~お祭りは参加してこそ意味がある~
唯一、理乃が立つ舞台。
神主に頼まれ、師匠に言いくるめられて渋々引き受けた。
神楽は年に三度。
理乃の担当は秋の一度のみ。
その内、正月と春の神楽は、弟弟子の月読君が担当した。
神主と知り合いらしい。
師匠曰く「月セット」とのこと。
なんだそりゃ、と呆れた。
他に”月”を着けた弟子がいないらしく、二人だけらしい。
月読君はかなり歳下だが、既に師範代免許も習得している。
三回とも任せてしまいたい所だったが、何となく秋の神楽を任せるのは気が引けた。
月読君は大変元気な子供だった。
エネルギッシュで、遠くから見てもすぐに分かる。
あの子ほど存在の認識がしやすい人間に会った事が未だにない。
前々回の春と今年の正月は受験生という事で急遽回された。
自営業に転職していなければ、多忙で軽く死んでいたかもしれない。
それにキレた理乃は、神主の許可を取り、師匠に譜面と音源を丸投げした。
毎年観に来ているのは知っている。
時々、リハーサルまで見ている。
曲は二十分から四十分。
秋の神楽はその年の景気で踊りの長さが変わる。
けれど、師匠クラスであれば、年に一度だろうが数回見て、譜面さえあれば教えられる。
曲の長さ自体は日本舞踊の曲と大差ない。
文句を言う師匠に、代替わりは仕方ないと言い切り、師匠の娘の姉弟子が引き継ぐ事に決まった。
踊り手は当日にしか発表されない。
誰が踊ろうと関係がない。
踊るのが目的なのだから。
やっと肩の荷が降りたと思っていたら、今年の春に月読君に「一年ぶりなので、稽古見てください」と頼まれた。
稽古日が重なれば、大抵は終日稽古場にいるので、問題はないのだが。
そもそも、一年踊らなかった程度では忘れない。
小さな所は飛ぶかもしれないが。
大体、師範代の免許皆伝をしている月読君に、師範代を取得していない自分では教える立場にはない。
そう伝えたのだが…
「月代さんなら大丈夫です!だって、取らないだけで、取れますよね?」
断言されても困るのだが。
「そうよ。お金が勿体無いから取らないだけでしょ。課題曲はとっくに終わってるじゃない。それに神楽はウチの流派じゃないから師範代とか関係ないし」
師範代の試験を受けるだけで数百万掛かる。
それで稼ぐ気もないのに払う気にはならない。
月読君はそれですでに稼いでいるが。
ちなみに、試験に落ちても返って来ない。
次回受ける時に少し割引される程度。
そんな博打は打ちたくない。
そして師匠はかなりアバウトな人間だ。
「そうじゃなきゃ、こんな業界やってけないわよ」
それに巻き込まれる身にもなって欲しい。
稽古中、娘さんの姉弟子も文句を言う一人だが「それ、教わってないです」「あらそ?じゃ、今覚えて」と教えた場所が飛んでいたり、順番が代わっていたりする。
頭がこんがらがりそうだが、何故か師匠に文句を言うのは、娘さんと自分と月読君だけである。
他の弟子は苦情も文句も言わずに混乱したままだ。
それは、他の弟子達が「教わってない」と師匠に対して断言出来る程、明確に覚えておらず、自分が忘れている可能性が多いにあるからなのだが、文句を言う三人は、みんな大人しい。と勘違いしている。
今年の秋の神楽の稽古を娘さんに頼まれても絶対に見ない。
月読君は一応は弟弟子。
だが、師匠の娘さんは、歳下だろうが姉弟子である。
姉弟子に教えるなど、そんなことはしたくない。
裏方の手伝いも神社と流派の人間でやるらしいので完全にお払い箱だ。
今年こそ、神社の祀りを第三者として初めて観れる。
当日の朝、理乃は久しぶりに、その日、のんびりとした朝を過ごした。
毎年朝から準備やリハで忙しかったのだ。
いつも朝は世間よりも遅いが、この日だけは別だったので感慨深い。
今日はどう過ごそうか。
ダラダラとコーヒーを淹れ思案する。
今日は事務所も休み。
皆、しみったれた相談事より、縁起物の祭りにでも出掛けた方が気分転換にも良いからだろう。
今まで、近所の神社で祭りのある日に予約が入った事はない。
チカチカと点滅するスマホが目に入った。
はて?誰かと約束した覚えはないのだが。
不思議に思いながら、心当たりを探すが記憶にない。
スマホを取り、メッセージを受信する。
「・・・」
思わず、見なかった事にしたいくらいの数を見た。
なんだあの数は。
しかも、複数人から着ていた。ような気がする。
一人ならともかく、複数人を無視すると大変面倒な事になる。
過去に無視した時の騒動を思い出し、面倒さを天秤に掛け、仕方なく再び起動させる。
結菜:今年は理乃ちゃんじゃないって本当?
