ」


 彼と魔との『(えにし)』、これが〝灼呪〟やその奥の陰謀へ繋がる可能性は大いにある。それこそかつてないほどに。

 加えて彼自身の『力』や魂の在り方、等身大の人間性はとても魅力的で、失うには惜しい。

 

 だが、今の僕相手に苦戦する程度の実力では、魔族と退魔師の両方から狙われ続ける限り、そう遠くないうちに破滅する。


「うーん、どうにかならないものか……圭も近いうち本格的に動き始めると言っていた、し……うん?」


 深夜の閑散とした住宅街の中を、考えを纏めるため小さく呟きながら進んでいると、ふと今回の『魔族を狩る魔族』という話の経緯の中で違和感を覚える部分に気づく。

 

 退魔師の動きが慎重になっていること。

 僕を試金石として投げたにも関わらず、対象が神通力を使うことや、どんな魔族を狩ってきたかまで調べがついていること。

 退魔師より先に僕に接触させようとしたこと、興味を持つと確信した様子などなど。


「そうか、なるほど……いやぁ、今までなんで思いつかなかったんだろう」


 丁度これから帰る先である伊織圭の家ならば、『退魔公家』の次代当主という高貴な身分である彼女のため高度な『結界』が張ってあり、身を隠すのにはもってこいである。

 問題は、至極当たり前だが、厄介になっている立場の僕に他者を連れ込む資格などないことだったのだが。


「……考えてみたら、退魔師として片付けるだけなら話をボクに持ってくる必要ないよね」


 彼女の実力と退魔師としての調査能力で、態々僕に依頼する必要などない。

 討伐するだけなら彼女が動く方が確実かつ一瞬だ。

 

 ならば、僕が試金石として送り込まれた上で感じ取った彼の『価値』と、これまで接してきた伊織圭という探究者としての『性質』から考え得ることとして――。










「うん……うん、了解したよ。じゃあ、舞台はそっちに任せたね、圭さん」

「えぇ、私も『七理』のパトロンとして()()()()に尽くしましょう。――『外法』でしか為せない大義がこの世にある限り」





 ***





〝カエデ〟と名乗ったあの外法師との戦闘では、せっかく溜め込んだ魔力をかなり消耗させられた。

 あれほど近くまで接近していたにも関わらず、そして憎たらしい薄ら笑いに腹が立っていたはずなのにも関わらず、どうにも肝心の顔や特徴が記憶から上手く引き出せない。



 ――ただ唯一、こちらの心胆まで見通しような朱い瞳だけを除いては。



 逆にそれだけが頼りになって、この一件が魑魅魍魎の類に化かされたわけでも白昼夢だったわけでもないのだと確信が持てる。

 そんなくだらないことを考えてしまうほどに、どこか現実味のない時間だった。


 互いの一挙一動が戦いの命運を分ける中での極度の集中状態。

 長いようで気づけばあっという間に過ぎていくような不思議な感覚。


「(初めてだった……)」


『力』を求めてから、初めて拮抗する実力を持った相手だった。

 ただ魔力を糧にするだけでなく、もう少しで決定的な何かが掴めそうな、大きな壁を打ち壊して新たな自分に到達しそうな予感がした。


「(この、胸の内に燻る不完全な熱をさらに燃え上がらせるため、もう一度アイツと戦いたい!!)」

 

 騒動の中心でそんな風にぼうっと熱に侵されていたから、駆けつけた退魔師に捕捉されてしまった。

 このまま限界まで力を出し切れば、何かが変わるだろうか、と半ば八つ当たりするように『退魔四課』だとか名乗っていた退魔師たちを一人一人沈めていった。


 そうして、いつの間にか立っているのは俺一人になっていた。

 その頃にはすっかり熱は冷め切ってしまっていた。


 新しく貼り直された結界を虚津神の力で粉砕して、共鳴して遠く聞こえる『魔縁言語』を頼りに、再び魔族を狩り、魔力を力へ変えるため放浪を続ける。


 ……ただひたすら、その先にある強さだけを求めて。










 その日はいつも通り、魔縁の気配がする方へ足を進めていた。

 ここはある臨海工業地帯の一角のようで、確かに身を潜めるには適した場所に思う。

 適当な作業員を殴って服を奪い、一応の変装を施した上で捜索する。


 例の外法師との戦いからは数日が経ち、奴からの接触もない以上、その因縁も徐々に薄れてきていた頃――。



 ――『山咋響く(やまくいひびく)浄土神(じょうどがみ)』【幽獄-四方サンガ-】――



 ここ最近で何度も目にしてきた、水晶板が折り重なり大きなドーム型の結界が構築されていく様子。


「チッ……まーた、性懲りも無く結界かよ。いい加減見飽きたぜェ」


 思わずため息と舌打ちがついて溢れる。

 どうやらこちらの存在は捕捉されていたようだ。意識してみれば、確かに先ほどから周囲にヒトの気配がしていないことに気づく。

 