はて?踊り手の発表は直前にしか分からない筈だが。
まぁ、地元民が根強く蔓延る地域である。
誰かがリークするなり、準備で見掛けたなりしたのだろう。
地元は噂が広まるのも早い。
ネットというものがなかった時代はもう少し遅かったような…と思いつつ、井戸端会議に場所は関係ないか、と納得した。
理乃:引退した
これで武田夫妻への返信は終了で良いだろう。
旦那側からも着ていたが、どうせ伝わる。
無駄な事はしたくない。
葛西:体調でも悪いのか?祭にいないが。
葛西は商店街組合として、祭は稼ぎ時だと駆り出される。
何故なら、祭は飲食店が忙しく、古本屋に客足は減る。
恐らく、出店の準備中にでも聞いたのだろうが…。
理乃:引退した。働け。
葛西が携帯を弄っている所は見た事がない。
むしろ、使っている所も見た事がない。
自分が言うのも何だが、携帯を所持する必要性がわからない男だ。
そんな男が手伝いの手を止めてまでメッセージを送ってくる意味が理乃にはさっぱり理解出来なかった。
そして、一番面倒なのがコイツだ。
武田兄:違う人なんだけど?聞いてないんだけどな?どういう事かな?
一つ目でコレである。
あと数通、来ているが見る必要性はないだろう。
多分、似た様な事が書いてある。
そして多分、段々ヒートアップした文章になる。
返信が面倒臭い。
聞き方が面倒臭い。
なんかもう面倒臭い。
理乃:引退
予測変換で出た物を選んでそのまま送った。
なんかもう、色々と面倒だったので。
返信で力尽きた理乃は、そのまま二度寝した。
祭りを観に行こうという気分は既に失せていた。
夕方、真知子が荷物を持って事務所に訪れた。
友達とお祭りに行ったのだが、途中で理乃の食事事情が気になり、出店でいくつか食べ物を買い込み、友達とは別れてしまったのである。
「理乃?いる?」
返事はない。ただの屍のようだ。
「zzz」
理乃の二度寝は夕方にまで及んでいた。
「理乃~ごーはーん。ご飯食べよ?」
ペチペチと叩き起こす。
この様子では、朝から一度も食べていない。絶対に。
「うー。ソース臭い…色々臭い…肉臭い…」
真知子が買って来た物は大抵の祭りで売り出される、焼きそば、タコ焼き、フランクフルト、焼き鳥だった。
栄養が悪いかな?と枝豆も付けてみた。
完全に「ビール持って来ーい」というチョイスである。
真知子は自分用にビールも数缶買ってある。
炭酸が飲めない理乃は祭りならではの飲料が飲めないので、ウーロン茶を用意した。
夏ならば違うジュースが候補に上がったのだが、秋なので。
柚子っぽい何かがあれば良かったのだが、生憎売っていなかった。
何故、祭りには炭酸飲料が多いのか。
普段は寝穢い理乃も、ここまで色々な臭いが部屋に漂えば、嫌でも起きる。
(今度から、朝ご飯出来てから起こそう)
つい、理乃の起こす対策に採用してしまうほどの早い反応だった。
その後、ダラダラと起き出した理乃と真知子の小さな宴会が開かれた。
「あ。そういえば、神楽を踊る人が代わったって騒動が起きてたよ」
「騒動?」
話題には出るだろうが、騒動にはならないと思うのだが。
「うん。ずっと姉妹セットでやっててね。去年はなんか事情があったみたいで姉だけだったんだけど。それで、今日の秋担当の子が急遽変わってて、固定ファンみたいなのが怒っちゃったんだって」
「はぁ…」
なんだそれは。別に踊り手は固定ではない筈なのだが。
理乃は興味がない為知らないが、数年間も月姉妹と評判が出る程の踊り手だった。
固定ファンも中にはいるだろう。
そこまで行かずとも、代替わりは馴染んだ人間には少々違和感がある。
「それで、神社側も対応せざる得ない程の騒ぎになっちゃったの。春に月姉妹の妹が復活して、やっと月姉妹揃うねって前から騒がれてたし」
月姉妹は、その場限りの師匠の単なる悪巫山戯のセット扱いである。
普段はセットでの活動は一切していない。
そもそも、月代は舞台に立っていない。
それに、妹ではなく弟だ。
神楽は女形なので気付かれないかもしれないが。
「で?対応って?」
対応も何も、代わりました。としか言えないし、納得してもらうしかないのだが。
「うん。月姉妹は揃って卒業というか、代替わりするって」
「は?月読もか?」
「うん」
「なんで?」
セットで辞める必要性が分からない理乃である。
だが、月姉妹として人気が出たのだ。
妹が歳の初めに元気いっぱいに踊り、姉が締めに静かに厳かに踊る。
二人のバランスが良く、動と静。朝と夜。対になっている姉妹。
妹の代わりに姉が踊った時は、違和感なく、こちらも踊れるのか、流石姉。と評判が上がったほど。
その姉妹がやっと揃うと思った年に、秋の踊り手の変更は、衝撃的だったのだ。
「やっぱ、姉妹のセットだからじゃない?来年から、違う姉妹にするって」
いつから姉妹が前提条件になったのか。
しかも名前だけである。
血縁関係はない。
一応、流派としては姉弟関係だが、神楽は流派とは別件の仕事だ。
祭りがその時代の文化や文明が風習として反映されやすいとは言うが。
何だか奇妙な風習が残ったな、と思わず遠い目をした理乃だった。
微妙にテンションが低い話なのが文章でバレバレですみません。