 外法師か退魔師か……おそらく退魔師の方だろう。先日退魔師に手を出したのは流石にまずかったか。

 腕を組んで、下手人が出てくるのを待ってやる。


「ほーん、すぐこの『結界』に手ぇ出そうとせんのか。慎重なんか、野生の勘か……どっちにしろ、面倒やな」

「ハッ、殺気が漏れてんだよ。満を辞して出てきた割には、テメェら大したことねェな」

「おっと、こら手厳しい」


 相手も馬鹿ではない。

 単に結界に閉じ込めるだけでは俺に通用しないことは先日の件や、魔縁討伐を横取りした時に結界を壊して侵入した過去からも分かっているはずだ。

 実際、裂けた左の口端と主張の強い方言が特徴的な退魔師は結界の外郭に張り付いて、俺が結界を壊す瞬間にできる隙を狙ったカウンターを用意していたようだ。

 俺が動きを見せないことに痺れを切らして、結界内に足を踏み入れたようだが。

 

 先に述べた男を中心に、五人の退魔師がゾロゾロと姿を見せる。

 俺と同じような神徒もおらず、真ん中の奴以外特別パッとしたのはいないが、全員の立ち姿から仕事に対する自信は窺える。

 この前の木端とはまるで違う。退魔師の中でもそれなりのキャリアを積んだ実働部隊といったところだろう。


「(……コイツらまとめて相手するのは旨くねェ。多少神通力を浪費することになるが、さっさと壊しちまうか)」

 

 カエデとの戦闘で不意打ちを決めることができた『超重力』――出力によっては結界を押し潰すこともできることは確認済みだ。

 

 あの時は扱いやすいように掌からしか神通力を送り込まなかったが、少し練習してコツを掴めば地面につけた足からも発動できるようになった。

 そして、神徒でないコイツらに俺の神通力の流れを見ることはできない。


 壊すのは結界だけでいい。

 能力の制御を安定させるため、効果範囲は俺の周囲半径二メートル以内に絞る。

 ただし、不用意に俺へ近づけば、この邪魔臭い透明な檻と共に地球(ほし)へ沈むことになる。


 神通力は充分深くまで届いた。

 あとは能力発動のトリガーを弾けばいい。

 手をつけて発動する時は発勁の要領で側から見れば無動作だった。しかし足での能力行使の場合、片足で大地と神通力の繋がりを持ちながら、もう片方の足を上げてダンッと強く踏み締めなければならない。


 ――『月読唱える(つくよみとなえる)冥墓神(めいぼのかみ)』【アトラスの慟哭】!!――





「……なにッ?」


『超重力』は、確かに発動したはずだった。

 神通力を発動させて、虚津神からの干渉を確かに感じた。

 それにも関わらず、結界の外まで力を及ぼそうとした途端に神通力が霧散するように消えた。


「あー……遠隔から神通力使って壊そうしたんか、無駄やで。魔族やらなんやらに色々と試し撃ちしとったようやけど、全部観測されてんで」

「チッ、そういやアイツもそんな事を……」


 こちらの困惑した様子を見て、何をしようとしたのか察した口裂けの退魔師が、俺に忠告する。

 そこで、カエデが残した別れ際の言葉を思い出した。



『――ボクはちょっと理由があってね、神通力をなるべく観測されたくないんだ』



 当時は何のことか分からなかったが、どうやらこの国には神通力に特化した監視体制が整備されているらしい。

 俺の居場所が筒抜けだったことにも納得がいく。

 対策として、この『結界』自体が俺の神通力に対する何らかの耐性を持っているんだろう。

 能力の効果を結界に与えようとしたために、神通力の発動を阻害された形だ。

 

 視線を掌に移して、グッと開いたり閉じたりしながら確かめると、『結界』内部における神通力の発動については問題なく行使できるようだ。


「……おい、この『結界』張ってる奴は外か?内か?」

「残念、もちろん外やで。俺ら殺してもこの『結界』は解除されんし、そん時はさらに戦力が補充されてくだけや」

「クハッ、退魔のエリート様方が雁首揃えて随分必死じゃねェか、なァ?」

「そら俺らも暇やないから普通ここまでせんよ。――ただ、上のもんがジブンのこと生け捕りにせぇってご所望や」

「つまんねェな、国家の狗が」

「人類の番犬って言えや、クソガキ。……ま、そないなわけで、大人しゅう捕まったってくれ」


 俺たちが言葉を交わす中で、その他の退魔師が武器を構えて陣形を整えていく。

 言葉もなしに澱みない良い動きだ。感じ取れる強さ以上に厄介な相手かもしれない。


「「「――!!」」」

「ッ、おいおい……なんちゅう魔力量や……!」


 だがそんなこと、俺には関係ない。


「大人しく捕まって、また好き勝手に身体弄り回されんのかァ?……ハッ、俺のことコケにすんのも大概にしやがれ」


 目の前のコイツら五人合わせても足元にも及ばないほどの魔力を昂らせて構えてやる。

 そうすれば奴らの表情が少しだけ強張った。


 相手は恐怖という弱さを切り離せないただのニンゲン、一度壊せばそれでお終い。

 生命を完全に奪い取るまで絶えず襲いかかってくる魔縁共より遥かにやりやすい。


「テメェらみてェな障害をよォ、全部ぶっ壊すための『強さ』だ。――ひれ伏せよニンゲン、天辺(てっぺん)は俺のモンだ」

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